黒影紳士 season6-2幕 「暑中の残花」〜蒼氷斬刺~🎩第四章 7 安心の保証 8 大移動
7安心の保証
「……ご安心下さい。桐谷さんのしたい行動を妨げずに守ってこそ警邏ですら。動かずにいれば危険が減る。……それは当然かも知れない。……だが、僕らはプロ集団だ。これ以上の怪我は、かすり傷一つも付けさせはしない。
きちんと歩けるだけの処置と悪化した最悪の場合を考え備えます。お友達の原岡 友理さんとは、出来るだけ行動を共にしていて下さい。それと、お二人に発信機と音声だけは此方で聴かせて頂きます。何かあれば、直ぐに飛んできます。」
そう黒影は桐谷 清佳に説明し安心させると、コートを広げヒラの何個も隠している裏ポケットから、小型無線機を二つ。小型の盗聴器を手渡した。
「黒影!」
風柳がサダノブに呼ばれて、黒影と桐谷 清佳の姿を見て声を掛ける。
「何者かに押されたようです。片足を挫いています。」
黒影は必要最低限の報告を先に言う。
刑事と警察の手伝いをしていた頃の名残だ。無線では最初に最重要事項、安否、怪我人の有無を言うものだ。
より短く、分かり易い言葉を選ぶ。詳細情報はその後となる。
二人共、これが何らかの事件に関与している事を察して、自然とそんな遣り取りになった。
不確かなものではあるが、長年事件を追った経験から、即座に五感が感じ取っている、所謂……事件の臭いを嗅ぎつけたと言う訳である。
白雪も二人のはっきりした声の会話を聴き、足早になった。
サダノブは、二人が黒影の元に到着したのを見届けると、黒影とアイコンタクトを取り、出口へと走る。
救急箱を借りに行ったのだ。
鍾乳洞内は約十度。涼しくはあるが、他に冷やす物も欲しい。
黒影は冷感鎮痛湿布と、包帯をコート裏からまたもや取り出す。
大概の事があっても対処出来るだけの物が、このロングコートに収納されているからこそ、暑い夏でも決して手放さないのだ。
白雪は、
「ちょっと診せてもらってもいいか知らん?」
と、桐谷 清佳の前に座り同じ視線になり聞いた。
「風柳さん、依頼人のお友達の原岡 友理さんを探して来て貰っても良いですか?……僕らが居ない間も二人に発信機を付けて貰います。出来るだけ離れないで行動して頂けるそうなので、何かあれば離れたり片方だけ違う動きになる筈です。それに万が一、怪我が悪化した場合もゆっくりでも出口に肩を貸せば戻れる。」
黒影は、原岡 友理を読んで貰う必要性と、与える装備品、これからチェックしておく事を説明する。
「……成る程なぁ。分かった探して来よう。然し……探すには少し暗いな。」
と、風柳は黒影を何か物欲しそうな目で見た。
「ああ……これですね。」
黒影は、小型ペンライトを風柳に渡す。
見た目は其れこそペンだが、照らす範囲も広さも、普通の懐中電灯宛らである。発信機を一つ渡した風柳が、原岡 友理を探しに行くと直ぐ様、
「先輩っ!」
と、サダノブが帰って来て黒影を呼び、救急箱を渡した。
白雪は桐谷 清佳のロングスカートを少しだけ託し上げてもらい、脹脛や腱を重点的に軽く抑え、何処が特に痛むか確認している。
桐谷 清佳が顔を顰めた箇所を押すのを止め、黒影を見た。
黒影は冷感鎮痛湿布と包帯を白雪に渡す。
白雪は手早く湿布の上に包帯を数度巻くと、黒影に手を伸ばす。
「はい……此れで足りるか?」
と、黒影は叩いて冷える様になっている、保冷剤を冷やしてから手渡す。
「……そうねぇ。このタイプは何個かあった方がいいわ。」
と、白雪が答えたので、黒影は救急箱に在った分を桐谷 清佳に渡し、
「途中で温くなったりしたら、その都度替えて下さい。鞄に入りますか?」
と、聞いた。
「……ええ、何とか。」
桐谷 清佳は少し安心したのか、黒影に微笑み答える。
白雪が余していた包帯で保冷剤を重ね巻き終わらせた頃、サダノブが慌てて言った。
「先輩!大変だっ!パンの第一発酵がそろそろ出来上がりますよ。」
と。黒影は頭を抱えて……何がパンだ。とも、こうなると思うのだが……。
「どうぞ、行って下さい。余りに小さな怪我で、折角の皆さんの楽しみまで奪ってしまったら、申し訳なくて。私だけと言うのも気が引けますし……。」
と、桐谷 清佳は微笑むのだ。
「直ぐに戻って来るんでしょう?桐谷さんの足は私が診ているから、行ってらっしゃい。」
白雪はそう黒影に言うと、桐谷 清佳と顔を合わせにっこりとした。
「まぁ、俺らがいても怪我を診るのは女同志の方が気も楽でしょうしね。やっぱ、犯人もパンも完璧じゃないと。」
と、サダノブまで言うのだ。
「……そうだ、俺なんかまだ全然生地にも触らせて貰っていないぞ。」
風柳まで、そう言えば……と、言い出す始末である。
きっと、普段忙しい黒影を想って皆は言ってくれているのだが、黒影は、
「……然し、それでは……。」
軽いとは怪我をされて、また何かあったらと、上を向き考える。
「……行って来て下さい。その方が私も気が楽です。」
と、桐谷 清佳は後押しした。
全員一致では、黒影も流石に言葉を返せず押し黙る。
そして、暫し考え懐中時計を見る。
「……ギリギリだな。白雪何かあったら直ぐ……。」
黒影がそこまで言うと、言葉を切るように、
「分かっているわよ。白梟がちゃあんと教えてあげるから。」
と、白雪は微笑む。いざとなれば、影一族の宿命で白梟になり、黒影にテレパシーで話し掛けるつもりだ。
この会話は、まだ白雪はこの能力を得てから間もない為、黒影としか会話が出来ないが、其の内白雪も使える物になると、玄武の黒影の曾祖父は言っていた。
確かに鍾乳洞内は、黒影の鳳凰の翼より、白梟の姿の方が小回りもきくし、何しろ暗くても良く見える。
「よし!サダノブ、風柳さん……ではお言葉に甘えて行きましょう!」
黒影は、完璧な予定を遂行すべく出口へと走り出す。
暗いとこから慌てて出てみれぼ、太陽の光が眩しい。
一瞬、慣れずに真っ白になって、長くカメラのフラッシュを見ているかの様だ。
其れでも目を細め駐車場に行き、車の運転席に滑り込むように乗り込む。
「スムーズ且つスマートに、完璧な予定……やってやろうじゃないか!行くぞ!……舌を噛むなよっ!」
エンジンを掛けた黒影はシルクハットは白雪のいない助手席に、後ろにサダノブと風柳ぐ乗ったのを確認すると、マフラーから車を唸らせ、そう言ってアクセルベタ踏みで空回りさせ、発進させる。
「10分か……。間に合わない……。帰りは行きより飛ばすぞっ!」
黒影はひっきりなしに左手を動かし、山道に沿いハンドルを片手でくるくる回す。(注意※ハンドルは両手で握りましょう。道路は道路交通法を守り、円滑な運転を心掛けましょう。)
「サダノブ、パトランプ!」
と、黒影はカーブが重なり手を離すのが厳しく、サダノブに言った。
「全く……人使いが荒いんだからぁ……。」
軽い文句を言い乍らも後ろから身を乗り出して、ダッシュボードから出し、黒影の膝辺りに乗せた。
パトランプを一瞬のタイミングで、出した黒影は、更にスピードを加速する。
耳が山道だからか、Gが凄いからか圧を感じて耳が遠くなった様に閉塞感と共に感じた。
――――――――――
「ふぁ〜やっと、解放された。」
サダノブは旅館の駐車場に着くと、社用車から耳抜きをし乍らふらふらになって言った。
「パトランプの使い方が……。」
と、風柳も思わず何か物言いしようとしたが、
「良いから早くっ!……次の工程ですよ、次!切り替えて。」
教室のある蔵の方へ走り、エプロン、手を洗い指定の作業台に戻るが、三人とも妙に息が上がっている。
それを見た、指導役の友永 菜摘(ともなが なつみ)先生は、不思議そうに三人を見たが、全員揃った様なので、話し始める。
「皆さん、生地がちゃんと膨らんできたようですね。では、次の工程に入ります。またプリントがありますので、細かい点は各自見ておいて下さい。ガス抜きと、丸めて伸ばす感じは先に、実践しますので、モニターを観ていて下さいね。」
と、先に友永 菜摘はお手本を見せる為、大きめのモニターに手元を拡大し観せた。
「じゃあ、風柳さんも生地触ってみます?」
お手本が終わると黒影が笑って言う。
「何だ、揶揄いおって。こんなの、簡単だよ。」
と、風柳は腕捲りをして、軽く潰せば良い筈のガス抜きを、周りの粉を削ぎ乍らスケッパーで纏め、拳を振り翳してパンチする勢いで潰そうとするので、黒影が慌てて止めに入る。
「やり過ぎですよ。もう……力任せなんだからぁ。……軽くですよ、軽く。」
風柳が振り下ろそうとした手を止め、黒影が呆れて言うと、
「力加減がなあ。」
と、風柳は気難しそうに生地をみる。
黒影は風柳の姿を見て、恐怖の力任せサダノブ料理と大差ないと思うのだった。
「軽く切って潰すだけです。ぺちゃんこのピザにでもする気ですか。」
と、黒影はぶつくさ良い、取り敢えずはガス抜きが出来たので風柳に今度はと、手打ち粉を振ってやる。
「……優しく……伸ばして、丸め込む。……力入りませんからね。」
生地を渡す。
「……サダノブ、友永 菜摘先生がこっちに来たら、依頼人について、少し話を聞きたい。もう直ぐ回ってくる筈何だが…」
と、黒影は各々が出来ているから見ながら回る、友永 菜摘が次第にこちらの、作業台に近付きあるのに気付き、黒影は言った。
風柳がプリントを見ながら伸ばして丸め込むを繰り返し、最後に丸くして指で裏を摘んで閉じる。
「随分とまた小さく……。また始めからな感じだなぁ。」
と、風柳はまた空気が抜けて小さくなった生地を見て思わず言った。
「あれ?……中々に上手く出来たじゃないですか。」
黒影はてっきり、また力任せに伸ばして生地を千切るに違いないと思っていたので、拍子抜けして言う。
「……出来ると案外、楽しいものだな。」
と、風柳はそう言うと、黒影に褒められたのが余程嬉しかったのか、満足気にガハハと笑う。
「……やっぱ、兄弟なんですねぇ。」
サダノブは余りに体格も性格も似ていないが、まさかの趣味が合う時はやはり思う。
不思議そうに二人を見ていると、その先の隣りの作業台に友永 菜摘が来ているのが分かる。
「先輩っ!……ねぇ、友永 菜摘来ますよっ!」
ボウルに打ち粉をし、ラップを掛けている黒影にサダノブが言った。
「……此方は……もう出来たのですね。此処から後一時間はまた二次発酵で寝かせますから、自由時間ですね。」
と、友永 菜摘は微笑んだ。
「……あの、友永先生……。」
黒影は早く依頼人の元へ行こうとは思ったが、此処で友永 菜摘に、協力して貰うなり、情報を得ようと思い留まった。
「……如何しました?質問でも?」
と、次の作業台へ移ろうとした友永 菜摘は、振り返り止まる。
「質問と言うか、ちょっとお伺いしたい事がありまして。以前からお知り合いの、料理教室の先生をしていらっしゃる桐谷 清佳(きりたに さやか)さんの件で。」
と、言うと友永 菜摘は軽く手を合わせ、
「ああ、桐谷さんねっ。……そう言えば、今日はA班だから、鍾乳洞見学の後でって、メールで……。」
友永 菜摘は事前からメールで今日の予定を教えてもらっていた事を明かす。
「……その桐谷さんなのですが、何者かに付け狙われていると相談されまして、僕らはこのツアーに念の為に一緒に来たのですよ。」
と、黒影は知人が友人程度に、話を聞く事にした。
探偵だと知られたら、もしこの友永 菜摘の関係者が犯人だった場合、自然な返答が聞けなくなる。
「……まぁ、そんな事が?なら、相談してくれれば良かったのに。」
友永 菜摘は驚いた表情を見せると、心配そうに言った。
「今日、会って話すつもりだったみたいですよ。」
と、黒影は微笑み言って続ける。
「其れで……桐谷さんは夏になると此処に友永先生に会いに来ていたし、このツアーに参加していましたね。何か恨まれる事とか、執拗に誰かが気に掛けていた……何て事はありませんでしたか?」
黒影が聞くと、友永 菜摘は横髪を気にし乍ら、上を向き思い出せないか暫し考える。
「……このツアーが出来たのは最近ですから、そんなには……。最初は人も少なかったですからね。一つの班でグループになって、其れこそ親しくはなった人もいるでしょうけど、
桐谷さんはには気になる人も、言いよる人も居なかったのか、また今回も駄目か〜なんて、言うものだから、婚活に来ているんだか、ちゃんとパン作りを覚えに来たのか分からないじゃないって。……教室が終わったら、良く二人で飲みながら笑ったものです。」
と、友永 菜摘は答えた。
「……そうですか。人気はありそうですけどねぇ。」
黒影はそんな世間話を挟む。
「そうねぇ。料理も出来るし、美人だし。……密かに想ってる人がいたかも知れないけれど、高嶺の花過ぎてしまうのかもね。人気は良いけれど、料理教室でバリバリ稼いじゃうから……男の人からしたらちょと……ねぇ?」
と、友永 菜摘は何となく分かるでしょう?と、黒影に悪戯な笑顔を見せ、話す。
……成る程、最近の料理教室はそんなに稼げる方法もあるのか。……確かに、軽く依頼人の料理教室のホームページを見ても、高級食材にフランス料理。あまり、家庭的では無いスペックの料理にも見えた。
「……ははっ……。まぁ、確かに……。」
黒影は軽く茶を濁しす。
「密かに……と、なると誰かは断定し辛いですね。もし、良かったらですが、個人情報も他に漏れないように気を付けますので、桐谷さんを助けると思って、以前のツアー参加者の名簿とかお写真があれば拝見したいのですが。」
と、黒影は申し訳なさそうに話した。今は個人情報は裏取引で売り買いされるのが当たり前の時代。
何処からでも流出はするものだが、こう言った個人経営者からすれば、漏れたとあれば評判が落ちる大打撃。
保健所からの個人情報取り扱いについての指導も煩い中聞くのは、やはり気が引けた。
「そうですね……。でも、桐谷さんに万が一の事があったら……。分かりました。では、見せますけどちゃんと返して下さる?」
と、友永 菜摘は黒影に聞いた。
「勿論です。無理を承知でお窺いして、本当にすみません。……これで、桐谷さんを追う者が誰か分かれば御の字ですよ。軽く写真を撮らせて頂いて、特に問題無ければ直ぐに厳重に処分しますし、結果も友永先生にも後でメールでご報告致します。」
黒影は安堵の笑みを見せ、そう伝える。
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「おい!サダノブちゃんとスキャン出来ただろうなっ!」
ハンドルを切りながら、バックミラー越しにサングラスを掛けた黒影が、サダノブを流し目で見て急かす。
「怖いって、言ってるじゃないですか、それ!睨まないで下さいよぉ〜!」
サダノブはスキャンしたデータを解析し、人物も個々に自動で分けられた物から、判断に間違いは無いか、軽くチェックする。
実は……少し撮る……なんて、出まかせだった。
撮った音を出していただけで、画像ではなく、既に文字は手書きからPC用データに変換し保存され、写真画像も個別認識され、過去の犯罪者歴が無いか、能力者としてFBIの登録者リストに無いか、既に判断済みである。
黒影は山のカーブばかりの道で直ぐに目を前に向け、運転に集中した。
この移動時間15分さえ、今は貴重な時間だ。
次の行動と、犯人を絞って行かなくてはならない。
二次発酵の時間は一時間。
しかし、友永 菜摘と会話し、到着する頃には30分。帰りにまた15分となると、鍾乳洞内部で調査出来る時間は15分しかない。
入り組んだ鍾乳洞内でツアー客もかなり奥に移動した筈だ。
……依頼人と接触出来る時間は限りなく少ない。
この時間を如何に有効に使うかが大事である。
風柳も腕時計を見乍ら、やはり今は黒影に集中させた方が良いだろうと、腕を組み沈黙す。
「時夢来本、僕の鞄から出して貰って良いですか?」
黒影は後ろの席の二人に聞く。
「……ああ、じゃあ俺が出しておこう。」
サダノブがまだデータ確認をしているので、風柳が答える。
「有難う、風柳さん。今、其方に時計投げますから。」
と、エンジン音を聞いて人が変わったようになる黒影も、何時もの癖か風柳には敬語のままである。
「なぁ……もう少し、兄弟なんだから敬語を崩しても……。」
風柳は少し寂しそうに言う。
気が付けば離れ、黙ったまま刑事と、警察に偶に来る予知能力者の関係が長過ぎた事を、後悔しないでもない。
「……今更、直りませんよ。」
そう言って、黒影はネックレスに繋がれた懐中時計を片手で外し、風柳の方に後ろも見ないで投げた。
風柳は落ちない様に慌てて懐中時計を拾う。
時夢来の本を開き、頁のくり抜きに懐中時計を嵌める。
反対の頁にはじわりじわりと、火事の火を想起させる炙り出しの影絵が浮かび上がり、挿絵の様だ。
時夢来が移し出したのは、昨晩見た黒影の夢の中で見た予知夢の絵画の小さい物である。
「……サダノブ、今風柳さんが出してくれた時夢来をスキャンして、さっき途中まで作った立体地図に近しい場所がないか出してくれ。
無ければまだ先にある筈なんだ。……その場所が、ツアー客がまだ辿り着いていない場所か、帰りなのかは分からない。発信機の方に異常が無いかも見ておけ。
着いたらサダノブは、立体地図を作り乍ら来れば良い。
僕は先に内部を出来るだけ飛んで、依頼人の場所まで先に行く。風柳さんはサダノブと一緒に来て貰って、僕に無線で依頼人の方角を教えて下さい。」
黒影はふとこの時、サダノブはタブレットに夢中だったが、ルームミラー越しにサダノブをチラッと見る。
……まさかな。……まさか。
しかし……。
「サダノブ、今日何でライダースジャケットじゃなくて、パーカー何だ?」
と、黒影が聞く。
サダノブは一度手を止め、
「えっ?何でって……皮のライダースジャケットじゃ熱いけど、鍾乳洞の中は寒いからって、風柳さんが貸してくれたんすよ。」
と、サダノブは答えるだけだ。
何の変哲も無い、普通の答え。
「まさか……黒影?!」
風柳は黒影が何を言いたいのか、時夢来を見ていたから分かる。
「何でもありませんよ。」
黒影はそう言っただけだった。
――――――――――――
辿り着くと、其々が行動に移す。
黒影は鳳凰の燃える翼で漆黒のコートに炎を纏わせ、鍾乳石に当たらない様に、奥へと只進む。
炎の翼が辺りの岩に揺れ光り、過ぎて行く。
「風柳より黒影、其処から2時の方向……どうぞ。」
「黒影、傍受異常無し。……2時、了解。」
風柳から飛んでいる黒影の耳に、無線が入った。
無線のマイクはシャツの裏側に通す、超小型ワイヤレスを採用している。
黒影は道を探しては鍾乳洞内を狭ければ歩き、また飛空しを繰り返す。
幾ら炎が辺りを照らしても、飛んだ時の黒影の視界は暗く、点々とある観光用のスポットライトを辿るしかない。
「……かなり視界が悪いな……。夢で見た開けた場所を二箇所通過。現場は何方かだ。……丸対(対象者=依頼人)目視にて確認。……合流する。立体地図作成、進捗具合は如何ですか?せめて、開けた二箇所までは欲しい。」
黒影はツアー列の最後尾の手前で翼を消し走り出す。
硬い靴の底の音が響いた。
「……黒影っ!」
白雪がその聞き慣れた音に気付き振り向く。
「サダノブと風柳さんも後にいる。足の怪我は?」
黒影は、白雪に問題無いと頷き、桐谷 清佳の足の怪我を気にした。
「白雪さんのお陰ですっかり。此処まで来る途中も、神秘的でとても綺麗でしたでしょう?」
と、桐谷 清佳は微笑み言うのだ。
……暢気で何よりだ。
そう思い乍らも、まだ鳳凰の事は言わずに、
「……ええ、実に美しかった。」
などと、見る暇も無かったが話を合わせ苦笑す。
――――――――――
黒影と、依頼人の桐谷 清佳、その友人の原岡 友理が合流したのが、サダノブのタブレットで確認出来た。
「うわぁ〜、広いなぁ〜。……すっげぇ……。」
色分けされた三点の点滅を見て安心すると、サダノブは一箇所目の開けた場所に風柳と辿り着き、辺りの地形を読み込ませた。
冷色が照らし出す、白い森。
長い年月を掛け、其れは輪廻を刻む様に、今もぽたりほたりと小さな音を立て、静かに息づいていた。
「……ほら、感動していないで早くしないと、黒影に炭にされてしまうよ。黒影は飛んで行ったから、ゆっくり観てもいないんだ。……彼奴が聞いたら根に持つぞぉ〜当分。」
と、風柳も束の間の観光気分で、その幻想的な空間を見上げたが、また喧嘩になるといけないと、先にサダノブに釘をする。
「……ですよねぇ〜。先輩、心が広いんだか小さいんだか。」
と、溜め息を吐きつつ、サダノブは言った。
変に小さい事は気にする……だけど、これでもかと広い時は広い……。
「狭かったり……広かったり……誰かさんにそっくりだ。」
サダノブはそう言うと、次の地点へ風柳と先を急いだ。
――――――――
「あーあ、もう少しゆっくり観光したいなぁ〜。」
サダノブが二箇所の開けた場所の立体地図を作成し、時夢来と見比べ乍ら、戻る車内で思わず言ってしまった。
「はぁ?……まさか、仕事中にのんびり社長差しおいて、観光なんぞしてないよなぁ〜?」
ただでさえ時間が無く、依頼人の安否確認と立体地図作成しか進まなかった事に黒影は苛立っていた。
「おぃ、サダノブ!」
風柳が作業し乍らとは言え、先程忠告したにも関わらず、サダノブが口を滑らせてしまったので、肩で軽くどついてサダノブに教える。
「えっ?……あっ……。否……全然!全然そんな暇無かったですって。」
と、タブレットから目を離し、サダノブは慌てて黒影に言った。
黒影は無言だが、何時に無く冷たいサングラス越しの視線を、後ろの二人に睨み放つ。
風柳は弟に嫌われたく無いので、知らんぷりで外を眺め始める。
サダノブは見なかった事にしようと、タブレット画面を必死で見ているフリをする。
……これは……完璧にこの二人……観光気分でいてやがった!……
黒影はその嘘が下手な二人の行動にイラッとし、
「こんのサボり癖駄目駄目社員に、嘘吐き兄貴がっ!!」
と、言い放った瞬時に、ガクンと車体にGが掛かる。
サダノブは首に負荷が思いっきり掛かり、何事かと重い頭を持ち上げた。
風柳からも、景色が猛スピードで最早、見えない。
「嘘――っ!!何やってるんですかぁ――っ!?」
煙が車体外に舞い上がっている。
キュルキュルと、タイヤが鳴り響いていた。
「何って……ただの、ストレス発散ドライブだ。」
しれっと黒影はそうは言ったが、急ハンドルを繰り返し、アクセルとブレーキを小刻みに全開で踏み切りって、ニヤッと笑う。
カーブの度に豪快なドリフトをカマして遊び出しているのだ。
「黒影!落ち着け……こっちの県警に捕まったら、手続きとか色々が……。」
「……知るかぁ――――っ!!」
風柳があたふたと止める言葉を遮ったのは、鬼が鳳凰の劣化の如く放ったその一喝の響きであった。
――――――――――――――――
「あー、死ぬかと思った……。」
サダノブが、フラフラになり再びパン教室に戻った頃に言った。
「天国へドライブって……、あんな感じなんだな。」
黒影に嫌われたと思った風柳は、意気消沈しサダノブに小声で言う。
「何をごたごた言っているんだ。……それより、厚手鍋に移してポンっと。」
と、黒影はご機嫌に二次発酵で膨らんだ生地を取り、再び数回伸ばして丸め閉じ、クッキングペーパーを敷いた厚手鍋の中に入れ、幸せそうに蓋をした。
「悪魔が天使……。」
サダノブが、その笑顔とさっき迄の鬼の形相を思い出し、ボソッと言う。
「ん?」
黒影は、エンジン音さえ聞かなければ普段通りに、落ち着き払っている。
「否……何でもないっす。」
サダノブは忘れよう、そうだ……悪夢は忘れよう……そう自分に言い聞かせた。
そうでもしないと、後何回か往復せねばならないのに気が持たない。
「……しかし、参ったなぁ。この次の工程は1時間後。200度のオーブンに蓋をして入れ、30分後に蓋を外し更に30分焼くだけ。一々この30分刻みでは、移動だけで終わる。出来上がりの香ばしい香りと、あのパチパチッと弾ける様な音は聞きたかったなぁ〜。」
と、黒影は出来上がりを想像し、瞼を閉じて言う。
「否、先輩その前に……依頼人。犯人探しっ!」
あんまりに黒影が現実逃避しそうで、サダノブは現実に引っ張り戻す。
「えぇ〜分かってるよ。二人は観光気分になったのだから、僕だって気分ぐらい良いじゃないか。」
と、黒影は言いつつも……やはり事件が気になるのか、ぼんやり教室の蔵造りの黒い鉄の小さな窓から、外を眺めた。
黄色い向日葵が青い空の下、その日差しに負ける事なく……強く……強く……大輪の命を揺らしていた。
……もう少ししたら一休憩を挟んだ鍾乳洞観光のA班がまた戻りの道を行く。
戻る道での、あの広い二箇所の空間の何方かに殺意を持った者が現れる。
密かな想いが、果たして破れたとして殺意に変わるだろうか。
ある程度脈がある片想いならまだしも……。
「恋ってなんだろなぁ……。」
ふと黒影はエプロンを取り、手を洗って顔を上げると溜め息と共に呟いた。
「はぁ?まさか先輩……駄目ですよ、駄目――っ!大概ミステリの美人依頼人は毒があるって、先輩も言ってたじゃないですかっ!」
サダノブがわたわたと手をひらひらさせ、黒影を止める様に言うではないか。
「はぁ?は、こっちの台詞だろう。何を考えているんだか……。」
黒影はそうサダノブに言うと、帽子を手に取り講師の友永 菜摘の元へ戻って行く。
「嘘だろう?」
風柳もサダノブの話を聞いて、何か勘違いをする。
「まさかのそっち?!」
サダノブも驚愕し、空いた口が塞がらない。
「すみません……ちょっと良いですか。」
黒影が友永 菜摘に声を掛けた。
「えっ?ああ……はい。」
友永 菜摘は今度は如何かしたのかと、黒影に振り向き話しを聞く。
サダノブと風柳には、その二人が語らう姿が、何か見てはいけないものを見ている様な気分である。
「……拙いな……。」
風柳が白雪をぼんやり頭に浮かべて言った。
「これはかなり……やばいですよ。大事件ですって。……白雪さんの影が蠢く姿が……何でか目に浮かんできたんですけど。」
サダノブは白雪の影で怨念を形にし呼び出す「思念」を思い出し、ぞわぞわっと身震いする。
「……よし、話は纏まった。ん?如何した?」
黒影が笑顔で帰って来てそう言ったが、二人は夏にも関わらず寒そうな顔をして黒影を見ている。
二人揃って首を横に無言で振るので、黒影は暫し考える。
……ああ、そうか。よっぽどさっきのドライブがこたえているんだな。白雪にも怒られてしまうし……少しは安全運転を心掛けるか……。
と、黒影は一人納得して、うんうんと2回頷いた。
……が、その頷きは二人に「みなまで言うな」的に見えてしまう。
見なかったフリにしろと言う意味に取った、二人は気不味そうに頷いた。
その頷きの返しに、
……何だ?……ああ、やっぱり安全運転してくれか。
そう思った黒影は話を進める。
🔸次の↓「黒影紳士」season6-2幕 第五章へ↓(お急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)