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黒影紳士 season6-2幕 「暑中の残花」〜蒼氷斬刺〜🎩第五章 9 花火 10 棺
9 花火
「友永先生に、この花火のポストカードと写真に心当たりは無いか窺ってきた。丁度ツアーの時期に花火が見れるそうなんだ。今晩も地元の打ち上げ花火があるらしい。ポストカードの花火はもしかしたら其れではないかと言うんだ。この難しいと言われる青と、金色の重なった下からの形状が、地元の花火師が作ったもので、この辺では有名な「夏氷」(かひょう)と呼ばれる花火らしいのだよ。ポストカード化されているのだから、少なくとも去年以前のものとなるだろう。
サダノブ、去年以前のツアー参加者に犯人はいる。其処から写真画像から、依頼人桐谷 清佳と接点のある人物を移動中に当たってくれ。行くぞ!……これで決着をつける!」
黒影はそう言うと、コートを翻し車へと向かう。
――――――――――
移動中に黒影はサダノブと風柳に、更に友永 菜摘から得た追加情報を話す。
「去年はまだ人数が少なく、打ち上げ花火の前夜は数人の班に分かれて、手持ち花火をしながら飲み食いする、小さなパーティの様な事があったらしい。
出逢いがあるならば、その時だったかも知れないと、友永先生は言っていたな。
それ以前もあったらしいが、毎年来るメンバーはあまり班替えも無かったそうだ。
サダノブ……その班にいた人物の異性、今から言うぞ。
◎貴久 東生(たかひさ のぼる)
◎行平 直矢(ゆきひら なおや)
◎門倉 朝樹(かどくら ともき)
の、三人だ。
内一人の、門倉 朝樹は桐谷 清佳の教室にも熱心に通っている生徒らしい。
もう少し深掘りして、桐谷 清佳のブログも検索しておいた方が良い。
ほら……そろそろ、着くぞ。
A班も現場に辿り着く。
取り敢えず、そのまどろっこしいパーカーを脱げ!
写真の方はおそらく、犯人側が見た今年の桐谷 清佳宅か教室付近で取られた花火だ。
過去のポストカードと今年。
違うと言いたいんだ、犯人は。
容疑者三人の中から、移動したこの付近から桐谷 清佳の近くへ最近移動した者に絞れ!
今夜花火が上がる、だから今日なんだ。
夢の犯人と、桐谷 清佳を狙う犯人は同一人物。
調べ乍らで良いっ!走るぞっ!」
黒影は車から降りるのを急かし、走り出す。
「へっ?何でパーカー駄目なんすか?寒いですって!」
サダノブは容疑者三人と桐谷 清佳のブログをタブレットに開いたまま、意味も分からず走る。
「……犯人扱いされたくないだろう?」
と、風柳はサダノブに走り乍ら言った。
「時夢来の場所は断定出来ないのか?!」
黒影がやきもきしてサダノブに叫ぶ。
「不可能です。地形がに過ぎてあの二箇所の大空間には間違い無いんですけど。推定予測60%をうわ上らない。」
サダノブは影絵で然も一部からは無理だったと言いたいらしい。
「良いか……簡単に不可能などと口にするなっ!そんな言葉等探偵には無用!ならば、別れて迎え打つ!サダノブは手前の大空間で風柳さんと待機。そのまま調査し、報告は無線にしろ!」
そう言うと、黒影は後方であたふた調べ乍ら走るサダノブには無理だと、風柳に予備の小型無線を投げた。
「……風柳さん……頼みました。」
そう言い残すと黒影は、
「幻炎……十方位鳳連斬(じゅっぽういほうれんざん)……解陣っ!」
と、鳳凰の秘技の略経を唱え、足元に真っ赤な中央が鳳凰を象り、其処から十方に炎の筋を引き広がり囲む円陣を成した。
もし、サダノブと風柳の側で犯人が現れた時、その円陣が二人の力になる様に。
鳳凰……つまり黒影にとっては鉄壁の守りであるが、サダノブがその中央鳳凰陣に攻撃をする事で、十方位に技が連結して連なり、発動する。
十方位鳳連斬とは、攻撃をする者にとっては10倍の増幅力を成し、鳳凰付きのサダノブの回復を幾分か鳳凰陣が成す事も出来る。
この幻炎とは、他に障害物や燃えやすい物がある時に揺らぎ見えるだけで熱くは無い、幻の炎でその円陣を模る事だ。
黒い岩肌から溶け出した鍾乳石が、何処か自分が放つ氷の逆氷柱の様にサダノブの目には映って見えた。
拳から地面を伝って、針山の様に進む氷。
傷付ける事しか分からなかったあの頃……。
何度も守る為に使うべきだと、身を挺して教えてくれた黒影。
その姿はあっという間に遠く、今も守る為に必死で遙か向こうの岩肌をその赤い炎で揺らし照らして行く。
何となく、何時も一緒が当たり前で闘って来た……そんな戦友の様な気がしていた事に気付く。
一人で……大丈夫だろうか。
ふと、風柳もまた白虎と麒麟であっても、噛み付く事しか出来ない。麒麟はあまりに、優しい光。
何が出来るのかと、不安が過った。
――コツ……コツ……。
風柳がふと惑い茫然としていると、タブレットの端を軽く2回爪先で弾く。
黒影が、何時も早く調べろと無言で催促しているのと、全く同じ行動だ。
勿論、幾ら兄弟と言っても、風柳が普段そんなせっかちな行動を取る訳では無い。
サダノブは黒影が居なくて、少し不安になった気持ちに気付いたのかと分かり、再び安堵しタブレットで調べ物をする。
風柳もまた遠目で何時も見守ってくれていた。
黒影とやり方も距離感も全く違うが、違う形の安心感をくれる。
黒影が攻撃らしい攻撃は影しか無い。風柳と大差ないじゃ無いか。
必要な時に必要なだけ在れば良い。……一人じゃないから。
「……幻炎じゃなくっても……良かったのに。」
ふと、サダノブはそう言って犬歯を見せ、微笑んだ。
咄嗟にこの鍾乳石がサダノブの氷に重なって見えたのだろう。
もう、無意識にそれを避けて炎を放つ事に、慣れ過ぎた黒影に呟いた。
「これ……。あっ!?花火だ。」
サダノブは無線がオンになったままで話し出す。
「……何だ、耳が痛いよ。」
黒影の声が聞こえる。
「あっ、すみません。……貴久 東生、今年になって引っ越してます。依頼人の教室の近く。ブログにも花火を見たって。依頼人もその日、ブログに書いています。彼とは花火を見て、幸せそうな短い詩を乗せていますね。」
サダノブは見つけた接点を黒影に伝えた。
「……そうか。「ウタふ」は詩の「詠う」か。口にしてはいないから正確には違うが、桐谷 清佳の身になって考えれば口に出して詠んだかもしれない。分からないから、「ウタふ」にしたのか。……然し、ポストカードの詩の後半、
軈て表紙を静かに閉じ歩き出す
何年か後の
古びた図書館
この手に取る花火は
咲くか
散るか
知る由もない
犯人と思われる貴久 東生は本でも読んだのか、気持ちを入れ替えて次の恋に行こうかと、思ったように感じるが。
何故だ……何が引き戻してしまったんだ。先へ進もうとした想いを……。やっぱり恋は分からん……。」
と、黒影は溜め息混じりで言うのだ。
「先輩……まさか、それで恋が云々とさっき?」
思わず笑いを吹き出しそうになるのを抑えて、サダノブが言った。
傍受していた、隣の風柳も片手で顔を覆い肩を震わせ笑いを抑えている。
「……何だ?それ以外に何がある?……それより、こっちの大空間は問題なかった。今から其方に向かうが、変な人物が居ないか、良くみていてくれよ。……風柳さん、サダノブパーカー着て無いですよね?其れに無線の遣り取りが相変わらず雑だ。隣にいるなら教えてやって下さいよ。」
と、サダノブに答えた後、黒影は風柳にそう言った。
「……ああ、風柳。サダノブは寒がってはいるけどパーカーは着ていないよ。安心しろ、犯人じゃない。無線は……そうだなぁ。帰ったら猛特訓だな。夏休みの課題だ。……どうそ。」
と、風柳はサダノブを見乍ら、黒影の恋云々があらぬ方向へ行かなくて、安堵した声でそう伝える。
「はぃ?何で俺が犯人何ですか?」
と、サダノブが驚いて言った。
「だから、行形大声で入ってくるなよ。……良く見ろ時夢来本を。……その被害者……何でそんなレントゲンみたいに影絵で出ているか。其れは物体の中か、真っ暗ではあれば周りが反転する事もある。しかし、鍾乳洞が黒く、鍾乳石が白っぽい背景。つまり、モノクロの光と影の配置は間違っていない。……なのに、被害者が入っている、まるで立った棺の様な何かは、半透明の物で正しい。僕は、依頼人が転倒の際に薄氷が消えて行く様な光を足元に目撃した。だが、足元の水と消えた。……其れが氷だと思うのが普通では無いか?」
と、黒影がサダノブが拗ねると思って言わなかった事を、今になって話すのだ。
「え?まぁ……それは、疑っても仕方無いか。でもパーカー着て無いからなぁ。先輩が1%でも可能性があれば除外しないのは知っていますけど。……何だろう……。」
サダノブは言葉を濁した。
「ああ、不愉快だな。だから、はっきりするまで黙っていたし、嫌われても疑いは立証が上がるまで外さないのは、当然の事だ。刑事も探偵もなぁ。だから、僕は今後サダノブにどんな疑いを掛けられても平然といよう。
僕は己の肩に落ちた埃など、自分で払う。だから、疑われる事も怖くない。
真実を追う者は我々探偵は、真実に対し誠実に真っ直ぐでなければならん。
どんな、真実も受け止める覚悟を持って、僕は隠し事すらほぼ無いから怯える事も無い。だからもし、サダノブが犯人なら先に止める。ただ無駄に十方位鳳連斬を体力が消耗されるのに置いた訳ではない。サダノブが犯人ならば、その円陣から出る。
これから犯人が現れるかも知れないと言う時に、其処から出る理由があるとすれば、依頼人を狙う時のみ。論より証拠。
僕が其方に辿り着くまで、中央鳳凰陣から、一歩足りとも出るな。犯人が攻撃してきた時は、何時も通り鳳凰陣を使い防げば良いだけ。簡単だろう?……サダノブにとっては、違うと嫌疑を晴らすより、よっぽど。」
黒影はサダノブに今まで話さなかった理由を、この時やっと打ち明けた。
「……はぁ〜、成程……。確かに出ない方が闘い易いですからぁ……って!……でも長年命張って頑張って来たのに、それは無いっすよぉ〜。」
と、サダノブは理解しつつも不快さも言えずに、泣き言の様に告げるのだ。
「……だからぁ〜、出なきゃ良いだろう単純に。余計な事を考えるな。社長命令だ。一歩でたら一万ずつ減給。風柳さんが、監視役ね。穂さん(※サダノブの新婚ほやほやの妻)に怒られたくないだろう?」
黒影は如何でも良いと、そんな事を言う。
「酷いなぁ〜…って、あれ?」
サダノブが急に何かに気付いた様だ。
「誰か来たぞ!」
風柳がサダノブの横で叫んだ声が、黒影の耳にも届く。
「止めろ!こっちは依頼人を死守する!」
黒影は、依頼人桐谷 清佳と、友人の原岡 友理の歩みを咄嗟に止め、白雪は二人を落ち着かせる。
――――――――――――――
パーカーを着た男がサダノブの前に現れた。貴久 東生だ。
「桐谷さんに……何か用事でもあるのかな?」
サダノブは、身構え乍らも貴久 東生に聞いた。
貴久 東生は其れを聞いて止まる。
「……僕は……ただ。」
貴久 東生は物怖じして濁らす。
……何だ?攻撃して来ないのか?
サダノブは不思議に思う。
だが、話は聞いて見ないと分からない。
「……何で、階段で突き飛ばしたりしたんだ?」
風柳も幾許か緊張して見える。
「……其れは違う!僕はただ、思い出して欲しくて。……だから、呼び止めようと……しただけだよ。」
不安そうに、貴久 東生は答えた。
「呼び止める?じゃあ、何で変なポストカード送ったり、写真落としたり、近くに引っ越しまでしたんだよ。」
サダノブは奇し気に貴久 東生を見る。
「だから、其れは……。花火を思い出して欲しかったから。……何時か気持ちを伝えよう……伝えようって。……言えなかった。そんな間に、他の良い人が出来たって……。」
其処までやっと言えた様にか細い声で言うと、貴久 東生は俯いて黙ってしまう。
……何だ?此奴……本当に悪気は無かったのか?
サダノブは其の単純に失恋して、落ち込んだだけに見える貴久 東生に、少し同情していた。
「……なぁ、でも行き過ぎたらストーカーだぞ。桐谷さんは足を軽くだけど痛めた。毒だって幾ら何でもやり過ぎだよ。今回は其れで済んだけれど、それ……行き過ぎるんじゃないか?」
風柳は自分が何をしたのか、貴久 東生が分かっていない様なので話す。
黒影が予知夢で見たならば、殺意がある……若しくは、死亡させる。
殺意が薄いのに、殺すまでの理由が理解出来ない。
しかし、此処は説得するか、一時確保した方が少なくとも、被害者は出ない。
何とか話を繋いで近付こうと風柳は考えていた。
「だから違うよ、違うんだ。其れに毒なんて知らない。……その……花火をして、約束したんだ。また来年もって。……だから、少し自惚れていたんだ。……分かってる。……分かってるよ、自分でも。」
そう目も向けずに貴久 東生は、答える。
まさか、こんな臆病者の様な人物が人殺しをするなんて……然もこの後に?この会話の何処からそう発展するのか、サダノブはいまいち分からない。
10 棺
「……諦めたんだ、一度は。……どうせ僕の様な奴が、後何年経っても、想いなんて伝えられやしない。だから、僕も前を向かないと……と、思っていたんです。」
と、貴久 東生は言うのだ。
「思っていた?……じゃあ、やっぱり気が戻ったんじゃないか。」
サダノブはほら見ろと、言わんばかりに言った。
「それはっ……だって。」
貴久 東生は口籠る。
「だって、何だよ。ああだこうだ言ってもさぁ〜結局傷付けたら、やっぱりそりゃあ犯罪だよ。」
と、サダノブは言い訳を言ったところで……と、呆れ半分に言った。
「……だって、まだ婚約はしていても結婚した訳じゃない。婚約破棄だってあるじゃないか。……誰だって勘違いするだろう?僕は桐谷さんの教室の近くにやっと引っ越して、ちゃんと少しずつ話せたらなって……思って……思っていたんだ。だけど……それはもう、叶わなくて……。」
貴久 東生がそう少し熱り立ち言ったかと思ったが、やはり相当自信が無いのか、後半は意気消沈して言うのだ。
――――――――――
三人の会話を傍受していた黒影は白雪に、
「如何も犯人の様子がおかしい。白雪、二人と此処に待機していてくれ。僕は応援に行く。」
黒影はスッと先の三人がいる方角を見て言った。
「分かったわ。……ねぇ……三人共、無事に帰ってくるのよ。」
白雪にとって、何時もサダノブと黒影が出掛ける時の「行ってらしゃい」の言葉の代わりの、「二人共、無事に帰って来てね」に、風柳も今日は一緒だったと、「三人」に変え、微笑んだ。
「あぁ……当然だ。」
黒影はそう言って微笑み返し、目付きを変えロングコートをバサッと翻し、走り出した。
漆黒のコートが、次のサダノブ達の待つ大空間へ向かう暗い通路に、揺蕩う様に広がり……その姿毎呑み込んでしまったかの様に溶けて消えて行く。
「……大丈夫ぶ。きっと……大丈夫にしてくれるわ。」
白雪は消えた黒影の姿を暫し見届け、不安そうな二人に声を掛けた。
……不安なのは……きっと皆んな一緒。
此れから犯人と出逢う黒影も……私も……。
だから、あの人ならきっと……不安がれば何時でもこう言ってくれる。
……「大丈夫。此れから大丈夫にする。」
と。
願う事しか出来なくても……きっと届いてる。
だから……大丈夫。
「白雪さんはお強いんですね。……私は気が気で無くて。探偵さんのお嫁さんって、少し大変そう……。」
黒影を見届ける白雪に、原岡 友理が待つのは辛そうだと、ふとそんな事を言った。
白雪は目の下に光る線を消し払う様に、一度ゆっくり瞼を閉じ開くと、振り向いて微笑み言った。
「……強くなんか……成りたくないわ。強く成る時があるのだとしたら、あの人がピンチの時だけだから。……労ってくれて嬉しいけれど、私……とても幸せなのよ。待っている時は……あの人が大事に包んでくれて、守ってくれている時だから。」
……不安に想って見送ってしまっても、何故かふと出掛けた貴方を思うと温かい気持ちになる……。
……何でか分からなかったけれど、きっと……そう言う事で良いわよね?……貴方……。
―――――――――ふふっ…………🐈⬛………🐾先生
「僕にも聞かせてくれないか。……実に興味深そうだ。諦めた筈の恋が、如何したらまた振り向く様になるのかってねぇ。……今まで本当は会話の一つろくに出来やしなかった。其れが、婚約したのに何故、脈があると思えるんだ。」
カツカツとあの高らかな靴音を立て、黒影が犯人と風柳、サダノブの三人がいる大空間に闇から姿を現し、聞いた。
「……誰だよっ、さっきから。……だから僕は悪気なんか此れっぽっちも無いし、傷付けるつもりは無かったんだ!」
貴久 東生は人が増えた事に脅え、数歩後退りをする。
サダノブはその動きにザッと地面を擦って手を後ろにゆっくりと翳す。
何時でも氷を十方位鳳連斬に打ち込める構えだ。
黒影が何も言わずに戻って来たのは、危険を察知したからに違い無いとサダノブは理解した。
目の前の如何にも気弱な男が、予知夢の影絵が示したあの棺の様な氷を出すとは、到底思えやしなかったが、警戒するに越した事は無い。
「僕はただの、通りすがりの紳士風情の探偵だ。……僕だったらさっさとそんな恋捨ててしまうよ。なのに、引き止めるきっかけがあった。何をしようって訳じゃない。僕には如何も理解が出来なくてねぇ。「真実」が大好物なのだよ。教えてくれないか。気になって眠れもしないよ。」
と、黒影は微笑み、軽く帽子の横を摘み下ろし、軽い紳士の挨拶をする。
如何見ても、此れから闘おうと言う態度には見えない。
「……僕は……その、今年のあの教室から見える花火を確かに見たけれど、絵を描こうと……。そっ、それで写真を…。ふと、今年は如何しただろうと、ブログを観に行ったら彼と楽しく観れたと書いてあったけど……違う気がして。」
と、貴久 東生は言うのだ。
「……違う?」
黒影は貴久 東生の話を聞き、チラッとサダノブを流し目で睨む。
……報告を怠って!……
黒影のそんな心の声が聞こえた気がしてサダノブは拙いと視線を明後日の方へ飛ばす。
貴久 東生はこくこくと頷き、言った。
「忘れもしない。「忘れな草」……。あれを観なければ良かった。……けれど……観た時に思ってしまった。完璧な理想の彼……完璧な安泰の結婚。……なのに、ふと振り返ったのは、誰もが羨み祝福する道を、桐谷さんだけが不安に想ったからだと思えてなりませんでした。……それは、こんな僕等では無く……その……所謂、結婚前の不安であり、止めてくれるのであれば、誰でも良かった。……そう思って。……勿論、勿論ですよ、其れが僕宛てだとかは思っていません。……ただ、気付いてしまったのは僕だけのようで……。だから気掛かりになり、もしまだ……あの花火を想い出せるのであれば、引き返す事も出来るんじゃないかと。それを出来るのは、僕だけだと……変な使命感を感じて……。こんな、たった四行が、僕を変えてしまったのかも知れませんね。」
――――――――――――🍃
忘れな草
忘れた筈でいたかった
願わくば
忘れたよと言って欲しかった
願わくば
――――――――――――🍃
「……それは……。」
黒影は貴久 東生から「忘れな草」を聞き、ふと帽子の鍔に手を掛け俯く。
……思い出せる、過去の物が其れを書いた時、依頼人の目に止まっていた筈だ。
確かに、推測として間違いでは無い。
この貴久 東生と言う人物は、気が小さいものの、その分警戒心も高く相手をじっくりと観察している。
まるで小動物の様な怯え方や喋りはするが、知的な面を見せる。
脈が無い訳でも無い。ただ、一言も話した事も無い。
「これは、ただの僕の興味ですが、もし……仮に、ポストカードを送って桐谷さんが、想い出したとすれば見て直後だったかも知れないのですよ。貴方に伝える手段が無かったにしろ、探偵に……まさかっ……!」
……探偵にボディーガードみたいな真似を頼まないのでは無いか……と、言おうとした時、黒影はある可能性に気付き驚きを隠せなかった。
「……貴久さんっ!」
そう、貴久 東生を呼ぶ声が聞こえ一同は振り返り、黒影は、
「何で此処に来たのですかっ!」
そう、依頼人の桐谷 清佳が息を切らして、貴久 東生を呼んだのだ。
白雪が其の手を取り黒影を真っ直ぐ見ている。
黒影は白雪が何も考えずに、この危険な殺害現場になるかも知れない場所に、桐谷 清佳を連れて来たとは思えず、長い睫毛をぱちくりさせ白雪を見た。
「……御免なさいっ!私……私、如何してもあのポストカードが、誰からの物かはっきりさせたくて、だから誰かに追われているだなんて……。毒も予め、大丈夫な量を自分で。……期日が……私には時間が無かったんです!だから如何しても会いたいって、白雪さんにも無理を言って……。振り返りたかったんです!貴久さんの事を、待っていたかったんです!」
桐谷 清佳が必死になって伝えたかった言葉を聞き、貴久 東生が初めて交わした言葉は、
「……えっ?……。」
と、幻でも見ているかの様な目で、発したその一言であった。
この一見感動的な告白ではあったが、黒影は貴久 東生を見乍ら、思わず指先で唇をトントンと二回触れて深く考える。
……此処から何故……予知夢の惨劇へと変わる事があるだろうか?
と。
すると、この事態に歓喜する筈の貴久 東生が思わぬ一面を見せ始めるのだ。
「……ぼっ、僕では駄目です。……その……今の桐谷さんの彼とは、比べようにもならない。……其の、結婚が嫌ならば、僕が言うのも烏滸がましいですが、はっきり言った方が……。其れを、言えたなら……其れを今、言ったのだから、僕は其れで満足です。」
と、貴久 東生が怯える様に言い、更に後退りしている。
「嘘でしょう!?……まさか断っちゃうの?!」
サダノブが高嶺の花が言ってるのに、あり得ないと驚愕して言った。
「べっ、別に断るとか……そんな大層な事。」
そう言い乍ら、一歩また一歩と見えない恐怖に、貴久 東生は後方に足を滑らせて行く。
「サダノブ!それ以上言うなっ!」
黒影はある貴久 東生の特性に気付いており、此れ以上貴久 東生を見えない恐怖に陥れてはならないと感じ、叫び止める。
まるで何時でも割れてしまいそうな……硝子の心。
「……あのっ、他に誰でもと言う訳では有りません。其れだけは勘違いしないで下さい。」
桐谷 清佳が離れ行く貴久 東生に、如何したものかとおろおろと歩き距離を縮めて行こうとしてしまう。
……夢に近付いてしまう!
誰が被害者か氷の棺の様な薄い半透明の中、判断はつかないが、この場でフード付きの薄手のパーカーを着ているのは、貴久 東生だけだ。
よって、貴久 東生が犯人になる事だけは確実。
誰であり、被害者を出さない事……其れが優先すべき事。
近づせない……其れしかない。
然し、如何したものだろうか?……桐谷 清佳が歩み出ると、隣の白雪も警戒して前に出て行くでは無いか。
影絵の予知夢の被害者は一人だった。
付近にもう一人いれば、その人物も背景として反映されたに違いない。
被害者はあの二人ではない?
黒影は思わずサダノブのいる十方位鳳連斬の中央、鳳凰陣へと入った。
……おかしい……風柳さんも近くにいる。……此方側から被害者が出た場合、犯人と三人の影が影絵に反映されないと辻褄が合わない。……場所が違うのか?
黒影は今迄間違い無く予知をした予知夢を疑う事は無い。
ただし、黒影に危険が近い場合等、特別な時にだけバグの様な事を起こすのは知っている。
……予知夢が起こすバク……この状況……。
黒影は警戒したまま、依頼人と白雪が離れはしないか注視する。
「……あの、こっ、来ないで下さいっ!……嫌いとかではなくて……その……心の臓が耐えられない。」
そう、何だか哀れな貴久 東生は言い出す始末。
「……だから、その心臓が辛いのは……。」
と、桐谷 清佳はそんな貴久 東生に受け入れて欲しくて必死だ。
呆れる程に貴久 東生は、気が小さい。
「……あの、私じゃ……。」
桐谷 清佳はとうとう泣きそうな目で、自分じゃ駄目かと切り出した様だ。
流石に泣き出しそうなその顔を見て、貴久 東生は目を閉じて両手を強く握って言い放つ。
「僕じゃ……僕なんかじゃ、貴方を幸せに出来る自信が無いんです!……幸せになって欲しいから……誰よりも!」
其の言葉は最早好きと言っている様な物だが、その言葉が放たれた一刹那……。
「……拙いっ!やっぱりそうだったのかっ!」
黒影は、ガガガッと音を立て、何と自ら氷の棺に埋もれたのだ。
「……おい、黒影……あれは自害でもするつもりか?」
風柳が何て事だと、口を開けた。
「……僕の炎では火傷をする。窒息死するぞ!……あれは自害等ではないです。貴久 東生は、まだ能力がコントロール出来ていない!……正しかったんだ。彼は言った言葉はっ。悪気は無かった。……ただ、緊張し過ぎたのですよ、写真を渡そうとした時、初めて能力が発動した。……サダノブ、此れを影絵で見た時から思っていたんだ!砕けっ!――あの氷をっ!」
黒影は早口で言うと思っていた策を口にする。
動かない影絵に此れを伝える方法は、加害者……被害者が同一人物では重なってしまう。
だから影絵は止むを得なく、位置をずらした。
あの影絵は其れでも、助けてやってくれと何としてでも黒影に伝えたかったに違い無い。
崩壊事件で失った事件が無ければ美しい「真実の丘」を描いた亡き父と母からの、謎解きが好きだった黒影へのプレゼント。
🔸次の↓黒影紳士 season6-2幕 「暑中の残花」〜蒼氷斬刺〜第六章↓(お急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)
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