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知の巨人たちの系譜:ピーター・バーク著『博学者』を読む

近年、高度に専門化された社会において、我々は自身の専門分野に閉じこもりがちです。

しかし、歴史を振り返ると、レオナルド・ダ・ヴィンチやライプニッツのように、多岐にわたる分野で才能を発揮した「博学者」と呼ばれる人々がいました。

彼らの存在は、現代社会においても重要な示唆を与えてくれます。

イギリスの歴史家ピーター・バークは、近著『博学者』の中で、西洋における博学者の歴史を体系的に分析しています。

本書は、ルネサンス期から現代に至るまで、500人もの博学者たちの足跡を辿り、その栄光と衰退、そして現代における意義を考察した意欲作です。


ピーター・バーク:博学者の歴史を紐解く

ピーター・バークは、1937年生まれのイギリスの歴史家です。イエズス会で教育を受け、オックスフォード大学セント・ジョンズ・カレッジを卒業後、同大学セント・アントニーズ・カレッジで博士号を取得しました。

1962年から1979年までサセックス大学ヨーロッパ研究科に所属し、その後ケンブリッジ大学に移り、文化史の教授を務めました。

現在はケンブリッジ大学名誉教授であり、エマニュエル・カレッジのフェローでもあります。

バークは、文化史、社会史を専門とし、知識の歴史にも造詣が深いことで知られています。

彼は長年にわたり博学者という存在に魅了されてきました。

彼の著書『博学者』は、単なる人物列伝ではなく、博学者たちがどのように知識を吸収し、創造してきたのか、そして社会や文化とどのように関わってきたのかを深く考察した労作です。

『博学者』の内容

『博学者』は、西洋における博学者の歴史を包括的に扱った書籍です。

バークは、博学者を「百科事典的な知識と複数の分野における専門知識を持つ人」と定義し、レオナルド・ダ・ヴィンチからスーザン・ソンタグまで、様々な時代の博学者たちを紹介しています。

本書では、博学者たちが活躍した時代背景、彼らの知識体系、社会との関わり方などが詳細に分析されています。

特に、印刷技術の発明、新世界の発見、科学革命といった出来事が、博学者の台頭を促したという指摘は興味深いものです。

また、バークは、博学者が独自の学問分野、「学ぶ技術」を創造したと主張しています。

しかし、歴史家の中には、博学者たちを「一般論の専門家」と呼び、その知識の表面的さを軽蔑する者もいます。

彼らは博学者を、ペテン師や好事家と同一視し、その業績を正当に評価してこなかったのです。

近年における知識の爆発的な増加と専門分化は、博学者にとって逆風となっています。現代社会では、専門家としての深い知識が求められる一方で、分野横断的な思考や知識の統合が軽視される傾向があります。

バークは、20世紀の博学者たちが、専門化が進む学術界でどのように生き残ってきたのかについても考察しています。

ホセ・オルテガ・イ・ガセット、ジョージ・スタイナー、スーザン・ソンタグといった博学者たちは、文化批評に傾倒し、学術出版物よりもマスメディアでの発表を好む傾向がありました。

さらに、本書では、博学の「最後の男たち」として、17世紀のドイツ人イエズス会士アタナシウス・キルヒャー、1800年頃のケンブリッジ大学の教授トーマス・ヤング、19世紀半ばのアメリカ人解剖学・博物学教授ジョセフ・ライディ、そしてイタリアの物理学者エンリコ・フェルミの4人が紹介されています。

彼らは、それぞれ異なる分野で活躍しながらも、幅広い知識と探究心によって、当時の学問界に大きな影響を与えました。

『博学者』への評価

『博学者』は、学術界から高い評価を受けています。

多くの書評で、バークの博識と緻密な分析力が高く評価されています。例えば、『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙は、「勤勉さと博識が見事に融合した作品」と評しています。

また、『タイムズ・リテラリー・サプリメント』誌は、「博学の過去だけでなく、未来にも目を向けさせてくれる優れた書」と称賛しています。Amazonでは、5つ星のうち4.4という高い評価を得ています。

一方で、本書は広範なテーマを扱っているため、個々の博学者への言及がやや不足しているという指摘もあります。

しかし、全体として、博学者の歴史と現代における意義を理解するための貴重な一冊と言えるでしょう。

多彩な顔ぶれ:『博学者』に登場する博学者たち

『博学者』には、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ジョン・ディー、コメニウス、ジョージ・エリオット、オリバー・サックス、スーザン・ソンタグなど、様々な分野で活躍した博学者たちが登場します。

バークは、これらの博学者たちを時代や地域、専門分野などによって分類し、それぞれの特性を分析しています。

ルネサンス期の「万能人」レオナルド・ダ・ヴィンチ、17世紀の「博識の怪物」ジョン・ディー、18世紀の「文人」などなど!

また、本書では、女性博学者にも光が当てられています。

レディ・メアリー・ウォートリー・モンタギュー、ソル・フアナ・イネス・デ・ラ・クルス、ジョージ・エリオット、ゲルマイネ・ド・スタール、クララ・ガリニ、ガヤトリ・チャクラヴォルティ・スピヴァク、ミーケ・バルなど、多くの女性博学者が紹介されています。

現代における博学者の意義

バークは、現代社会においても博学者は重要な役割を担うと主張しています。専門分化が進む現代において、分野横断的な思考や知識の統合はますます重要になっています。博学者は、異なる分野の知識を結びつけ、新たな発想を生み出すことができる存在です。

インターネット時代において、私たちは膨大な情報に簡単にアクセスできるようになりました。しかし、バークは、このような状況下では、深く掘り下げて様々なテーマに没頭する能力を失ってしまうのではないかと懸念しています。

また、博学者は、専門家だけでは解決できない複雑な問題に対処する上で、重要な役割を果たす可能性を秘めています。現代社会は、地球温暖化、貧困、テロリズムなど、様々な課題に直面しています。

これらの課題は、単一の専門分野の知識だけでは解決できません。博学者は、多様な視点から問題を分析し、総合的な解決策を提案することができます。

結論

ピーター・バーク著『博学者』は、博学者の歴史と現代における意義を深く考察した重要な書籍です。

本書を読むことで、我々は専門分野に閉じこもることなく、幅広い知識を身につけ、多様な視点から物事を考えることの重要性を再認識することができます。

現代社会は、高度な専門知識を持つ専門家だけでなく、分野横断的な思考力と知識統合力を持つ博学者を求めています。

バークの示唆に富んだ分析は、これからの時代を生きる我々にとって、多くの示唆を与えてくれるでしょう。

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