「長篠合戦 鉄砲戦の虚像と実像」 △読書感想:歴史△(0030)
戦国時代の合戦のうち五指にも入る著名な戦い”長篠の戦い”。世に名高い、鉄砲三千丁・三段撃ちで革命的ともいわれたことのある戦いの実像に迫る一冊です。
(本記事/ 文字数:約4900字、読了:約10分)
<こんな方にオススメ>
(1)合戦史に興味がある
(2)長篠合戦の鉄砲戦に疑問を抱いている
(3)織田信長が好き
<趣意>
歴史に関する書籍のブックレビューです。対象は日本の歴史が中心になりますが世界史も範囲内です。新刊・旧刊も含めて広く取上げております。
「長篠合戦 鉄砲戦の虚像と実像」
著 者: 金子 拓
出版社: 中央公論新社(中公新書)
出版年: 2023年
<概要>
各種史料から多面的に事象にアクセスしてその実相に丁寧かつ精確に迫ろうとする、長篠合戦への実証的なアプローチという印象です。
全体は五章構成になっています。大きくいいますと四部に分けられると思います。第1章では、これまで長篠合戦がどのように語られてきたのかが振り返られています。第2章では、武田勝頼、織田信長そして徳川家康という三者それぞれの視点から長篠合戦の位置づけが考察されています。第3章・第4章では、長篠合戦が時代を経るごとにどのように伝承されてきたかが分析されています。最後に終章として、考察の結果、長篠合戦がどのような合戦であったのかが簡潔にまとめられています。
<ポイント>
(1)各種多様な史料を用いた重層的・多面的な分析
歴史好きなら知っている有名な史料はもちろんおそらく研究者でないと知らないような史料まで様々な史料を使用して長篠合戦を精確に捉えようとしている取り組みと姿勢に専門家ならではの特徴があると感じます。
(2)織田信長による鉄砲戦の革新的戦術というイメージの再構築
現在では長篠合戦における「三千丁三段撃ち」の俗説は崩れつつありますが、長篠合戦における鉄砲使用の実態はどのように最初は描かれそれがいつしかどのように「三千丁三段撃ち」が流布していくようになっていったのかを丹念に追い調べています。
[著者紹介]
金子 拓
東京大学史料編纂所教授。専門は日本中世史。
リンク先:
東京大学史料編纂所 ※公式サイト
そのほかの著作:
「信長家臣団 明智光秀」(平凡社)
「長篠合戦の史料学」(勉誠出版)
「織田信長 不器用すぎた天下人」(河出書房新社)
「織田信長<天下人>の実像」(講談社)
<個人的な感想>
本書『長篠合戦』は、丹念に各種史料を突き合わせながら長篠合戦の実像を浮かび上がらせようと試みる一冊という感想です。
いわゆる「鉄砲三段撃ち」で通俗的に有名な長篠合戦。著者は本書においてこれに対する過激な新説を打ち出したり、大胆に通説を打ち破ろうとしているわけではありません。本書においては長篠合戦に関する各種史料多数の内容や描かれ方を丁寧に照合しつつ、そのプロセスを解説していくことが中心となっています。
したがって、長篠合戦に関する新事実の発見や通説の大転換などのような期待を抱いて本書を手に取られて方にはちょっと肩透かしになるかもしれません。前述したように様々な史料の説明や比較検証の部分が多いので飽きてしまう場合もあるかと思われます。
しかし、これはプロの専門的研究家ならではの丁寧な取り組みだと感じます。一般読者としては研究家が実際には日々、どのように研究を進めているのかをあらためて理解することができるよい機会といえるでしょう。有名無名な各種史料の存在を知ることもできます。
研究者の長年にわたる地道な史料の分析と考察を経て、市井の歴史好きにその情報や結果が下りてくる有難みをしっかりと再認識しました。
読んで良かったです!
[本書詳細]
「長篠合戦 鉄砲戦の虚像と実像」 (中央公論新社)
<長篠合戦と武田家滅亡>
一般的には”長篠の戦い”における大敗により武田家が一気に衰退に向かって転げ落ちていったようにも言われることもありますが、実際は合戦から織田信長による甲州征伐の滅亡まで7年ほどの期間があります。とはいえ長篠合戦が武田家滅亡のきっかけとなったことは否定できないと思われます。
武田勝頼はこれまで武田家を滅亡に導いてしまった暗愚な武将というようなネガティブな一般的な評価を受けてきたことが多かったように印象を受けます。戦国時代を代表する名将の誉れも高い先代の武田信玄と比較されてしまいますし、実際に滅亡の当事者となってしまったので、相対的に評価が低くされがちな気がします。実際には勝頼時代に武田家の領土が最大になったりとけして無能な武将ではなかったと思われます。
武田勝頼の最大の失策としてはやはり対織田信長政策の方向性にあったのではないでしょうか。結果論になってしまうかもしれませんが、信長に対して融和か対立かの選択を誤ったということになりますでしょうか。元々、武田信玄においても当初は織田信長と友好関係にありましたが、三方ヶ原の戦いに代表される信玄の西進策で破綻してしまいました。
しかしその直後に武田信玄が死去して武田家の西進策はいったん停止します。次代の武田勝頼(あくまで名代扱いだったようですが…)が信玄の死をきっかけに再度、織田信長と手を結びなおすこともできたのではないでしょうか。勝頼の先妻は信長の養女で縁続きであり、自らの後継者である嫡男の武田信勝はその血統を引いています(弱いですが名目上は信長の血統につながる)。しかも人質状態で信長の実子(勝長?信房?)も手元にありました。こうした奇貨を利用すれば「私、勝頼は父・信玄とは違いますよ」ということでやり直すこともできたように思えるのですが……やはり結果論ですかね。まあ、信長は末期の武田家からの秋波を払いのけたようですが。
しかも武田家にとって最悪だったのは、対上杉政策を巡って、背後の北条家をも敵に回してしまったことでしょうか。この結果、それまで織田包囲網を築いていたはずの武田家が、逆に武田包囲網を築かれる逆境に陥ることになってしまいました。
大きな同盟者は北の越後・上杉家のみ。しかしながら上杉家は上杉謙信没後の混乱状態のなかで織田家に押されまくりで到底、武田家に助力する余裕はなかったと思われます。甲越同盟は実質的にプラスの効果を発揮できなかったようです。その結果、織田政権の反対大勢力は中国の毛利と甲信の武田だけになってしまいました。中国の毛利も豊臣秀吉(当時は羽柴秀吉)に攻め込まれるばかりで劣勢でしたから、実質的に武田家の味方は誰もいなかったような状態でしたでしょうか。最期となった甲州征伐では配下の信濃の国衆ばかりか血縁の身内からも裏切られてしまい、万事休すとなりました。
武田家の軍勢は元来強力でありしかも三ヶ国(甲斐・信濃・駿河)ほかを支配する一大勢力を有しておりました。おそらく「たとえ相手が織田信長であろうとも」という自負と自信があったのかもしれません。しかしそれが逆に時流を見誤らせて、織田信長と融和して共存共栄するという選択が早い段階でできなかったのでしょうか…(そもそもそんな選択をすること自体がとても難しいのでしょうが)。そんな感じで似たように経営に失敗しちゃった現代の大企業もありますね。歴史に学ぶことはやはり多そうです。
<補足>
長篠合戦 (Wikipedia)
長篠城 (Wikipedia)
火縄銃 (Wikipedia)
長篠合戦図 (犬山城白帝文庫)
長篠合戦図 (徳川美術館)
長篠城趾史跡保存館 (新城市)
新城市設楽原歴史資料館 (新城市)
長篠役設楽原決戦場碑 (キラっと奥三河観光ナビ)※周辺に関連史跡複数あり。
長篠城跡/25000分の1地形図 (国土地理院地図)
<参考リンク>
書籍「検証 長篠合戦」 (吉川弘文館)
書籍「長篠合戦と武田勝頼」 (吉川弘文館)
書籍「長篠の戦い 信長が打ち砕いた勝頼の”覇権”」 (戎光祥出版)
書籍「図説『合戦図屏風』で読み解く! 戦国合戦の謎」 (青春出版社)
書籍「戦国日本の軍事革命」 (中央公論新社)
書籍「現代語訳 信長公記」 (筑摩書房)
書籍「甲陽軍鑑」 (筑摩書房)※現代語訳付き
書籍「現代語訳 三河物語」 (筑摩書房)
TV番組「歴史探偵 『長篠の戦い』」 (NHKオンデマンド)
Web記事「徳川家康の秘策!【長篠の戦い】武田軍との勝敗を分けた鉄砲玉」 (NHK静岡放送局)
Web記事「教科書に書かれていない「信長が長篠の戦いで武田勝頼に勝った本当の理由」 最新研究が明かす武田軍と織田軍の決定的な違い」 (ニューズウィーク日本版)
敬称略
情報は2024年4月時点のものです。
内容は2023年初版に基づいています。
<関連ブックレビュー>
<バックナンバー>
バックナンバーはnote内マガジン「読書感想文(歴史)」にまとめております。
0001 「室町の覇者 足利義満」
0002 「ナチスの財宝」
0003 「執権」
0004 「幕末単身赴任 下級武士の食日記」
0005 「織田信忠」
0006 「流浪の戦国貴族 近衛前久」
0007 「江戸の妖怪事件簿」
0008 「被差別の食卓」
0009 「宮本武蔵 謎多き生涯を解く」
0010 「戦国、まずい飯!」
0011 「江戸近郊道しるべ 現代語訳」
0012 「土葬の村」
0013 「アレクサンドロスの征服と神話」(興亡の世界史)
0014 「天正伊賀の乱 信長を本気にさせた伊賀衆の意地」
0015 「警察庁長官狙撃事件 真犯人"老スナイパー"の告白」
0016 「三好一族 戦国最初の『天下人』」
0017 「独ソ戦 絶滅戦争の惨禍」
0018 「天下統一 信長と秀吉が成し遂げた『革命』」
0019 「院政 天皇と上皇の日本史」
0020 「軍と兵士のローマ帝国」
0021 「新説 家康と三方ヶ原合戦 生涯唯一の大敗を読み解く」
0022 「ソース焼きそばの謎」
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0024 「江戸藩邸へようこそ 三河吉田藩『江戸日記』」
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0026 「ヒッタイト帝国 『鉄の王国』の実像」
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0029 「ローマ帝国の誕生」
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(2024/07/01 上町嵩広)