【小説】魔女の告解室vol.11
前回までのあらすじ
魔女と人が共に暮らす町。
人と魔女の共生に尽力してきた長老が死に。後継者に最年少の魔女エレナが選ばれた。
しかし、喪服の魔女「リコリス」を筆頭に、反人間の魔女たちの全容が、少しずつ、明るみに出て行く。
第五章 月下美人②
ある魔女を殺すこと。それがリコリスの生涯のおける唯一の目的だった。
「リコリス、人と魔女は幸せに暮らしていけるわ。私とお父様がそうだったのだもの。そのためには、自分自身が強くならなきゃだめよ?他の魔女を圧倒するくらい、強くならなくてはだめなの」
「おかあさま。お姉さまたちは、人間と仲良くしちゃダメだって言ってるよ?人間は馬鹿で無知で、どうしようもないって言ってた」
「そんなことはないわ。中にはそんな人もいるけれど、心の優しい人もいるの。あなたがそんな人と出会ったら、構わずに一緒になりなさい」
リコリスの母との最後の記憶は、この会話で途切れている。数日後、彼女はリコリスの目の前で、処刑された。
十字架に貼り付けにされ、火炙りの刑になった。母親が焦げて、苦悶の表情のまま死んでいった光景を、彼女が忘れることはない。すぐに、父親も同じように処刑された。
「リコリス。あなたの母親は、魔女を裏切って、人間の肩を持ったの。かわいそうに。いまはその人間に裏切られて、火に炙られている。でも、大丈夫よ。今日からは私が育ててあげる。何にも心配いらないわ」
母親が火炙りにされている最中、聖女と呼ばれる魔女、ガザニアがリコリスの手を握っていた。
リコリスが6歳のときだ。
リコリスは何が起きているのか、さっぱり分からなかった。母の叫び声が聞こえなくなる頃、今度は父の叫び声が耳に響いた。両親の断末魔は、リコリスから感情を奪い取っていった。
修道女ガザニアに引き取られた、リコリスは、連日のように、指南役の仕事へ、連れて行かれた。
指南役は、規則を破った魔女を排除する。また、人間に魔法の存在が発覚してしまった場合、記憶を抹消する。しかし、ガザニアの仕事はそれだけじゃなかった。
ガザニアは、刑務所に収監されている人間を、秘密裏に受け取っていた。その光景は、リコリスに両親の死刑を思い出させた。
「修道女様!オレは改心した!もう人を殺したりなんかしねえ!だから助けてくれ!このままじゃ死刑になっちまう!」
囚人は、温和そうな修道女が、慈悲から我が身を助けてくれると思っていたらしい。男の喋り終えるのを待って、ガザニアは男の胸に手を触れる。すると、男は、短い断末魔を上げ、丸い錠剤に変化する。それを飲む。
一連の動作は躊躇いなく行われ、多いときには、一日おきに、少ないときは、二日おきに行われた。リコリスはガザニアの私処刑を徹底的に叩き込まれ、人を何人も殺した。
囚人だけではなかった。病で最期の時を待つ人間を、家族から引き取っては、処刑して錠剤に変えた。急激な発展の最中にあった町には、人間が履いて捨てる程いた。殺しても、殺しても、次から次へと、町に人間が増えた。
記憶抹消は、長老と共に行った。ガザニアは長老と折り合いが悪く、いつも長老とリコリスの二人だった。
「リコリスや。絵本を読んであげよう。膝の上にお座り」
仕事を終えると、リコリスは長老に絵本を読んでもらった。既に10歳になっていたリコリスだったが、ほとんど活字を読むことが出来ず、絵本でさえ苦戦した。
リコリスの口角はちっとも上がらなかった。眉を潜めたり、シワを寄せたりすることもない。表情がなく、感情は微塵のかけらも感じられなかった。
徐々にではあったが、長老との時間のなかで、彼女は感情を取り戻していった。リコリスが15歳になり、魔女として認められると、長老がリコリスを引き取った。
「長老様。私の父と母は、なぜ処刑されたのでしょうか。ガザニア様は、母が魔女を裏切ったからだと仰いました。しかし、記憶の中の母は、そのよう魔女ではありません。優しく、穏やかな魔女だったはずなのです」
「リコリスや。ワシはお主に謝らなければならぬ。お主の母親を守ってやれなんだ。処刑は仕組まれたものじゃ。おそらく、魔女の誰かが、お主の父親を魔法にかけ、人を襲わせた。それを止めようとしたお主の母親は、魔法行使の罪を着せられ、その日のうちに人間によって処刑された。」
「人間によって?」
「正確には違うのぉ。魔女によって操られた人間たちによってじゃ。処刑が済んだ後、人々は自分らが誰の処刑の立ち会っていたのかすら記憶に残っとらんじゃろう。記憶を消されておる」
「母ははめられたのですね」
「そうとしか思えん。ちょうど、ワシが町を離れている時じゃったが、犯人に心あたりはある」
「誰なんですか。母を死に追いやったのは」
「おそらくガザニアじゃ。お主も知っておろう。あのガザニアが、人の魂を食っていることを。しかし、ワシらは何も言えなんだ。証拠がないからじゃ。死刑囚や末期の病人の魂を、天に返すのが、教会の役目として、ガザニアに一任されておる。その職権上、魔法行使の監視を免れておってなぁ。」
「証拠なら、私が見てきました。ガザニア様が人を錠剤に変え、飲んでいるところを。子どもから老人。女、男関係なく、何人も何人も殺していたのです」
「それでも証拠にならんのじゃ。指南役を裁くことができるのは、他の指南役と長老であるワシ。しかし、指南役はガザニアの味方をするのじゃ。お主の母親は人間への仕打ちに憤っておった。ガザニアのやることに、最後まで首を縦に降らなかったんじゃ」
「私は、自分の両親を殺した魔女に、育てられたのですね?」
「おお‥。リコリス。聡明なお主のことじゃ。大丈夫だとは思うが、指南役を敵に回すのは、確実に勝てる条件を満たしてからじゃ。お主の母親は、それで失敗した。必ず、その機会は巡ってくる。それに、お主は今日から指南役じゃ」
「なぜですか?私のような孤児が、指南役とはどういうことでしょう」
「リコリス。お主は魔女の中でもちと特別でなぁ。指南役の魔女なのじゃよ。五つの家系が、代々その任を受ける。お主の一家はその一つじゃ。母親なき今、お前は指南役となる」
…殺してやる。ガザニア。それを黙認した指南役の魔女ども。私は必ずやり遂げる。全員だ。四人。私の手で殺す。それが叶ったら私も死のう。私は多くの人間を殺してしまった。生きて幸せに暮らせる訳がない。復讐を遂げるまでの生命だ。…
20歳になると、正式に指南役の一人として、リコリスは顔を連ねた。ガザニアや他のしなんやくのには、従順に振る舞い、長老に指南役の動向を伝えた。
その時を持って、リコリスは、復讐のためだけに生きることを決めた。母親を貶めた連中、それと、そんな連中に従い、人を殺した自分自身に対して…
(つづく)
2020年7月6日
『魔女の告解室vol.11(月下美人②)』
taiti
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