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人口増加と社会の未来:マルサス『人口論』を読み解く

トマス・ロバート・マルサスは、18世紀末から19世紀初頭にかけて活躍したイギリスの経済学者であり、『人口論』(An Essay on the Principle of Population) の著者として知られています。

1798年に初版が出版されたこの書は、人口増加と食糧供給の関係に着目し、人口過剰が貧困や飢饉を引き起こす可能性を論じた画期的なものでした。

マルサスの主張は当時の楽観的な社会観に警鐘を鳴らし、人間の進歩の限界と人口の役割について議論を巻き起こしました。

この記事では、マルサスとその代表作『人口論』について、当時の社会背景や現代における評価も交えながら詳しく解説していきます。


トマス・ロバート・マルサスとは?

トマス・ロバート・マルサスは、1766年2月14日、イギリスのサリー州で裕福な家庭に生まれました。

父は哲学者デイヴィッド・ヒュームの友人であり、マルサスも幼い頃から知的刺激に富んだ環境で育ちました。

ケンブリッジ大学のジーザス・カレッジで数学を学び、卒業後は聖職者となります。その後、イースト・インディア・カンパニー・カレッジで歴史と政治経済学の教授を務めました。

マルサスは経済学にも関心を持ち、人口増加と経済成長の関係について考察を深めていきました。

そして1798年、匿名で『人口論』の初版を出版します。

この書は大きな反響を呼び、マルサスは一躍有名になりました。

その後、内容を大幅に改訂した第二版を1803年に出版し、以降も改訂を重ねながら生涯にわたって人口問題に取り組み続けました。

人口論の主要な主張

『人口論』の核心となる主張は、人口は幾何級数的に増加する可能性があるのに対し、食糧生産は算術級数的にしか増加しないというものです。

このため、人口増加が抑制されなければ、いずれ食糧不足に陥り、貧困や飢饉、疫病などが発生して人口が減少するとマルサスは論じました。


マルサスは、人口増加を抑制する要因として、

  • 積極的抑制: 飢饉、疫病、戦争などによる死亡

  • 予防的抑制: 禁欲、晩婚などによる出生抑制

の二つを挙げました。特に、マルサスは道徳的抑制、すなわち理性に基づいた結婚の抑制こそが人口問題の解決策であると主張しました。

人口論の内容

マルサスは『人口論』の中で、人口原理と社会への影響について詳細に論じています。

以下に、初版『人口論』の章立てと内容を紹介します。

  • 第1章: 人口から生じる困難な性質 - 人口原理の概観

  • 第2章: 人口と食糧の増加率の差異 - 人口増加と食糧生産の速度の違いが必然的に生み出す結果と、社会の下層階級への影響

  • 第3章: 野蛮ないし狩猟状態の概観 - 人口増加が食糧生産を上回る状況と、その結果としての北方民族の大移動

  • 第4章: 文明諸国民の状態 - ヨーロッパにおける人口増加と、人口に対する二つの抑制要因(積極的抑制と予防的抑制)

  • 第5章: 英国における貧困の原因を検討する - 貧困の原因が人口増加にあり、救貧法が貧困問題を悪化させているという主張

  • 第6章: 救貧法の影響をさらに検討する - 救貧法が労働意欲を減退させ、社会全体の幸福を低下させるという批判

  • 第7章: 救貧法の廃止に関する考察 - 救貧法を段階的に廃止し、自立を促すための政策提言

  • 第8章: 人口原理が社会の将来の改善に及ぼす影響に関する考察 - 人口原理を踏まえた上で、社会の改善に向けた提言

  • 第9章: コンドルセ氏のユートピア構想に対する批判 - コンドルセーの楽観的な未来予測を、人口原理に基づいて批判

  • 第10章: ゴドウィン氏のユートピア構想に対する批判 - ゴドウィンの平等社会論を、人口原理に基づいて批判

マルサスの時代における人口論争

マルサスが『人口論』を執筆した18世紀末のイギリスでは、人口増加と人口減少の両方が社会問題として議論されていました。

当時、フランス革命の影響で啓蒙思想が広まり、社会の進歩と人類の幸福に対する楽観的な見方が支配的でした。

ウィリアム・ゴドウィンなどの思想家は、社会制度の改革によって貧困や格差をなくし、理想的な社会を実現できると主張していました。

一方、人口減少を懸念する声もありました。当時の人口統計は不完全でしたが、疫病や飢饉による人口減少は現実の問題であり、国家の衰退につながるという考え方が一部に存在していました。

マルサスはこうした議論を背景に、『人口論』において人口増加の抑制メカニズムを明らかにし、人口過剰が社会にもたらす危険性を指摘しました。

彼の主張は、当時の楽観的な社会観に警鐘を鳴らし、人口問題に対する議論を深めるきっかけとなりました。

『人口論』が出版された当時の社会背景

18世紀末のイギリスは、産業革命の進展に伴い人口が急増していました 。

同時に、都市への人口集中や貧富の格差拡大などの社会問題も深刻化していました。このような状況下で、貧困層の救済を目的とした救貧法が議論されていましたが、マルサスは『人口論』の中で救貧法を批判しました。

マルサスは、救貧法は貧困層の生活を一時的に改善するかもしれないが、結果的には人口増加を招き、さらなる貧困を生み出すと主張しました。

彼は、救貧法によって人々が生活の不安から解放され、安易に結婚・出産するようになると考えました。

また、救貧法は労働意欲を減退させ、経済の停滞につながるとも主張しました。

そして、真の解決策は道徳的抑制による人口増加の抑制であると論じましたた。

『人口論』に対する現代の視点からの評価と批判

マルサスの『人口論』は、出版当時から様々な議論を巻き起こし、現代においてもその評価は分かれています。

マルサスへの批判

  • 人口増加率と食糧生産量の予測の正確性 マルサスは人口増加を幾何級数的、食糧生産を算術級数的と仮定しましたが、現実には人口増加率は低下し、食糧生産は技術革新によって大幅に増加しました。

  • 技術革新による食糧生産の増大の可能性を過小評価 マルサスは技術革新による食糧生産の増大を十分に考慮していなかったという批判があります。

  • 貧困の原因を人口増加にのみ求めるのは一面的: 貧困の原因は人口増加だけでなく、社会構造や経済的不平等など、様々な要因が考えられます 。

  • 道徳的抑制は、社会的不平等や女性の権利を無視: 道徳的抑制は、貧困層や女性に大きな負担を強いる可能性があり、社会的不平等や女性の権利を無視しているという批判があります。

マルサスへの再評価

  • 環境問題や資源の有限性: マルサスの時代には顕在化していなかった環境問題や資源の有限性という観点から、マルサスの主張は現代においても重要な意味を持つと再評価されています

  • 人口増加が経済成長や社会福祉に与える影響: マルサスは人口増加が経済成長や社会福祉に与える影響について、重要なヒントを与えていると評価されています

  • 人口問題を考える上での古典: 人口問題を考える上での古典的なテキストとして、現在も多くの研究者によって参照されています

  • 人口の質: マルサスは後期の著作で「有効人口」という概念を導入し、人口の質が経済発展に重要であることを指摘しました。これは、人口規模だけでなく、教育や健康状態などの人口の質にも目を向ける必要性を示唆しています

  • 人口変動の周期性: マルサスは人口変動が周期的に増減することを示唆しており、これは現代の人口転換論にも通じる考え方として再評価されています

『人口論』に関連する他の文献や議論

マルサスの『人口論』は、人口学や経済学の発展に大きな影響を与え、多くの研究者によって議論されてきました。

  • 人口転換論: 人口増加は、経済発展の段階に応じて変化するという理論。マルサスの時代には見られなかった人口増加の抑制や減少といった現象を説明する

  • エスター・ボスラップ: 技術革新は人口増加によって促進されるという説を唱え、マルサスの主張を批判した

  • 家族類型論: エマニュエル・トッドが提唱した、家族構造と社会変動の関係を分析する理論。人口増加と社会構造の関係を考察する上で重要な視点を提供する

結論

トマス・ロバート・マルサスの『人口論』は、人口増加と社会の関係について考察した古典的な著作であり、現代社会においても重要なヒントを与えてくれます。マルサスの主張は、環境問題や資源の有限性といった課題を考える上で、改めて注目されています。

マルサスは、人口増加が経済成長や社会福祉に与える影響について警鐘を鳴らし、道徳的抑制の重要性を説きました。彼の思想は、貧困対策や家族計画、経済開発など、様々な分野の政策に影響を与えてきました。

しかし、マルサスの主張は、技術革新や社会構造の変化など、時代的な制約も受けています。

現代社会は、地球規模の人口増加、環境問題、資源の枯渇、貧富の格差の拡大など、様々な課題に直面しています。

マルサスの『人口論』は、これらの課題を考える上で、重要な視点を提供するものであり、今後も多くの研究者によって議論され続けるでしょう。


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