振りきって、前を向け
3月15日。
3月って苦手だ。
冬が最後の力をふり絞るように吐き出す、だめ押しの寒さが心身にクる。
別れの知らせ・イベントが多くて、やたらとセンチメンタルになる。
年度末だ!とやたらと意気込んだり、勝手に舞いこんでくる忙しさに忙殺されたりして、肩に力がはいって呼吸が浅くなる。
とにかく、切なくて、3月は苦手だ。
この時期、別れについての記事を書きがちだ。
もれなく今年もこうして書いてみようと思う。
去る3月13日、とある人にサヨナラをした。
Aくんだ。
さては3月9日に何かあったな?
と思うでしょ?
ええ、
ええ、そりゃあもうあーた、
お察しの通り何かあったし、
もはや何もなかったまである。
あのあたりに書いた記事、どう読んでも様子がおかしいものね。
結論から書くと、
Aくんに会えなかったのだ。
電話をくれて謝ってもくれたけれど、彼はずっと冗談を言って笑っていた、「早くまた東京に来て」と言っていた。
「今からなら空いてる」という彼にわたしは予定を変更して会いに行くこともできたけれど、話しながら心がポキッと折れて、「またいつかにしよう」と伝えて電話を切った。
まあでも結局は自分の甘さゆえだったと思うし、詳細は割愛させてほしい。
それで、3年を振り返り、まわりの意見を素直にきき、何よりわたし自身の本音と向き合って、感謝を伝えてちゃんと縁を切ったほうがいいという結論に達した。
わたしにとっての「大事にする」とは、
「彼の人生の邪魔をしない」だった。
こう伝えて、お別れをした。
傍から見たら、たくさんまちがってるのかもしれない。
友だちからも「あいつはやめとけ」と散々言われてきたのに、結局このザマだ。
恋愛経験があまりに乏しいのだ、幼さを許してくれ。
今まわりにこういうことを話せる人がいないのだ、乱文を見逃してくれ。
いやー、今日は空が高いわ。
腹立つくらい空が青くてきれいだわ。
いったん、アイスでも食べてくるわ。
(離席)
(着席)
さて。
人と会うとき、その人の前でしか出てこない自分というのがいる。
わたしは弱くて、人や環境に大きく影響されやすい。
誰といるかで、自分という人間が少しずつちがう。
だから、他人に出会う時、わたしは自分自身にも出会っている。
つまりは、その人と会わなくなると、その人と共にあった一人のわたしにも会えなくなる。
誰かとの縁を切る、ということは、一人の自分をころすということでもあると、そう思う。
前の記事にも書いたが、Aくんの存在がわたしにとって唯一無二なのと同じように、Aくんの前でしか現れないわたし自身もまた唯一無二だった。
だがもういずれにも会えない。
彼にもあの自分にももう会わない、という選択を、わたしはしたのだ。
今後会うとしたら、それは記憶の中で、記録の中で、約3年間の思い出の中で、だ。
さすがにそろそろ前を向こう。
2021年からの片思いを振りきって、わたしは前を向くのだ。
ああ、まあ、でも、あれだな。
もう文章ににじみ出ているけれど、結局わたしは自分のことしか見ていなかったのかもしれないな。
「大事にしたい」とかいって、結局、保身だったのかもしれませんわ。
とにもかくにも今年の3月は、そんな様相だ。
あいも変わらずこんなことやってますわ。
人間、人間〜。
元気で幸せで、それぞれの場所で、たのしく生きてこうな。
そう空に投げかけてみる。
あれから、この曲をよく聴いている。
いい曲だ。
涙が流れてくる。