『学力喪失』の読書日記。記号接地して、アブダクションして、メタ認知して、大人になっても学びは続いていく。
今回は、今井むつみ先生の『学力喪失 認知科学による回復への道筋』の読書日記です。 子供の学習をテーマに、学習に必要な思考力を体系的にわかりやすく説明してくれています。子供のためだけでなく、大人自身にとっても十分学び甲斐がある内容で、大変勉強になりました。
【大人たちこそが、すべての子どもが本来的にもつ「学力―学ぶ力」を喪失させているのではないか?】
ほんとうの意味での「学力」は、「自ら学ぶ力」。 それを一元的に同じ基準で点数化することはほぼ不可能。子ども一人ひとりが同じことを同じ過程で学ぶことがよいわけではないからである。子どもがどこで、何につまずいているか、なぜつまずいているかを明らかにすることができるテストがあれば、それぞれの子どもに対して躓きを解消するための手立てを考えることができる。
そう考えた筆者たちは、基礎知識と思考力を測る「たつじんテスト」を開発し、学ぶ力、学習に必要な思考力を定義してきた。
大人たちには当たり前の概念について、子供が学ぶことがいかに難しいかを示す例が面白かったので紹介します。
「ピザを二つに分けること」「丸いものを分けること」。これが子どもが考える「ニブンノイチ」なのかもしれない。そうだとすれば、丸いケーキを不均等に分けても、それぞれのピースは「ニブンノイチ」になるのである。そのように解釈してしまっている子どもは、四角いものやひも状のもの、5リットルのジュース、10人の子どもたちを「ニブンノイチ」に分けることができるとは思えないのかもしれない。少数の事例から、「ニブンノイチ」や「サンブンノイチ」ということばの「正しい意味」を取り出すのは、子どもにとっては至難の業なのである。
この子どもは「56円」に対して、まず1円玉を5枚取った。次に10円玉と5円玉を1枚ずつ取り、最後に1円玉をもう一度取った。すると21円になったのだ。この子どもは「ごじゅうろく」という耳から入った数字を「50+6」ではなく、聞こえた通り、三つの数字に分解した。「5+10+6」が「ごじゅうろく」と考えたのだ。
【思考力を3つの能力に分解】
筆者たちは、「思考力とは、知識を使って問題解決をする力」と定義し、認知科学の知見をもとに、それを形づくるための 鍵概念として、以下の三つの能力を設定した。
①知識を拡張し、創造するアブダクション推論能力
②推論過程を制御するための認知・情報処理機能
③思考を振り返り、知識の誤りを修正するためのメタ認知能力
つまり、創造的に質の高い思考とは、「質の高いアブダクション推論をしながら、つねに推論をリアルタイムで制御すると同時に、結果をモニターし、誤りを修正するサイクルを伴う思考をする」ということ。
①アブダクション推論能力とは、演繹推論のように結論が一義的にきまる、必ず正しい答えが得られる推論ではなく、異なる分野の知識を組み合わせたり、比喩や類推を用いて新たな知識を創造する能力です。
アブダクション推論について、筆者の過去の著作『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』での内容で補足すると、結果から原因を推測する思考法のことで、例えば、いつも大行列のお店について、「おいしいから混んでいる」ではなく「混んでいるからおいしい」と考える思考法。ヘレン・ケラーが、手に水を浴びたときに、サリバン先生が手に綴ったWaterが、この冷たい液体の名前であると理解した。さらに、そこからすべてのモノには名前があることを理解した。アブダクションの推論により、感覚・知覚レベルに留まる類似性ではなく、背後にある関係の類似性を見抜き、抽象的な概念を習得したり、目では観察できない因果関係を理解したりできるようになっていく。
②認知・情報処理機能は、推論・思考したりするまえにそもそも情報をインプットしないと推論・思考もできない、ということでしょうか。
③メタ認知能力については、次で詳しくまとめたいと思います。
【思考を振り返り、知識の誤りを修正するためのメタ認知能力】
メタ認知能力とは「自分自身の意思決定を客観視すること」。本書では、以下のような言葉でも表現されています。
自分の思考の過程を他者視点で振り返ることのできる批判的思考
文脈に合わせて柔軟に視点を変える能力
人間には2つの思考スタイルがあり、システム1とシステム2と呼んでいる。システム1は不正確だけどすばやく効率がいい直感的思考、システム2はメタ認知を働かせて時間をかけて熟慮する思考です。
システム2のメタ認知の能力を発動できないとたいへん困ったことが起こる。誤った知識を修正できない。誤りに気づかず、修正ができないと、間違った知識が誤ったスキーマに成長してしまう。つまり、私たちの知識や思考の枠組みが誤ったかたちで作られてしまう。誤ったスキーマは、学習につまずく大きな原因になってしまう。だから、システム2の思考を働かせ、メタ認知によって、自分の知識の一貫性を見張り、誤りがあれば修正していくことが大事であると、本書では述べています。
そして、筆者は思考力を以下のように結論づけている。
結局、 学力につながる思考力の個人差というのは、人間ならだれでももっている、認知バイアスと思考バイアスに駆動されたシステム1的な思考スタイルを、どれだけ意識的な工夫によって制御できるかで生まれるといってもよいだろう。逆にいえば 思考の躓きは、思考を制御する力が弱いことに起因するといっても過言ではないのである。
すると、 教育の重要な役割というのは、知識を詰め込むことよりも、子どもが自分で認知能力という制限の中でうまく思考ができるよう工夫することであり、だれもがもつ思考バイアスや思考スタイルを自らコントロールできるような力を育むことだという結論が、自然に導き出せるのではないだろうか。
【子どもの思考力を育むために、さらに要素を細分化】
思考力を育むため必要なことを、本書では以下5点にまとめています。
1 基本概念の記号接地をすること。
2 ブートストラッピング・サイクルによって事例からの一般化、抽象化を自分で行うこと。その際、質の高いアブダクションを行うこと。
3 基本概念のスキーマが誤っている場合には修正できること。
4 「システム2思考」で「システム1思考」をコントロールすること。
5 知識が身体の一部になっていて、様々な状況で自在に使えること。
補足すると、
記号接地とは、ことばや記号の意味がわかること。ぼくは地に足がついているイメージで理解しています。
ブートストラッピングとは、何かを学習するときに、子どもが自分で手がかりを見つけ、洞察を得て、学習を加速させていくプロセスのこと。靴(ブーツ)の履き口にあるつまみ(ストラップ)を自分の指で引いて「自らの力で、自身をより良くする(より高い発達段階へひき上げる)」というイメージ。
記号接地して、アブダクションして、メタ認知。子どもだけでなく、大人になっても重要なプロセスで、学びは続いていきますね。