いろいろなHSP本から感じる、いろいろなHSP ③ part.7
みなさん、こんばんは。禧螺です。
今日もnoteをご覧いただき、ありがとうございます。
昨日は久しぶりに疲れてしまい、そのことを記事にすると、共感してくださるお声が多くて嬉しかったです。
コメント欄でも「お疲れさま」と言い合える関係に、憧れます。
このままさくさく読み進めましょう
「いろいろなHSP本から感じる、いろいろなHSP」
の日です。
いろいろな解釈の仕方、感じる部分があるかと思います。
少しでも自分の感じたことが、みなさんの中にも共有され、誰かの支えになれれば嬉しいです。
それでは、参ります。
読み進めていく書籍は、
です。
「前回って、どんな話題だったっけ?」な方に向けて、前の記事を貼っておきます。
また「バックナンバーが見たいです!」な方に向けても、マガジンを貼り付けますので、好きな記事をご覧ください。
ナンバリングが続いていますが、原則1記事完結で読めるように書いていますので、よろしければご覧ください。
「HSP関連」の記事を収納しているマガジン↓
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はじめに
最初にお断りしておきます。
この記事は、「HSP」や「生きづらさ」に関連した本の、
レビューではありません。
この連載の構成は、
という
個人の主観、思考や感性に基づいて、紹介する本を、みなさんに
「感じたよ」「学んだよ」「ここの部分をいかしたいと思うよ」
という「表現」を、共有させていただく記事です。
ここで書かれたことだけを鵜呑みにせず、少しでも、自分の中で、
何か「ひっかかった」・「気になって仕方ない」
と感じられた時は、
ご自身で、その書籍をご覧いただくことを、強くおすすめします。
ですので、
という方は、申し訳ないですが、
・他のクリエイター様によるレビュー記事や、レビューサイト
・出版社のホームページ
で、お探しください。
以上の点をご検討いただいた上で、ご覧くださいますよう、
よろしくお願いいたします。
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【感想:第2章 恐怖心を感じ、憂鬱になりやすい 「鈍感な世界に生きる敏感な人たち」(3)】
恐怖を感じること、私には普通のことだったけれど、周囲のみんなは違ったようだ。
自分の中で感じた恐怖を何度も確かめているところで「まだ?」という言葉を拾ってしまうと、途端、自分の感性が凍り付く。
はじめは凍ってしまうことが嫌だった。
でも、次第に「みんなに仲間外れにされる」方が怖くなった。
自分にはどうしてもできないことを、恥をかいてでも、出来ないことを影でこそこそ言われても、せめてしているように、考えているように頑張らないといけないのが辛かった。
ある人が言うかもしれない。
「どうしてその時に意見を言わなかったのか?自分の好きに夢中になれなかったのか」
そうかもしれない。
でも、周囲の友人はもちろん、ましてや、自分が感じる「恐怖」に対して、理解しようとしてくれたり、共感してくれようとしてくれる大人がいない場合、どうなる?
自分の恐怖を感じるこころを貫いたとして、それが元となって、大人から子どもまでの、いじめの対象になったら?
「考え過ぎだろう」
どうしてそんなことが言える?
その考えすぎが現実に起こっていて、一人で命を絶つ人がどれだけいるのか、その人が感じている恐怖を知っているのか。
「恐怖」は、恐怖を意識的に感じ取ろうとする人達でさえも、それをはっきり誰かに示すことはできないだろうと思う。
一人ひとりが持つ「恐怖」の概念さえ、違う。
一人ひとりの、それぞれの恐怖が寄り添い、共にいることができるから、人に優しくしたり、支えられる余裕が生まれる。
私が誰かの「怖い」を知ろうとする一方で、別の所で、あなたが私の感じる「怖い」を受け入れ支えてくれている。
だから「恐怖」や「怖い」を持ちつつも、手放せる場所は必要なんだ。
その場所は、単に命がつながる場所だけではないから。
自分が誰かの恐怖を支え、別の誰かに恐怖を支えてもらえる場所なのだ。
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【学んだこと】
HSPと恐怖、この組み合わせも、話の結論や終わりが見えないですね。
むしろ、結論や終わりが見える方が、怖い状態かもしれません。
サン博士も本の中で紹介されていますが、HSP気質の人は、想像力が豊か、独創性があることの実生活の例として、
身近な生活圏で、さまざま危険を予測することに長けていて、物事が進むだろうあらゆる可能性を考えられる
と、言われています。
しかし、その恐怖が、身体的な影響として出て来る人もいます。
サン博士の元にカウンセリングに訪れる方も、以下のような症状に悩まされるようですが、みなさんはいかがでしょうか。
私もいくつかあてはまるものがあります。
おそらくHSPでなくとも、個人それぞれに、恐怖を感じた時には、何らかの身体症状があるかと思います。
恐怖を感じることについて、サン博士は次のような言葉をくださいました。
そうです、HSP気質の方は、いろいろな恐怖を感じますし、また恐怖の出現所をさまざまな場面から考えてしまうのです。
今、こうして文章を打っている最中も、
●立った瞬間にコンセントに足を引っかけて、畳ですりむく可能性もあれば、
●部屋の電気のカバーが外れて、頭を直撃する可能性も否定できません。
●あるいは、急に隕石の雨が私の家の周囲にだけ降ってきて、粉々にされてしまうかもしれません。
そうしたことを考えながらも、それでも何かしら動いて生きているのは、
具体的な事柄から抽象的な事柄を含んだ「恐怖」と向き合えているからですし、
そうなってしまった時の、覚悟が持てているからです。
とはいっても、その覚悟も、1日2日で醸成できるものではありません。
自分自身の問題だけではなく、周囲の環境や人間関係も重要なものになります。
博士からは、次の方法が提案されています。
恐怖を感じることからによる憂鬱は、物事を否定的に考えるようになり、疲れてしまいます。
その疲れの中で、また更なる恐怖を見つけてしまうことが、悪循環となってしまう、というものです。
小さなことからでいいので、例えばですが、
「外が怖い」と思いに対して、「庭先にだけ出てみる」「玄関を開けて、扉を開けた先の景色だけ眺める」でも、小さな成功につながる
とされます。
自分の思考をコントロールすることについて、元は
という観点から、提案してくださっているものです。
思考と感情が密接につながっていることからも、コントロールできない感情よりも、思考で自分に起こった恐怖について分析し、自分にとっての「恐怖」を感じる発想を避けることも、効果的だといわれてます。
HSPの恐怖を感じ取る感性は、個人的にはいいものだなぁと思っています。
自分の感覚に合った「安心」「安全」のセンサーが正常に運転してくれているからこそ、心置きなく触れることができます。
また、人によっては、私が使うものを「安心の水準」にしてものやことを選ぶ選択肢にされる人もいます。
見方によるのですが、その相手にも、楽観的ではない立場で「安心」「安全」の視点を提供できている、ともいえます。
最終的に何を選び取るのかは、個人の選択にかかってくるのですが、
HSP気質の人は、単に「怖い」だけ理由で、動けなかったり反応できないのではないことを、声を大にして言いたいです。
サン博士は、恐怖を感じることについて、
「自分はHSP気質なだけだから、恐怖を敏感に感じ取ってしまうんだ!」というだけではなく、
本当に、何らかの精神疾患を抱えている可能性も示唆されています。
その判断は、素人には判断できませんので、自分の感覚にあったお医者様、あるいは専門家の方を探して頼ることが、堅い方法だろうかと思います。
と言われていることからも、恐怖心を考えることから、
HSPと精神疾患を、それぞれにに考えることはあってもいいけれど、完全に切り分けて考えるのは難しい
と考えます。
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【自分でどのようにいかすか】
人間の脳には、新しい脳と古い脳があると言われています。
特に、脳において恐怖や不安を司る部分を「扁桃体」といいますが。これは古い脳にあると言われています。
古い脳は、魚類、爬虫類、両生類の脳の大半を占めていて、それは生命維持の本能に関わるものです。
そんな部分も持ちつつ、今日まで生きています。
ここでの、脳についての詳しい説明は省きますが、この「古い脳」をフルに活用しない手はありません。
確かに、何度も恐怖をシミュレーションしたり、いろいろな可能性を探れてしまうことに対して、自分の気質を「ああ、うざったいなぁ…」と思ったことがあります。
もっと言えば、それが元となって、仲間外れにされたり、飽きられたり、悪口や陰口の対象になったことがあるからです。
でも、それでいいです。
この「恐怖」は、違う角度から言えば、
私が「心地良い」と感じられるもの・こと・人をよく知っていますし、心地良いものに深く反応します。
「恐怖」が教えてくれる「心地良い」は、一見「え、その方面から?」と疑いたくなる気持ちもありますが、私的HSP視点から語ると、
「あの”恐怖さんが”推してるもの・こと・人って何?!」
となります。
普段簡単に、ゴーサインを出さない恐怖さんからの推しなので、尚更興味が湧くのです。
その感度が合ったら、初めて人に声をかけたり、何かに取り組むための具体的な行動に移せるのだと思います。
スムーズにできることに越したことはないかもしれませんが、効率に頼りすぎるのは味気ない気がしますし、そもそも人間が、効率的に生活できるようにはつくられていないと思います。
(いや、できる人もいるのかもしれないですが、個人的には興味無いです。)
感情は、生きることに直結します。
生きることに直結するということは、それに従えば「生きる」方向にいくのではないだろうかと、考えます。
そのために、自分の中に眠る、人に合わせていない着飾っていない恐怖を、安心して放てることが、大切だと思うのです。
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みなさんからのスキに、元気を分けてもらえてるような感覚です。
この記事にお時間をいただき、ありがとうございました!
それでは、今日はここまでです。
みなさん、よきくつろぎ時間を。
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