シェリー・タークル著『つながっているのに孤独』:デジタル社会における人間関係の考察
現代社会において、スマートフォンやインターネットは欠かせない存在となっています。
私たちは常にデジタルデバイスに囲まれ、SNSを通じて多くの人とつながり、膨大な情報にアクセスすることができます。
しかし、その一方で、私たちは真のつながりや深い人間関係を築けているのでしょうか?
シェリー・タークル著『つながっているのに孤独』は、まさにこの問題に焦点を当てた書籍です。
MITの教授であるタークルは、長年にわたりテクノロジーと人間関係の関係性について研究してきました。
本書では、インターネットやロボットといったテクノロジーが、私たちの人間関係や自己認識にどのような影響を与えているのかを深く考察しています。
この記事では、タークルの経歴や著作、本書の内容、そして現代社会における意義について詳しく解説していきます。
シェリー・タークルとは?
シェリー・タークルは、アメリカの社会学者であり、MITの科学技術社会論の教授です。
彼女は、ハーバード大学で社会学とパーソナリティ心理学の博士号を取得し、長年にわたりテクノロジーと人間との相互作用について研究してきました。
タークルは、初期の著作で、コンピュータが人間のアイデンティティ形成に与える影響について論じ、注目を集めました。
続く著作では、特にコンピュータが人間の思考や自己認識に与える影響について考察を深めています。
その後も『一緒にいてもスマホ』など、テクノロジーと社会、人間関係に関する著作を多数発表しています。
『つながっているのに孤独』の内容
『つながっているのに孤独』は、2011年に出版されたタークルの代表作です。
日本語版は2018年にダイヤモンド社から出版されました。
本書では、スマートフォンやSNSの普及により、人々が「つながっている」と感じながらも、実際には「孤独」を感じているという現代社会の矛盾を鋭く指摘しています。
大量のテクノロジーに囲まれながら、人々が孤独を感じているという現状は、まさに逆説的であり、現代社会の抱える大きな問題と言えるでしょう。
タークルは、膨大な数のインタビューや調査を通して、人々がテクノロジーとどのように関わり、それが人間関係にどのような影響を与えているのかを分析しています。
本書では、以下のようなテーマが取り上げられています。
SNSによるコミュニケーションの変容
SNSでのやり取りは、表面的なつながりを生み出す一方で、深いコミュニケーションを阻害する可能性があることを指摘しています。
「Facebook疲れ」という言葉を用いて、SNSでのつながりに疲弊している若者の様子が描かれています。
これは、常に誰かとつながっているというプレッシャーや、理想的な自分を演出しなければならないという強迫観念からくるものと考えられます。
ロボットとの関係
高齢者介護や子供の教育におけるロボットの活用が進む中で、人間とロボットとの間に生まれる感情や倫理的な問題について考察しています。
オンラインにおけるアイデンティティ
インターネット上では、人は理想的な自分を演出しがちであり、それが現実の自分とのギャップを生み、自己認識を歪める可能性があることを論じています。
孤独の蔓延
テクノロジーによって人々のつながりが増加しているにもかかわらず、孤独を感じる人が増えているという現状を分析し、その原因を探っています。
私たちは、いつでもどこでも誰とでもつながることができるようになりましたが、その一方で、真の意味でのつながりや親密な人間関係を築くことが難しくなっているのかもしれません。
タークルは、これらの問題点を指摘するだけでなく、テクノロジーと健全な関係を築くための方法についても提言しています。
彼女は、デジタルデバイスから離れて自分と向き合う時間を持つこと、 face-to-face のコミュニケーションを大切にすること、そしてテクノロジーを「道具」として捉え、その使い方を意識することの重要性を強調しています。
出版後の社会の変化と本書の意義
『つながっているのに孤独』が出版された2011年以降、社会はさらにデジタル化が進展しました。
スマートフォンやSNSは、私たちの生活に深く浸透し、コロナ禍の影響もあり、オンラインでのコミュニケーションはますます増加しています。
このデジタル化の波は、出版業界にも大きな影響を与えています。
紙媒体の出版物の売上が減少傾向にある一方で、電子書籍市場は拡大しています。また、情報へのアクセス手段が多様化し、従来の出版物の役割も変化しつつあります。
さらに、本書の出版当時は、バブル経済崩壊後の雇用環境の変化や、非正規雇用の増加など、社会的な不安定さが増大していました。
このような社会状況も、人々の孤独感や孤立感を増幅させる要因の一つとなっていた可能性があります。
本書でタークルが指摘した問題は、現在においても深刻化しており、むしろその影響はより広範囲に及んでいると言えるでしょう。
例えば、SNSの普及による誹謗中傷やプライバシー侵害、インターネット依存、オンラインゲーム中毒など、新たな社会問題も発生しています。
このような状況下において、『つながっているのに孤独』は、私たちがデジタル社会とどのように向き合っていくべきかを考える上で、重要な示唆を与えてくれる書籍と言えるでしょう。
本書は、テクノロジーの進化と人間性の調和、真のつながりの構築、そして人間らしい生き方について、深く考えさせられる内容となっています。
書評・世間の反応
「デジタルデトックス」といった一時的な対策ではなく、テクノロジーとの根本的な付き合い方を見直す必要性を訴えている点も高く評価されています。
一方で、「本書で描かれている問題は、すでに多くの人が認識しているものであり、目新しさに欠ける」という意見もあります。
しかし、たとえ既知の問題であっても、改めてその深刻さを認識し、具体的な対策を考えるきっかけを与えるという点で、本書は重要な役割を果たしていると言えるでしょう。
孤独の蔓延と影響
『つながっているのに孤独』で繰り返し強調されているのは、現代社会における孤独の蔓延です。
ヘンリー・J・カイザー・ファミリー財団の報告書によると、アメリカの全成人のうち22%が、孤独や社会的な孤立を感じているという結果が出ています。
これは、日本においても同様の傾向が見られると考えられます。
タークルは、テクノロジーの進化が、この孤独の蔓延に拍車をかけていると指摘しています。
私たちは、SNSで多くの人とつながっているように見えても、実際には表面的な関係にとどまり、深い孤独感を感じやすくなっています。
この孤独感は、様々な悪影響を及ぼします。
精神的なストレスや不安感の増加、うつ病など精神疾患の問題のリスクが高まるだけでなく、身体的な健康にも悪影響を及ぼす可能性があります。
『つながっているのに孤独』が提起する問題点と現代社会への影響
『つながっているのに孤独』では、デジタル社会における様々な問題点が提起されています。ここでは、特に重要な問題点とその影響について詳しく見ていきましょう。
コミュニケーション能力の低下
SNSでのやり取りが増える一方で、face-to-face でのコミュニケーション機会が減少し、表情や声のトーンなど、非言語的なコミュニケーションを読み取る能力が低下する可能性があります。
これは、円滑な人間関係を築く上で大きな障害となる可能性があります。
共感力の低下
インターネット上では、匿名性が高く、相手との距離感を感じやすいため、相手の感情を理解したり、共感したりすることが難しくなる可能性があります。
これは、社会全体の冷淡化や、弱者への配慮が欠如することにつながる可能性があります。
孤独感の増加
多くの人とつながっているように見えても、実際には表面的な関係にとどまり、深い孤独感を感じやすくなっています。
これは、精神的なストレスや健康問題にもつながる可能性があります。
OECDの調査によると、先進国の中で、家族以外との付き合いがほとんどない人の割合は、日本が最も高いという結果が出ています。
自己肯定感の低下
SNS上では、理想的な自分を演出しがちであり、他人と比較して劣等感を感じたり、自己肯定感が低下したりする可能性があります。
これは、若者を中心に深刻な問題となっており、ひきこもりや不登校などの原因の一つにもなっています。
情報過多
インターネット上には膨大な情報が溢れており、必要な情報を選択したり、真偽を判断したりすることが難しくなっています。
また、情報に振り回され、不安やストレスを感じやすくなる可能性もあります。
結論
シェリー・タークル著『つながっているのに孤独』は、デジタル社会における人間関係の課題を浮き彫りにした重要な書籍です。
テクノロジーは、私たちの生活を便利にする一方で、人間関係や自己認識に様々な影響を与えています。
本書で提起された問題は、現代社会においてますます深刻化しており、私たち一人ひとりが真剣に向き合う必要があります。
テクノロジーと健全な関係を築き、真のつながりを取り戻すためには、デジタルデバイスとの付き合い方を見直し、face-to-face のコミュニケーションを大切にし、そして自分自身と向き合う時間を持つことが重要です。
本書を読んで、改めて自分自身のデジタルデバイスとの付き合い方、そして人間関係について考えてみてはいかがでしょうか。
私たちは、テクノロジーに支配されるのではなく、テクノロジーをツールとして活用し、より豊かな人間関係を築いていく必要があるでしょう。