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【続・自己紹介】ペーパー尼僧。
「はじめに。」で書きましたが、私、一応、僧侶資格を持っています。
でも、にわかもにわか。
僧侶資格のランキングでいうと、ド底辺。
「律師」ってやつ。
あ。法然がつくった「浄土宗」です。
法然の弟子の親鸞がつくった「浄土真宗」ではないです。
よく混同されるので、念のため。
そして、私、一応寺院に所属はしているものの諸事情で従事はしておりません。
フリーランス僧侶です。
僧侶になった瞬間に「位牌の処分したいんだけどー。」と友人から言われ、ああー、はいはい、魂抜くやつね、やるやるー、って思って、さぁ、準備しようと思ったら、あ、道具がない・・・みたいな(笑)
準備にとてつもないお金がかかる。
更に、処分する場所のことを考えると、自分単独でやるの難しい。
で、この魂抜くやつは、別に宗派関係ないので、僧侶になる前から長年ママ友のパイセン尼僧(日蓮宗)を紹介することにした。
3年前に佛教大学に入学し、僧侶を目指すことになり、その後、お檀家さんのいない小さな小さな貧乏寺の後継ぎになり、業界新聞の記事にちょこっと載り、SNSで友人らにあれこれ報告。
大半の友人は、興味津々にあれこれ話を聞いてくる。
聞いてくる分には全然OK!
私も好奇心旺盛さんなので、その気持ち、よく分かるっ!
知りたいよね~、あれもこれも!
BUT 中には勝手な「僧侶像」を押し付けてくる輩がちらほらいて、それがたまらなくストレスになる。
押し付けてくるだけでなく、そこに抵抗すると「自分勝手」とか言われ、どの口が?てめぇーだろ、自分勝手なのはー!みたいな(笑)
ただでさえ仏教は幅広過ぎ問題をはらみ、あれこれ矛盾を感じる部分がある。
例えば、半斎供養って儀式。
仏・菩薩などに飯食を献じるための法要 (浄土宗大辞典より)。
何に矛盾感じるかって。
ずばり、お箸使うのよ、この儀式。
あのね、ブッダ(お釈迦様)はインド人なのね。
で、浄土宗のご本尊の阿弥陀仏もそりゃインド人だよね。元は。
お箸使わないよねー。
むしろ、お箸、使いづらいよねー。
あ、でも、もはや仏だから…。
お箸も手も関係ないっか。
じゃあっ、てんで、お経で、仏のご飯の食べ方、調べてみよう。
これ、経本。仏説無量寿経巻上 康僧鎧(こうそうがい)訳。
![](https://assets.st-note.com/img/1738241149-f3FUr7u2MVbeTJzKBsX4w5tL.jpg?width=1200)
浄土宗聖典刊行委員会[編]
p.119-120
平成28年12月1日 第二版第一刷
そして、現代語訳が↓
![](https://assets.st-note.com/img/1738241189-KgYwaCIJfsuxMy4PVQ981Zv7.jpg?width=1200)
浄土宗総合研究所[編]
p.80-81
平成31年3月1日 第7刷発行
仏様達、お浄土で、食べたいものをイメージしたら、目の前に浮かぶんだってー。
で、なんもしなくても食べた気になるって。
しかも、食器の片付けも不要だってー。
めっちゃラクぅ~♪
流石、極「楽」浄土~♪
(私達もね、いずれ往生して極楽浄土で仏に成るから。成仏した後の自分、ちょっとイメージしてみて♪)
だから、正直、いらん。
仏さん達は、自分で自分の食べたいもの、食べたいときに食べた気になれるから、どうぞおかまいなく。
こちとら自己完結してるんで。
余計なお世話。
いや、おなか、もう、いっぱいなんで、って断ることもできねーし。
困るんで。
ほんっと自分たちの自己満足でしかない。
それやるなら、もっと必要な人達にその時間とご飯あげて~衆生を救って~って仏さん達、思っている気がするわ。
自分が仏だったら、そう思うね。
結局、仏様のためにっていうより、自分らの信仰心を深めるため「だけ」の儀式。
単に自分らのため、だけ。
やる気、起きねー。
お仕着せのご飯、やめよー。
※注:破門覚悟で言ってます( ̄▽ ̄;)
↑は、信仰心が大してないときの私のこころの声です。
before尼僧のパンピー時代。
信仰心が深まると、あらあら不思議。
仏様に感謝の気持ちをどうしても伝えたくなり、自ら、ご飯をお供えしたくなるんですよね…。
今日も見守ってくださり
そのあまねく光を照らして
煩悩まみれの我々愚かな凡夫の罪を
洗い流してくださって
本当にありがとうございます
ご迷惑かもしれませんが
何卒供養させてくださいっ!
お十念(南無阿弥陀仏×十遍)
…って。
・・・これも寺に籠っているとき限定ですけどね( ̄▽ ̄;)
普段、娑婆世界にどっぷり浸かって、従事しているお寺がなければ、お仕えする仏様(ご本尊)もいないので、そもそも、その機会がありません。
そして、これ、あくまで私個人の見解ですので。
浄土宗のお坊さんたちを代表するものでは決してございません。
ただの私の戯言(たわごと)ですので、そこ、誤解なきことをっ!!!
それと、ご家庭にあるお仏壇にお供えする仏飯に対して、やる必要ないとは断じて思っていません。
定期的にお供えすることで、お浄土にいらっしゃる大切な方とコミュニケーションをとれる大事な空間になりますので、是非!と思っています。
但し、例えば多忙でお仏壇放置の時期があった場合に飢えさせてしまったと自分を責める必要もないです。
だって、ちゃんと仏様は自己完結できていますので(笑)
心配ご無用(笑)
お浄土で幸せに過ごされています❤
極楽浄土、至れり尽くせりなので❤
・・・お経によると。
だから、話し戻すとね、あなたたちの頭の中にある、然るべき「僧侶像」なんてものは「幻想」でしかないのよ。
その勝手な幻想を私に押し付けないでくれる?となるわけです。
どーせあんたの「僧侶像」なんて無知から出来上がった産物で矛盾だらけだしー。
そもそも「僧侶像」、世の中にどんだけあると思ってんのよ。
仏教自体が八万四千の教えって言われてんだよ?
そんなん、いちいち付き合ってられないわよ。
無理な話なのよ。
自分勝手とか言うなや。
吐き気するわっ。
この、お花畑がっ!
なので、こちらを読んでくださっている方には、私を
「運転免許を持っているただのその辺の人」
みたいな感じで
「僧侶資格を持っているただのその辺の人」
として見ていただきたいです。
免許を持っていても運転していない方々をペーパードライバーって言いますよね?∴資格を持っていてもお寺に従事していない私のことは、
ペーパー尼僧
と思って、接してください。
要するに話半分で聞いてね、ってことです。
その辺の、ただの人が、資格を持っている分、ほんのちょっとだけ、その資格については他の人より知識や経験があるだけ、って感じの、ゆるめな感じで是非お願いします。
正直、どの業界でもそうですが、完璧にその業界のあれこれをすべて知っている+ルールを完璧に守って動けている人、いる?いねえよなぁ!?
(ちょっと古いけど東リベマイキー風)
日本仏教界においては、ハッキリ言って、破戒僧だらけ(笑)
あの有名な一休も思いっきり破戒僧!
これは仏教が日本に入ってきてから、ずっと(笑)
わりと、みんな、戒を守る気ないよね?ねー?って感じ(笑)
そもそも公然と妻や子供がいるって…。
ブッダは煩悩の最たるものである愛欲を断て!って言ってたのに。
日本仏教、だいぶマイルド(笑)
ある意味、日本らしい。
しっかり「中道」の教えは守っております!
だって、ブッダ、中道となえておきながら極端過ぎだもーん。
苦しみから解放されて覚るのに煩悩を断たなきゃいけないのは分かるけどー。
それやると人類滅亡になっちゃうもーん。
だから、はい、日本は独自路線の仏教。
良い感じのポジション「中道」を取った。
ある意味、バランス取れている👍
ああー、仏教、はばひろっ。
で、こんなことを考えたり、大学の講義を受けている間に、沼にどっぷりハマり、仏教をどう解釈していいのか、自分がどのスタンスを取っていいのか、よく分からなくなり、この3年、幾度となく
僧侶、無理かも・・・
と思っていました。
ピークは、正式な僧侶になる前の最終フェーズ「加行(けぎょう)」の直前。
マリッジブルーにもマタニティブルーにもなったことがなかった私が、まさかの加行ブルーになり、加行に入った後もしばらくブルーが続いていました。
(注:離婚ブルーは普通に数年なってましたが、離婚は「終わり」だからね。喪失感、裏切られ感、ハンパないからね。一寸先、まぢ闇だからね。普通にブルーだよね。マリッジもマタニティも加行も「門出」的なのにもかかわらずブルーって…。ひよってる奴いる?いねえよなぁ!!?あ、います、います、ここに、ひとり。みたいな感じ。)
何度、下山しようと思ったことか。
この時の話はまた別途するとして、と・に・か・く!
グダグダになりながらも、結果、僧侶になっちゃいました!
そして、加行最終日に、なんで自分が僧侶にならなければならなかったのか、の答えが見つかりました!
ああー、結果オーライ!
僧侶になって良かったー!
っていうか、やっぱ、仏教=縁起の教え。
そこにあるのは、因果関係、のみ!
自分なんてものはない!
すべては必然に!
ブッダ、2500年前に、そこ見破っていたの、まぢリスペクトっす(`・ω・´)ゞ
で、じゃあ、僧侶になった今、自分の娑婆世界(もはや仮のヴァーチャルな世界っす。)での位置づけ、どうしよーってなった時に、
ペーパー尼僧。
このキャラが一番しっくり来るので、何卒これ↑で以後よろしくお願い申し上げます。
そして、所謂「僧侶」というレッテルを貼らずに「ペーパー尼僧」として、ゆるい感じで見ていただきたいとお願いしている以上、私も、皆様に対して、できるだけ「まっさら」な状態でお付き合いさせていただくことを心がけていきます。
「男」だからぁ~、とか、「LGBTQ+」だからぁ~、とか、「先生」だからぁ~、とか、「子供」だからぁ~、とか、そういうの一切とっぱらって、
ただの、その辺の人、対、ただの、その辺の人
というフラットな感じで。
とは言え、あれですけどね、年取ると、いろいろ若い頃にできたことが当然のようにできないことは、今、ひしひしと感じている(耳と目、本気でヤバイ…)ので、「老人」だからぁ~っていうのを取っ払うことで、若い人と同じことができないことに対して厳しく接するということはしません。
基本的に、仏教は「慈悲の教え」ですので。
どんな人に対しても人の憂いに寄り添えるような優しいヒトでありたいと思っています。
![](https://assets.st-note.com/img/1738044099-BJOaDRklEzrw8gviVcjpnCuF.jpg?width=1200)
ただの、その辺の人。
に僧侶資格(下っ端も良いとこ!)がちょこっとくっついた感じ。
以後、お見知りおきを!
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