雀荘での暮らし 妻が死にました。(7)

葬儀後、ぼくは退職した。社長は何日でも休んでいい、働ける状態になったら連絡をくれと言ってくれていた。とてもありがたい言葉だったが、いつまでたっても働ける状態になるとは思えなかった。会社から預かっている社員証や携帯、保険証をひとまとめにして、お詫びの手紙や退職届と一緒に社長宛に送った。この頃には精神状態がかなりひどくなってきており、社長や人事に直接会ってお詫びして、退職のお願いをするなんてことはとてもできなかった。

自暴自棄にもなっていた。お金が無くなってももうどうでもいい。生活が破綻したとしてもどうせ自分一人だ。食欲はないし欲しいものもない。一番喜ぶ顔が見たい妻はもういない。もちろん仕事への意欲など湧くはずもなく、社長のあたたかい気遣いを受けることはできなかった。

葬儀が終わり、退職してから約一か月が経っていた。その間、ぼくはほぼ家に帰らず、街の雀荘にいた。雀荘にいた、というより、雀荘で暮らしていた。ソファで眠るために毛布と枕を買い、着替えと歯ブラシ、サンダル等の日用品を買い込んだ。雀荘にしてみれば迷惑千万な話ではあるが、友人でもあるオーナーがぼくの状況を理解してくれており、いくらでもいればいい、と言ってくれた。

一人でいたくない。暗い部屋にいたくない。ただその一心だった。

意識がある間、30時間ほどぶっ通しで麻雀を打ち、疲れ果てるとソファに倒れ込んだ。目を閉じると、リビングで倒れている青白い妻の足が浮かんでくる。妻の足が遠のいて焦点がぼやけてくると、今度はすごくいい笑顔で妻が笑いかけてくる。なんだ、いるじゃないか。よかった、今まで何をしてたん?ぼくも妻に笑いかける。妻を抱きしめようと、手をひろげ近寄っていく。妻が近寄ってくる。近寄ってきているはずなのに。あと少し、ほんのちょっとで妻の体温を感じれるはずなのに、笑いながら妻は一気に遠ざかっていく。決まってその直後に、汗だらけで目が覚めた。

果たして眠れているのだろうか。ずっとそんなふわふわとした意識の中ひどい夢を見続けながら、目をつぶっていられるのはほんの2~3時間だけだった。よくうなされていたらしい。本当に、迷惑な客だ。身体や頭の疲れはほとんど取れていないのだが、一度目を覚ますとまたエネルギーが切れるまでは眠れなかった。

起きると近くのサウナへ行き、牛丼やラーメンを食べ、また雀荘に帰る。一部の常連客を除きぼくの状況は知られていなかったので、雀荘の客にはかなりいぶかしがられていたそうだ。30時間麻雀を打ち続け、数時間眠り、サウナと食事をとる。約36時間周期でぼくの毎日は過ぎていった。

麻雀を打っている間は、妻の死に向き合わずに済んだ。完全に、逃げだ。でもその時のぼくは逃げるしかなかった。一人でいるのが耐えられなかった。麻雀に没頭し、他の客のいる空間に身をおき、煌々と明かりのついたタバコ臭い部屋でほんの少し意識を失う。一人でいることに絶望し、死んでしまいたいと思いながらも死ぬ決心もつかない。死んだようにただ生きているだけの、虚無感に覆われた毎日だった。


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