「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様4〜大人の壁、突破編〜🎩第二章 3冬 4訪問
3 冬
「はぁはぁ……明るくなった。場面が暗くて書けなくなるところだったじゃないですかっ!」
と、黒影は白いタキシードの白い傘を持った男に言った。
この男こそ、冬そのものであり、物語を司るといわれるWinter伯爵である。
「なんで過去のイギリスに来れたの?」
と、白雪が不思議そうに聞いた。
「ああ、だって此処は冬じゃないか。冬ならば過去未来場所、お構いなしで移動できる。」
と、伯爵は自慢げに言うのだ。
「で、傘の隠し剣で今、何を切るって言いました?」
と、黒影はあきれて聞く。
「だから、聞いていただろう?一頁五千文字斬りだよ。やはり今までの一万文字では、読者様が途中休みが出来ない。読む側に普段を課すのは物語ではない!……よって半分の五千文字で切るのだ。今は見開きではなくスライドだからな。」
と、伯爵は勝手に座り、紅茶を飲み始めた。
「まぁ、分かっていた気もします。だから、紅茶の蘊蓄を言っていたまでで……。今は、スマホからが一番読書率が高いらしい。と、なると確かに長いんですよね。」
と、黒影も座り紅茶を飲みながら言う。
『そう言う事だから。これ以上は編集とか大変だから、申し訳ない。有意義にお読み下さい』
と、創世神の声が聞こえた。
「……だ、そうだから。他のは何れ纏まった時間があればと言っていた。」
と、伯爵は言う。
「伯爵、そこ私の席〜。」
と、白雪が口を尖らせる。
「一席増やしましょうか。」
と、ホストが言ったのだが、
「それには及ばん。私はこれからXmasの準備で忙しい。これを頂いたら退散する。黒影、今は5000文字でも長いのだからな。次の創世神は大変だぞ。」
と、伯爵は黒影に忠告する。
「時代が変わっても……物語を創る者の想いは変わらない。一周まわるのをのんびり待つんじゃないんですか、あの人(現創世神)ならば。口癖ですよ、あの人の。時代は良くも悪くも、流行り廃りも、必ず回ってやってくるそうだ。
僕も流石にこの歳で少し分かるよ。ファッションもそう、古いのが良いと言い出すのもそう。悲しくも戦争が一つまた始まるのもそう。……その繰り返しだ。
あの人は、20年に大体一回りと言っていた。伯爵は?……悪魔も分からない程生きているんだろう?」
と、黒影は興味津々で聞いた。
「あぁ、どうだろうな。ITは早いがコンテンツは結局は人が作り今までは繰り返していた。勿論、もっと早い周期で緻密性は増したが、人の思考が繰り返すのだから、意味は無かった。
AIがどうなるかは未知だが、結局求めるのも人だ。ニーズに合わなければ保てないならば、繰り返すだろうな。
ファッションは早く、10年以内に近い形でネーミングの違う物が流行る。これは意図的で流行りの余りの在庫一掃をする為だ。他の業界もそうかもな。大きな変動期を含めて約20年とも言える。
だから、長生きしても20年か10年に一度、勉強すれば事足りる。
脳の許容量には限界が私にもあるからね。一生そのものが勉強だよ。」
と、伯爵は言い笑った。
「……僕は……変わらないものだけを求め過ぎるのだろうか。」
黒影はふいにカップのなかに映る己を見て、飲み込んだ。
「否……君が求める不変は「安心」だ。それに探偵社では常に一番を狙う。狙っている事が大事だ、黒影。それは無意識に勉強せずとも、好奇心と共に新しい情報を脳が欲する。
黒影は……そのままが良い。」
そう言って、伯爵は優しく微笑むのだ。
伯爵からしたら、まだ若き悩みだったのかも知れない。
「有難う。……何だかホッとした。」
黒影は伯爵のカップの中の紅茶が無くなるのを確認すると、礼を言った。
「構わん。年寄りの戯言だ。」
と、そう言って帽子を軽く摘んで上げる。
黒影もそうして、軽い別れの挨拶を交わした。
……何が年寄りだよ。
と、黒影は伯爵を見て思う。
姿は黒影と大差無い若さのまま。脳だって衰えやしないだろうと思うと、少し羨ましくもある。
伯爵は冷たく吹雪く上昇気流を、傘を広げ振り下ろし作ると、あっと言う間に気流に乗り姿を消した。
「寒いっ!流石にあの人くると寒いっ!」
と、サダノブは寒さに慣れた筈なのに、伯爵の巻き起こす寒さには、身を縮めて地団駄を踏む。
勿論、白雪も黒影も寒かった。
温かい紅茶でも……と思っていると、ホストがこんな事を言うのだ。
「……湯が凍ってしまいました。新しく沸くまで暫しお待ち下さい。」
と、慌てて中に入って行く。
「見てぇ〜、黒影。」
白雪が飲んでいたミルクたっぷりの紅茶が、見事に固まっていた。
三人は凍えそうになりながらも、湯が沸くまで待ち、温まると直様その場を後にした。
――――――――――――――――
「風柳さん……。」
先に家に戻ってのんびりしていた三人とジョニーであったが、風柳が帰ってきた姿を見ると、黒影は即座に椅子から立ち、報告を待つ。
風柳はゆっくり首を横に振る。
「……何で?!あそこまで容疑者を絞ったじゃないですかっ!」
と、黒影は言うと、居ても立っても居られないのか、帽子とコートを持って出掛けようとする。
「待て、黒影。」
と、風柳が言った。
「……しかし。」
黒影は、それでも出てやる勢いで、悔しがりそう呟く。
「見つかった。……だが、ホワイトチャペルにいるごろつき、ギャングだった。砒素と金で上手い話に乗っかっただけだ。あいつら、何も悪いと思っちゃあいない。仕事をしただけだと思っている。
以前、黒影が砒素の売買現場を潰したことにより、雇用主とは対立状態になっている。
お陰で警察に全部話してくれるから、楽だけどな。
結局、捕まれば早く出る事しか考えてないよ。」
と、風柳は言った。
見つかったが、鼠の尻尾切りに過ぎなかった事に、首を横に振ったのだ。
黒影は明から様に眉を片方だけ引き攣らせて、非常に不愉快だと言いたいようだが、風柳に言っても仕方無いので、我慢して椅子に座り直す。
「……で、そのギャング何か他に口割らせましたよね?」
黒影は当然、手ぶらで帰ってきたのではあるまいと、ほぼ八つ当たりで聞く。
「ほら……また眉間に皺寄せて……。風柳さんが可哀想よ。サダノブにも何時も言われているでしょう?」
と、白雪は黒影の頬にキスして珈琲を目の前に置いた。
「……分かっているよ。……大人気ないから、こうして眉間だけで言っている。」
と、黒影が言うので、白雪とサダノブはクスクスと笑った。
「あっ……此れ……。」
珈琲を一口飲むと、少しだけ黒影の表情が和らいだ。
黒影の大好きな珈琲用の粗目の砂糖が入っていたから。
黒影が糖分も脂肪分も普段、体力ではなく飛躍力を維持するのに気にしていて、ご褒美の時にしか白雪も出さないようにしている。
「ストレスは体に良く無いわ。」
そう、白雪は言ってにこりと微笑む。
共に結婚前は戦い、今は一番のサポートをしてくれている事に、感謝せずにはいられない。
「何時も有難う。」
と、黒影は言ったが、
「夫婦なんだから、当たり前よ。」
と、白雪は言いながらキッチンへトレイを戻しに言った。
……当たり前……か。
何となく、いつの間にかずっと守ってきて、大事にしてきたと思っていたのに、今はまるで反対だと不思議に黒影は思う。
持ちつ持たれつって……こう言う事なのかなぁと、ぼんやり考えていた。
「黒影が機嫌を悪くすると思って、今回は必死に喰らいついてやったから安心しなさい。」
と、風柳が黒影に言う。
「あ、ああ……それは聞きたいですね。」
と、事件の話しなのに、珍しく呆然としていたので、風柳はどうしたのかと、黒影を見て首を傾げる。
「ああ、今……先輩、白雪さんの事を考えていたんですよ。」
と、サダノブが緑茶を飲んでいたが、風柳に教えた。
「サダノブ!」
黒影が、勝手に読むなと注意する。
「何だ、そんな事か。で?事件の話しで良いのか?」
と、風柳は黒影に話しても良いか聞いた。
「勿論ですよ。」
と、黒影は風柳の方を向く。
「切り裂きジャックの犯行と言われるカノニカル•ファイブ含むホワイトチャペル殺人事件11件の内、カノニカル•ファイブ以前の二件の内、一番最初の事件にギャングがやはり関与していた。」
と、風柳は話す。
サダノブは11件の資料を出したが、
「一番最初だからぁ……1888年、つまり今いる今年の4月3日に発見された事件だ。うっ……こりゃあ酷い……。」
サダノブは思わず、手を離す。
「仕方ない、見せろ。医学的に考えないから気分を害するんだよ。」
と、黒影は資料を代わりに自ら取り、確認した。
「午前1時半頃、エマーニは強盗、暴行を受け病院へ。2.3人の男が犯人だと本人が証言。一人は10代。翌日、ロンドン病院で死亡……か。一日でも生かされていたなんて、逆に驚きだな。確かに、ギャングならば、顔を見られても幾らでも、後から脅しも殺しも出来る。」
と、黒影は事件概要に軽く触れて意見を述べる。
「で、犯人は?」
と、捕まったのか、証言だけなのか黒影は気になって風柳に聞く。
「捕まえたよ。今度こそ、証拠不十分に成らなければ良いが……。かなりその辺は厳しいな、イギリスは。誤認逮捕するよりかは良いかも知れないがな……。」
と、風柳は複雑な胸の内を言う。
「……そうだ、その10代の若いのが、腕にあの蛇の紋章を付けていた。ギャングの印みたいな物らしい。だから、毒矢で我々を狙ったのも、ギャングで間違い無さそうだ。あの、単眼のルナのいる集団に雇われたんだろう。
……ギャングはあの集団が何をこれから起こすか知っていた。だから序でに、酷い悪ふざけをしたみたいだ。
末端の奴らだったよ。」
と、風柳は話した。
「ついでに?どうかしているな、こっちのギャングは。日本より死を軽く見ているようだ。人が何時死んでも当たり前な街じゃ、そうなってしまうんですかね……。」
と、黒影は悲しそうに言う。
余りに人一人の命が軽い。ずっと、この11件の事件を追ってきて思っていた事だ。
鳳凰が飛んで回っても、この街の死臭は長きに染み付き、そう簡単に祓わせてくれそうもない。
時々、気分がこの死臭の混じった霧にさえ、やられそうになるのを、実際に黒影は辿り着いてから、何度か感じていた。
「……先輩……少し疲れているんじゃないんですか?他にも夜警は自警団に頼める様になったし、今夜は休んで下さい。」
と、サダノブがお茶を飲みながら言う。
「お前、また勝手に僕の思考を読んだなっ!今のは絶対にそうだっ!僕は誰の指図も受ける気は無い!僕は僕の意思でしか動かないと、サダノブが一番知っているじゃないかっ!」
と、黒影はとうとうがなり始めた。
……が、サダノブは気にせず、
「そりゃあ、僕らに伝えようとして決死の覚悟を持った人が亡くなったんです。悲しいし、辛いし、怒りだって当たり前です。……だから、休んで下さいと、お願いしているんですよ。指図じゃなくて。もし、クラウディーが死んで無かったら……先輩は、今こそ冷静になろうと言った筈です。」
と、黒影に話す。
「……黒影、人間として正しいのは感情があり、己でコントロールできる方だ。出来なければ、あのギャングや犯人達と同じになる。お前が一番、分かっているんじゃないか?」
と、風柳も落ち着けと、諭すように優しく言ったのだが、それが逆に、黒影自身の弱さを見透かされたようで、腹立たしいではないか。
「分かっていても出来なかったら犯罪者ですか。そんな極論なんてどうでも良いし、僕はそんなに自分をコントロール出来る、出来た人間でもないですよ!悪かったですね、出来損ないの弟と馬鹿な上司でっ!」
と、黒影はとうとう臍を曲げてしまう。
「……黒影?皆んな、困っているわよ。」
と、白雪が心配する。
「良いよ。僕一人でも行く。何か分かるかも知れないのに、じっとしているなんて、そっちの方が苦しいよ。」
そう気弱に言ったかと思うと、黒影は帽子を取り、ロングコートをバサっと着込んだ。
誰も止められず……どうしたものかと考える。
「俺、心配だから尾行します。」
と、サダノブが立ち上がり、黒影が玄関の扉に手を掛けた時だった。
外から凄い勢いで扉がバンッと開き、黒影が軽く後ろに吹っ飛ぶではないか。
何事かと、風柳も思わず席を立つ。
4 訪問
「あら、黒影の旦那、吹き飛ばしちまったみたいだねぇ。……悪い事は言わないよ、黒影の旦那。ささ、中に入って。」
と、あの真っ赤な花魁のド派手な格好のままで、涼子が吹き飛んだ黒影に、長いキセルの煙を吹き掛けながら、微笑んで言った。
「すみません、黒影さん。涼子さんったら、クリスマスぐらい大騒ぎするもんだよっ!って、煩くて……。」
と、にっこり穂は微笑む。
「嘘だろう……?」
黒影はまたドンちゃん騒ぎだと思うと、気が遠くなりその場で、大の字で力尽き、起きる気力も失せた。
穂がおっきなもみの木を担いで笑っていると、サダノブが出てきた。
「あーあー、先輩こんな所でギブアップしてると、風邪引きますよ。穂さんも、会いたかったよ。やっぱり皆んなでクリスマスの方が楽しいですよね。」
と、サダノブは嬉しそうに笑う。
サダノブはもう動きたくないと言いたそうな黒影の両手を持って、ズルズルリビングまで戻す。
「クリスマスの準備しておきますから、ちゃんと寝て下さいね〜。言う事聞いてくれなかったら、涼子さんと穂さんに追跡してもらいますから。」
と、サダノブは笑った。
「勘弁してくれよー。」
と、黒影は渋々部屋へ入って言った。
「涼子さん、窓、厳重ロックで!」
と、サダノブは急いで言う。
「あいよ、分かっているよ。」
と、涼子は花魁の格好にも関わらず、ひょいと走り出しあっと言う間に居なくなった。
きっと窓の外で、黒影と睨めっこしているに違いない。
「風柳さん、もみの木、何処が良いですかね?」
と、穂が聞くと、あんなに反対していた風柳も何も言えない。基、涼子も来たので、断る理由が無くなったと言うのが正しい。
女性陣達がああだこうだと、飾り付けをしている間、ひまであろう黒影にサダノブは資料を持って行く。
――――――――――――――――――
「ねぇ、貴方……何時結婚して下さるの?」
と、女は聞いた。
女の名はダリアン。内縁の夫とは二年の付き合いになるが、前妻の子供が五人と罪悪感から、毎月律儀に前妻に少ないながらも生活費を渡しに行っていた。
子供も夫も置いて行った女なんて、どうでも良いじゃないと思うのに、そんな素朴なところを愛したのかも知れない。
「もう子供は五人もいるんだ。これ以上は要らないよ。」
そう言うのが夫の口癖だった。
確かに夫は印刷機の製作工で、五人の子供と前妻に生活費を渡しているだけで、多少の我慢した生活をしなければならない。
「ねぇ、もう前の奥さんに生活費を払わなくても良いんじゃないの?誠意は伝わっているわよ。」
と、ダリアンは言うのだが、
「そう言う訳にはいかないよ。君には不憫な想いをさせてすまないね。子供達も早く慣れてくれると良いのだが……。」
と、夫はダリアンの心配をした。五人も面倒をみるのは、正直大変だった。
けれど、夫の優しい笑顔で疲れも吹き飛んだ気になる。
――――そう、あの日までは。
前妻に、子供達の方でお金が掛かるからと、夫には内緒で会いに行こうとした日、何故かいる筈の場所には誰も住んではいなかった。
仕方無いと思いながらホワイトチャペルの表通りを歩いていると、夫の姿が見えるでは無いか。
仕事の筈だったので、何となく声も掛けずに着いて行ってしまった。
今程、それを後悔した事は無い。
夫はバルへ行き軽く飲んだのかと思うと、派手な女と出てくるではないか。
それは明らかに娼婦だった。
数回、前妻の顔を見た事はあるが、明らかに違う女だ。
「ちょっと、貴方……何をしているの?」
私はその先を知りたくなくて、夫に声を掛けた。
「だぁーれ?この女。」
と、娼婦が聞くと、
「さぁ、知らないな。」
と、夫は言うのだ。
「えっ?……貴方の妻じゃない!……仕事が終わったら、前妻の所に生活費を届けるって言ったじゃない!」
と、私は怒って聞いたの。
「五月蝿いなっ!あの女なら生活費を酒に費やして娼婦になっていたんだよ!もう良いだろう、俺は忘れたいんだっ!」
と、夫は言うのだ。
「じゃあ、生活費を渡していたって……。」
と、私は愕然として聞いた。
「俺が稼いだんだから好きに使って良いだろう!どうせあの女に渡す筈だったのが浮いただけなんだ。」
と、無茶苦茶な事を言う。
「ねぇ、どうするの?」
娼婦が夫に聞いている。
「何だか、可哀想よ。」
そう、言ったの。
私の事……可哀想って……あの女、私から夫を奪っておいて哀れんだのよ。娼婦の分際で。
私は夫との関係も持てないのに、娼婦の癖に私の持っていないものを全部手に入れた。
許せない……許せない……。
「早く帰って子供らの面倒でも見ておけっ!」
そう言って、夫は私を突き飛ばし娼婦と街の中に消えた。
「あら、どうしたの?可哀想に……。」
一人泣いて情けなく地面に座る私を見て、また違う娼婦がそう言ったの。
また……可哀想にって……。
今日眠る場所もある、私は全然違う。
そう言いたかったのに、夫に捨てられたらと思うと、この娼婦達と同じになるんじゃないかと、急に大きな恐怖が身体中を支配した。
「触らないでっ!」
私は、差し伸ばした娼婦の手を払い、ただ只管家路を走った。
「どうしたらいいか……。こんな酷い話し他に聞いてもらえる人もいなくて。」
私は教会の懺悔室で、この苦しい想いのタケを話した。
「それはなんて非情な……悲しい運命でしょう。ダリアン、貴方は十分苦しんだ。もう苦しまなくて良いのです。
苦しむべきは、その夫を奪った娼婦と、前妻なのでしょう?……以前は確か、看護婦をされていましたね。
またその職につけば、その不安も軽くなりますよ。」
と、懺悔室の中の低い声の誰かが言った。
「それは経済的な話しです!幾ら経済的に良くなっても、私のしてきた事を……善意を踏みにじられたのです。
日に日に募るのです。いけないと分かっていても。
その日から夫とは会話もなくなり、相変わらず懐いてくれない五人の子のただの家政婦として生きている。娼婦より惨めだとは思いませんか!
産んだならば責任を取るべきなのです、母親として!
なのに、私は一体……何の為に……。
娼婦が憎い。殺したい。そう思う心の悪魔が育っていくのです。……こんな私にも、救いはあるのでしょうか。」
そう涙を流し、祈りながら聞いた。
「ありますよ。……私は貴方を責めないし、誰にも責めさせはしない。
私の秘密を教えてあげましょう。その代わり、驚かないで下さい。驚かない様に、先に言っておきます。私は娼婦に捨てられた、奇形児でした。だから、この教会に捨てられても、ここでお話を伺うだけしか出来ない。
これを話したのは……貴方が私に似た気持ちをもったから。そして、その憂いを晴らせるのも私だけだと、気付いたからです。」
と、懺悔室の中の者は言った。
「私は看護婦でした。だから、見慣れています。」
そう、ダリアンが答えると、小窓に敷かれた黒いカーテンがゆっくり開かれた。
「私は貴方を導きます。例えこんな醜い姿でも……。」
と、ダリアンの前に、単眼のルナが現れた。
少し慣れるまでは、ダリアンも口を軽く開けていたが、やはり元看護婦は慣れるのも早く、
「すみません。私は、てっきり男性だと。声も低いのですね。」
と、聞いた。
「ええ、二つの声色を使い分けています。この懺悔室で話を聞く為だけに生きていますから。私の名はルナ。この単眼を見た時、ここの神父が月のようだと名付けてくれました。……導く者です。」
と、ルナは口だけで微笑んで見せた。
単眼を除けば、美しい女性だったに違いない。
目は顔の中央にあり、大きく薄茶色の瞳だった。
「さっきの話……本当ですか?本当に、私は誰にも責められず、この心の悪魔から救われるのですか?」
と、ダリアンが縋る様に聞くと、ルナは頷き、
「鎮めるのです……その悪魔を。私を信じなさい。私は娼婦から生まれ娼婦にも成れない、この姿故にその産みの親である娼婦に殺され掛かったのです。この教会に来た時には目の周りにはフォークが刺さっていました。私も娼婦を許せない。……だから似ている、そう言ったのです。
自分に似ている存在を、どうしたら傷つけられましょう。誰もそんな事は出来ない。
似ているからこそ、私はこうしてダリアンの前に姿を現し、助けようとするのです。
それ以上の信用が必要ですか?」
と、十分過ぎる答えをダリアンに与えた。
「悪魔を鎮めるとは……。」
「……それは、悪魔に満足してもらい消えて貰うしかない。その悪魔の正体は、ダリアン自身の憎しみ、悲しみ、悔しさ……其れらが集まった復讐心です。」
と、ダリアンの疑問にルナははっきりと言った。
その中性的な声は妙に耳に残り、恐ろしい事を言っているにも関わらず、その落ち着きからか、ちっともダリアンは怖くて感じない。
それどころか、安堵感すら覚えるのだ。
「けれど、そんな大それた事……また、今の人生の様に失敗するに違いない。私は何時も失敗ばかり……。」
と、ダリアンが自分を卑下すると、ルナはそっとダリアンの項垂れた頭に手を伸ばし、引き寄せて抱きしめた。
「誰にも……責められる必要はありません。……自分にも。
全ての計画は私がたてましょう。ダリアンはただ、正しい道へ導かれるだけで良い。何も……そう、何も心配は要らない……。」
ルナの言葉も温かさも、まるで月の優しい光の様だ。
ダリアンはこの人物を少しでも疑った自分を恥じた。
この信じられる導きがあるならば、卑下した自分の人生も変わる……そう思えたのだ。
――――――――――――――――――――
……大丈夫です、ダリアン。
自分を信じて。
そして、私の導きを信じるのです。
そのルナの言葉を胸に、夫を奪った身の程知らずの娼婦に会いに行く。
「あら、恨み言でも言いに来たの?こっちは仕事でやってるのよ。好きでアンタんとこの旦那と寝てる訳じゃないんだから、困るのよ。」
と、ミッシェルは扉を開けてダリアンを見ると言った。
「それは分からなくはないわ。だからビジネス取引きしましょうよ。私の夫に会わないでくれれば、この部屋の家賃を払うわ。どう?悪い話じゃないでしょう?」
と、ダリアンは切り出す。
「それは良いけど……。何ヶ月分?」
と、ミッシェルは現実的に聞く。
「ここの家賃にもよるわ。少し話を聞きたいの。此処じゃ、話し辛いわ。着いて来て。」
と、ダリアンは聞いた。
すると、ミッシェルはやはり、ルナが言った通りに、悪い話でもなければ、男でも無いので、一件目の事件も気にせず、安心して着いてくる。
ホワイトチャペルのジョージ•ヤード階段の踊り場を過ぎようとした時、ダリアンは後ろを着いて歩いていたミッシェルを突き飛ばし、階段の手摺りに強打させた。
そして、先ず騒がれない様、ペンナイフで喉を切った。
心の中悪魔がどんどん膨らんで行く。
その度に、無我夢中で刺し続け、それは39箇所にも及んだ。
ナイフの持ち方には最善の注意をした。
ダリアンは左利きだったので、こんなのは直ぐにバレるとルナに話すと、ルナはこう言ったのだ。
「では右手に、彫刻刀の様に刃が斜めのものを使いなさい。
刃の長い方を上にすれば、右利きの犯行に見えます。」
悪魔が気が済むまで刺せば救われる。
その想いだけで、ルナに言われた通りにして切る。
そして、最後に女である部分を全て切り、息を荒げた。
落ち着いてくると、ルナの言った通り、気が安らいで行く。
本当に悪魔が鎮まったように感じた。
なんて簡単なんだ、人生を変えるのは。
導きがあると言うだけで、なんて心強いものだろう。
ダリアンは浮き足立って現場から家路に向かい、最高の笑顔で五人の子供に只今と言った。
すると、父親に呆れたのか、五人とも不器用ながらに少しずつ心を開いて来てくれているみたいだった。
ああ……全てが上手く行く方向へ導かれている。
私は絶対的なルナの導きの光の元に今いるのだ。
こんな幸福が訪れるなんて、少し前の自分は気付きもしなかった。
今やダリアンにとって、ルナは命の恩人にさえ思えてならない。
……後は、元凶を作ったあの女。
……ねぇ、可愛い私の子供達。
もう心配しなくていいのよ。
私達を脅かす魔女が一人消えたの。
これからね、貴方達を捨てて裏切り傷つけたママも
悪魔が裁いてくれますからね。
今日は暖かいスープを飲んで
大したクリスマスを祝えなくても
最高のお祝いが出来たわ
パパを悪い魔女から守れたのだもの
だから、素敵なクリスマス。
……こっちが、本当の家族でしょう?
ちゃんと覚えてね
スープの痺れ薬が増える前に……。
🔸次の↓「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様 四幕 第三章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)