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彩りと心のしわあわせ【第12話】信じた先にあったもの

*この物語のはじめから読む*

第11話を読む*


【第12話】信じた先にあったもの



暖かな光を感じるようになった。

4月上旬。桜前線が日本中を通っていく中で、ついに、その日が訪れた。

わたしも、環境変化があり、日常をせわしなく過ごしていた。

姉の彩芽は、出産をこの夏に控え、体調は少しずつ落ち着いてきたものの、まだまだ心配されることが多く、休養を余儀なくされており、家でもできる事務的な作業を手伝ってもらっていた。


とある日曜日。

昨夜店舗に忘れ物をしたことに気づき、店休日であるものの、店に向かった。

「あれ、お店の近くに人影?」

そこにはいたのは、るいさんだ。

声をかけて良いものかどうか、しばし悩んだ。

今日声をかけなければ、また会えない日が続いてしまうかもしれない。

様子を見て、驚かせないように、声をかけてみることにした。

るいさんが、水やりをしてくれたのだろう。
近づいていくと、花々が瑞々しく輝いていた。


「こんにちは。お久しぶりですね。」

突然挨拶したにも関わらず、るいさんは、こちらが思ったほど驚かれず、こちらを見て、会釈をしてくれた。

「わたし、昨日忘れ物をしてしまって。今日店主がいないので、本来であれば、お店は開けられないのですが、飲み物でも、飲んでいかれませんか?わたしも、喉が渇いてしまって。」

「あ、、、ぜひ。」


小声ではあるものの、返事をもらえたことが、うれしかった。

アイスコーヒーをいれて、るいさんに差し出しながら、こう尋ねた。

「今日、久しぶりに来てくれたんですか?」


るいさんは、こちらを一度見て、視線をグラスに落とし、語り始めた。

「また、外に出られなくなってしまって。仕事を辞めてから、ずっと家にいたんです。自分だけ、暗闇に取り残されていた感じがしていました。ずっと、カーテンを閉め切って、暗い部屋にいたんです。光なんて、まったく私の目には見えなくて。でも、最近になってようやく、外の光に気づくようになりました。カーテンを開けたら、日差しが入ってきて。え、季節が春に変わってる、って気づいて。あ…お花、大丈夫かな?と思って、来てみました。正直、お花のことも、よりさんのことも、忘れたことはなくて、いつも頭の片隅にいてくれました。だけど、動けなくて。毎日「今日こそは、行こう」って思っていました。最初は、自分の部屋から出ることさえ難しくて、少しずつ距離を延ばして。今日は、10回目のチャレンジです。」


るいさんは、苦笑しながら、コーヒーを口に含んで、再び話し始めた。

「相変わらず、動き出すスピードが遅くて。いい大人の年齢なのに、こんなに社会に対してびくびくしていて。そうたくんに、笑われちゃいますよね。」


そんなことないですよ、と言いかけて、ここでるいさんの話の骨を折ってはいけないと思い、口を噤んだ。

「もちろん、日曜日の今日、お店がお休みなのは知ってましたので、お花に水をあげて、すぐに帰ろう、と思ってました。そしたら、ノートを見つけて。読み終えて、「今度は、ちゃんと営業日に来よう」と心に決めて、帰ろうとした時でした。喫茶の看板を見てたら、自分の居場所、まだあるかと心配になって。気づいたら、ずっと立ってました。そろそろ帰ろうと我に返った時、ここなさんが見えて。「わ…呼んじゃったかな。」と、一瞬ヒヤッとしましたが、逆に驚かせてしまったのは、私の方かもしれないと思い直して、平常心でいようと思いました。」


ここまで話をしたるいさんは、アイスコーヒーを一気に飲み干した。その姿を見て、ひと通り話を終えたのだろうと思ったわたしは、るいさんに、こう伝えた。


「そうだったんですね。お話くださって、ありがとうございます。この喫茶が、るいさんに、忘れられていなかったことと、今日この日まで変わらずにここにあり続けられたことに、安堵と喜びを感じていますし、ノートの存在に気づいてくださって、うれしかったです。」


「喫茶に居場所があるかどうかは、たぶんるいさんにご確認いただけたほうが良いかなと思ったので、ぜひ営業日にまた来ていただきたいです!そこで、早速提案なんですけど…」


「なんでしょう?」


「水曜日、そうたくんと一緒に宿題をやる約束になっているんです。ママがどうしても予定があって、家にひとりで留守番をさせておくのが心配だ、ということで、お店にいてもらうことにしているのです。その時間に、わたしが一緒に宿題をすることになっているんですが、自信がないんですよ。るいさんと一緒にできたら、心強いなあと思うのですが、来ていただけませんか?ママが迎えにくるまでの2時間くらいなんですが、ご都合いかがでしょう?」


「私に、その役務まるでしょうか?」


「小学3年生の宿題なので、わたしでもなんとかできてます。たいていのことは、きっと大丈夫かと。」


「わかりました。よろしくお願いします。」


「ありがとうございます!またお待ちしてますね。」

るいさんが立ち上がったのを見て、とあることを思い出し、急い引き留めた。


店の奥に入って、持ってきたのは、お菓子の缶。おばあちゃんの日記が入っていたものだ。

お別れ会の日、芳賀夫妻や、そうたくんとママには、彩芽から渡していたものの、るいさんにだけ、渡しそびれていたのだ。

るいさんにだけ渡しそびれていたのも、理由がある。
おばあちゃんの遺したメモに、「本人の背中を押したい時に、渡してください」と書いてあったからだ。
お別れ会の日、背中を押さなくとも、自分の足で歩き始めていたるいさんに、渡すのをためらった。そうこうしているうちに、るいさんは、エネルギーを使い果たして、動けなくなってしまい、来店されなくなった。

わたしたち姉妹は、るいさんに手紙を渡さなかったことを悔いていた。
彩芽と話をしていないが、わたしは、今日という日に渡すべきだ、と直感的に思った。

缶から、一通の手紙を取り出し、るいさんに手渡した。

「これは、祖母が遺した手紙です。常連さんには、おひとりずつ手紙を書いていました。るいさんに渡すのが遅くなってしまったのですが、タイミングも含めて、祖母からのメッセージと受け取ってください。あ、家に着いてから見てくださって、いいですよ。またお会いできるのを楽しみにしていますね!」


るいさんは、軽くお辞儀をして、店を後にしていった。

わたしも、グラスを洗い、昨晩の忘れ物を鞄に入れて帰路についた。

彩芽に、るいさんに会えたこと、手紙を渡せたことを伝えた。
彩芽から、「よかった〜。安心したあ。ありがとうね!」と、すぐに返事がきて、ようやくわたしもホッとした。


ーこれからどうするかだなあ。
明日も、彩芽不在の営業だ。律輝さんの足を引っ張らないように、効率性を考えて動こうと、夜のうちかイメージトレーニングをするのだった。



第13話へつづく


#創作大賞2024
#お仕事小説部門



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RaM
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