【詩を食べる】水墨抄(まど・みちお)/モンゴル風蒸し餃子ボーズ
詩のソムリエによる、詩を「味わう」ためのレシピエッセイです。今日紹介するのは、「けむり」の美しさを味わうレシピです。3月2日はモンゴルと日本の外交50年だそう。ぜひモンゴル料理にもチャレンジしてみてください。
モンゴルの大草原で
8年前の、秋のはじめ。わたしはモンゴルの大草原、テレルジにいた。わたしが泊まるかわいいゲルは、広大な草原の中にぽつんとあった。
草原は金色に一面輝き、馬のいななきが遠くで響いていた。いまでも時々、あの澄んだ冷たい空気や草の香り、どこまでも広く青かった空を思い出す。
モンゴルでは、ずっと馬に乗っていた。わたしの相棒(名前はなかった)のモンゴル馬は、思っていたよりずっと険しい山や、アムール川にわたしを連れて行ってくれる。鞍にお弁当をぶらさげて、夕方になるまで馬と広大な地を駆けたり、歩いたり。奇妙な岩や、シャーマンの儀式や、牛の群れなど、出会うものすべてが新鮮で旅心を満たした。
日が暮れはじめると、心地よい疲れとともに、ゲルに帰る。馬をぱか、ぱかと歩かせていると、ひとつひとつのゲルからしずかに煙が立ち上っているのが見える。
その、白く細い煙を見た時の安心感といったら…。なんと言い表せばいいのだろう。ひとが暮らしている。この、広漠な草原の中で。そんな当たり前のことが、しみじみ美しくて、涙が出るほど安心した。
わたしは仲よくなった野良犬とよりそって、夕食の煙を眺めながらモンゴルビールを飲んだ。モンゴルビールは、乳や草っぽい香りがした。たいそう幸福な気分で、ちょっと歌ったりした。
けむりの美しさ
まど・みちおさんの「水墨抄」という詩を読んで思い出したのは、そんな風景だった。
「家からも/畠からも/谷あいからも/船からも」しずかなリフレイン。
生活からたちのぼる煙は本当に美しく、人をほっとさせる。湯けむりや、鍋からたちのぼる蒸気。暖炉の煙突からの煙。「人のいるところ/けむりはたちのぼる」純粋なあたたかみを感じるのだろう。
ずっと昔から、作り続けてきた。ボーズのつくりかた
近頃、せいろを使いはじめた。台所で、しゅんしゅん蒸気をあげるせいろから、ひのきのいい香りが漂う。蒸されているせいろを見るときのほっと安心する感じは、この詩やモンゴルの風景をいつも思い出させてくれる。
せいろを使って作るのは、モンゴルの蒸し餃子「ボーズ」。中国とロシアのあいだにはさまれたモンゴル料理は、双方の文化のミックスを感じさせつつも、シンプルな料理が多かった。こうして多くの文化の人が手で作り続けて受け継いできた料理にも、絶対的な安心感がある気がする。
このボーズも、調味料は塩だけ。じゅわ〜っと肉汁が広がるよう、水も加えるのがポイント。手に入りやすい豚にしたけど、牛や羊の肉で作るとより本格的。
蒸したてのボーズをたまらずガブリ。あふれる肉汁、素朴な皮のもちもち。火と水とがもたらすこの安心感を味わう。
作者についてのあとがき
まど・みちお(1909−2014)山口生まれ。
25歳のとき北原白秋に見出される。「ぞうさん」「やぎさんゆうびん」など作詞。「ぞうさんぞうさんお鼻が長いのね そうよ母さんも長いのよ」という問答は、「鼻が長いこと」をからかわれた子ゾウが「大好きなお母さんゾウとおんなじ」ということに誇りをもっている、ということらしい。深イイ・・・!
「自分」が「自分であること」を肯定し、生命を愛おしんでいる感じがすきです。
まどさんのレシピは5品目です。
⇓過去のレシピ