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ソーラン節を踊ってホームシックが解決した話 | アイルランドと私 #10
「日本だってすごいんだ、誰か聞いて」
夢だったアイルランド移住を始めて二年目の今。一年目を振り返ると、じわじわとこの気持ちが私を浸食していたなと思う。私は「郷に入っては郷に従え」派なので、彼らの立ち振る舞いや精神をとことん学び、馴染みたいと思っている。アイルランド特有の言い回しやジョークを覚え、一緒に笑いたい。彼らが何を大事に想っているかを知り、尊重したい。自国を誇らしげに、嬉しそうに語る彼らの顔が大好きだ。皆、自分達のルーツを私に一生懸命教えようとたくさんおしゃべりしてくれることにとても感謝している。
しかし時折感じることがある。「みはらはどうなの?」「日本はどうなの?」は、あまり聞かれないな。特別扱いではなく、その場の、アイルランドにいる一員として扱ってくれているんだとしたら、こんなに嬉しいことはないが、やっぱり私には私のルーツがあるから、たまには誰かに話したくなる日もある。
無理やり日本の話題を切り出すことは、あまりしたくない。皆の自然体の会話を楽しみたい。しかし一方で、この土地にルーツが何もない私は、ここでどうやって自分を確かめたら良い……なんて、だんだん私のアイデンティティや輪郭はあやふやにぼやけてくる。
そんな感じで移住10ヶ月目、ふと、危機感を覚える。自己肯定感がどんどん下がってきている。何もやる気が起きない、とベッドから動けなくなる。進んでいくスマホのデジタル時計を見つめるのに精一杯。これはまずい。やっぱりアイデンティティが弱ったためだろうか。地盤を補修する機会が少ないと、こうなるのか。
気持ちを回復しないと…自分を鼓舞出来るようなこと…日本にルーツを持つ自分を励ましてやりたい。
あ、三味線の格好良い曲が聞きたいな……三味線はいわゆる「日本独自のギター」。音色を聞けば一発で「日本だね~」と感じるあの唯一無二の音色……それでいて雅にもロックにもなれる……最高に誇れる文化じゃん…。
三味線の音色を思い浮かべると少し元気が出てきた。日本にいた頃は、メタルやアイリッシュ音楽ばかり聞いていて、特段和楽器を愛好しているわけではなかったのに不思議なものである。ベッドにもたれながら、握りっぱなしだったスマホで理想の音源を探し始める。
辿り着いたのは、多喜雄のソーラン節だった。
かっこいい~~~~~~!😭
これよこれ、これが聞きたかった!三味線の主伴奏は言わずもがな、尺八で風を感じ、和太鼓のリズムが腹と胸の間に響く高揚感……!何だか泣けてきた。
「ソーラン節」として知られる「沖揚げ音頭」は、ニシンでいっぱいになった網を手繰り寄せ、ニシンを陸まで運ぶ船にくみ上げる作業のとき漁師が唄った民謡です。
気分がだんだん乗ってきて、踊りの動画も観ようということになった。曲だけでも格好良いのに、動きまでついて臨場感が半端ない。最初に腰を低く落とす構えのポーズだけでドキドキしてしまう。
小学校高学年の時にソーラン節が必修だった方も多いのじゃないだろうか。私も小学6年生の時に、運動会で、皆で法被(はっぴ)と鉢巻を身に着けて踊った。その時も、やっぱり格好良くて大好きだったなあ……と懐かしくなる。
まだ、覚えてるだろうか?
ついにベッドから起き上がって、踊ってみることにする。見事に、あの左右に網を引く場面しか覚えていない。何だか燃えてきた。「多喜雄のソーラン節 チュートリアル」と調べて、今日はとことん思い出すぞ!となった。(下のDr.MoriMoriさんの動画が、一つ一つのモーションのコツが分かりやすく書いてあり、とても参考になった。)
気持ちいい~~!やっぱり網を引く動きはテンションがあがる。漁師だった祖父を思い出しながら、私は荒波の中、ニシンを揚げ続けた。アイルランドの、山腹にある家の一室で。
そして一日中、無我夢中、飲まず食わずで踊り続け、結果的に吐いたりもして、ベッドに倒れ込んだ。これはちょっとやりすぎた………けど、何だか、ちょっと前向きで爽やかな気持ちになっていた。
ふと、全国で踊ったことのある人が多数いて、こんなに粋な音楽と動きのダンスがある日本って、すっごいCOOLじゃないか、と思った。私もその輪の一人なんだと思うと、寂しさが薄れ、代わりにニヤニヤし始めた。
小学校の頃に踊ったソーラン節が、思いがけないところでスーッと効いた。自分の問題だし、誰かにその都度言うほどじゃないんだけど、海外生活で確実に心に溜まっていくモヤモヤ。そんな時、ソーラン節を踊るとすっきりするという、自分のライフハックに気がついたのだった。(今度はちゃんと飲食を取って吐かずに踊ろうと思う。)
日本に一時帰国中の今、また来たるホームシックに備えて、作務衣も勢いで買ってしまった。今回の経験で、日本文化を感じるものを身に付けておいた方が、もしもの時心が助かると思った。防寒着にもなるので、普段はパジャマとして使い、また元気がなくなったらこれを着てソーラン節を踊れば完璧である。
郷に入っては郷に従い、けれども自分のルーツも忘れずに。また今年も一年、アイルランドで頑張っていこう!
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