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「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様4〜大人の壁、突破編〜🎩第一章 1ルナ 2何故に

あれ?これ黒影シリーズか?遊んでないじゃんw まぁ…そんな日もある。事件がいっぱい事件発生中だからなっ! 粗筋だから粗く書く。 二件やりやがったなっ! 以上! 後は概要すら謎だ。いーね。別に著者が書き終えてスッキリして、書いた内容を忘れたからではない。いーね。 ではっ!解陣っ!そして今回は美しき乱舞に感動せよ!
※今回は章割が約5千になっていた為、Note様置き換えの際に、二章を一頁に集約し、いつも通りの一頁、約一万文字に収録します。普段の休憩通りにお進み頂いて問題御座いません。

1ルナ

 その月はこの街の霧にいつも隠されていた
 静かに……誰の目にも触れられず……。
 だから、僕はその霧の中に入った時
 迷い込まない様
 己の光を見失わないと
 心に誓ったのだ。

 ひとつ目のルナと出逢って数日後の事だ。
 僕はあるショッキングな一報に、自分の愚かさを責めずにはいられなかった。
 探究心無き探偵は、最早探偵とは言えない。
 事件の後を見て、今を見なければ進めなくなる。
 そんな考えが、当たり前だと思っていたのに。

 クラウディーが無くなったと言う訃報に……僕は愕然とした。
 事件に関わっていた。
 切り裂きジャックが行ったと言われる、カノニカル•ファイブと言う五つの事件後も、数回の事件が起こる事を、現代から来た黒影は知っていた。
 なのに何故、それがクラウディーではないと勝手に断定してしまったのだろう。
 そう……クラウディーは偽名だった。
 カノニカル•ファイブ(canonical five)後、初の被害者となる。
 現代における記録では、予測域を外れないものの、大小含めると、切り裂きジャックの犯行はカノニカル•ファイブ含む11件とされている。
 それだけ、このホワイトチャペルのイーストエンド地区は治安が悪く、日々人が死ぬと言う事だ。
 クラウディーは娼婦になったが、また頑張ろうと希望を持ち始めた半ばに亡くなった。
 中途半端な希望は絶望を増すだけ。
 だから黒影はそんなものではなく、切望し願うぐらいが丁度良いと言ったのに……。
 遺体を入れる墓は無い。
 元夫の眠る墓にさえ、もう管理する者も入るお金も無い。
 黒影は共同墓地に入ると聞き、慌てて夫の眠る墓へ向かった。
「蒼炎……赤炎……十方位鳳連斬……解陣っ!」
 蒼と赤の炎に揺らぐ、二重の十方位鳳連斬を作り上げる。
「先輩、何を?」
 霊水を持って着いてきたサダノブは黒影に聞いた。
「魂を移動させる。これは……僕の……真実の丘の墓守りとして、鳳凰として……両方の仕事だ。悪魔じゃない……肉体はどうしようもないが、魂ならば真実の丘に揃って入れてやる事が出来る。」
 ……命が無くなって……初めて意味を持った
 ……真実の愛が一つ……悲しみに揺らいでいる
 しかし、その悲しみも
 二人ならば乗り越えられると
 黒影は信じ願う事しか出来ない

 なあ……鳳凰が願うのはおかしな事かい?
 人が願うその対象が
 願う事があるなんて考えもしないのか?
 僕はこう思う
 神でさえ、どうすればより良いのかいつも悩み
 頭を抱えて願うのではないか
 頭を休ます時間を誰かがくれないかと。
 下らない考えだな。

 この選択すら、二人が一緒にまだいたいのだと思いたい
 生きている者の……僕の傲慢なのかも知れない。
 それでも、生きる僕には祈る事しか出来ぬのだろう。

「……鳳凰来義(ほうおうらいぎ)……降臨……。」

 黒影は静かにそう唱えた。これは鳳凰の奥義の一つで、鳳凰の魂を君臨させるものである。
 黒影の漆黒のロングコートは真っ赤な炎を纏い、バサバサと羽音の様に鳴った。
 背には端が金に光る赤い炎の翼と、孔雀の羽根が揺らいでいるのだ。
 黒影が空へ舞うと孔雀の羽根から、金粉のように光が落ちて来る。
 サダノブはこの神々しい鳳凰の姿を、下から見上げていた。
 悲しくても美しい……その祈りを見届ける為に。

「願帰元命(がんきがんめい)……十方位鳳凰来義(しゅっぽういほうおうらいぎ)!……解陣!」

黒影は最終奥義を唱えた。武力でも無く、攻撃でも無い。
 それが鳳凰なる者の力だ。
 二枚の鳳凰陣が真っ赤に燃え盛り最大値に拡大する。
 黒影は金の火の粉を舞い散らしながら、クラウディーの夫の墓の上空を飛び、吸い上げた魂を、十方位に分けた。
 ゆっくりと旋回しながら、黒影は十方位に分けられた魂の白く輝く欠片を拾って行く。
「先輩、その魂……どうなっているんですか?」
 サダノブは、黒影に聞いてみる。悪い物ならば、十方位に分けて小さく出来るが、魂そのものを斬った試しが無い。
「こうやって、物理的に集める為に斬っただけだ。……後でちゃんと繋がるよ。元々、物質的なものではないし、邪悪なものではないから、僕が戻れば繋がる筈だ。」
 と、黒影は答えた。
「筈だって……大丈夫ですか?」
 と、サダノブは心配になって聞いた。
「さぁな。でも鳳凰の力が平和と平等にしか働かないならば、問題なければ平等に帰すだろう。」
 そう言うと黒影は指笛を吹いた。
 黒影に鳳凰の力を分けた、一匹の鳳凰が飛んできて、黒影の肩に止まる。
「そんなに心配なら、鳳凰の歴がぐんと長い鳳(ほう※鳳凰の雄の事を言う)先生も一緒ならば、安心だろう?」
 と、黒影は微笑んだ。
 鳳は黒影の手にある魂の欠片を見ている。
「なぁ、鳳……これ、くっつくよなぁ?」
 と、黒影は鳳に聞いてみる。鳳は答えはしないが、問題ないと言いたそうに、何時もの様に黒影の頬に擦り寄り、安堵している様である。
「大丈夫そうっすね。」
 と、サダノブは長閑な何時もの景色に頬を緩めた。

 「景星鳳凰 (けいせいほうおう)……「真実の丘」……世界解放!」
 黒影は鳳を撫でて、鷹匠の様に飛ばしながら、世界との出入り口を鳳に創らせる。
鳳凰の鳳(ほう)が黒影の肩にバサバサと飛んで戻って来ると、目の前には長方形の、空間と空間を繋ぐ光が現れる。
(景星鳳凰とは※元は聖人や賢人がこの世に現れる前兆を意味するが、この場合は主人公や物語がこの世に現れる前兆を作ったという事。)
 黒影の心に持つ思念の世界。
 真実の丘は、穏やかな光と風に包まれ花が揺れる、何処迄も広がる広大な緑が美しい大地だ。
 黒影は棺桶に魂を入れると、鳳凰の姿を解除する。
 棺桶を引き摺り、丘の中でも小高い場所にある、「真実の墓」へ持って行く。
 サダノブは別にそれを手伝いはしない。
「真実の丘」に入れるだけでも良い方だ。
 他人の思想に口出しもしなければ、手伝って土足で踏み荒らす様な真似だけはしない。
 それが、思念や思想への礼儀だと分かっている。
 黒影は己の為に、報われない真実、報われない犯人、被害者……関係無く弔える場所を、切望した。
 それがこの丘だ。
 黒影は花を墓の横に一株、丁寧に植え黙祷した。

 二人の愛の真実を
 此の「真実の墓」に安寧と平等に帰す――

 「……もう、安心して良い……」
 そう、悲し気に微笑んで……ゆっくり立ち上がる。
「さぁ、行くか……。」
 黒影はサダノブに声を掛けた。
「クラウディーを引き取りに……ですね。」
「……ああ、勿論だ。」

2何故に

 ……空飛ぶ探偵さんなんて……
 ……私し、すっかり「親愛なる切り裂きジャック様」のファンになりまして……

 そう言ったクラウディーの屈託も無いあの笑顔が、黒影の胸を突き刺す様だった。
 しかし、黒影は振り払う様に頭を横に何度か振った。
 ……涙で……真実を見落としてはならない……。
 成らぬのだ。強く在らねば……成らぬのだ。

 手向けるのは今は花では無い。
 悲しみを鎮める……犯人を捕まえて。
 花はそれから……幾らでも。
 もう……手渡す事は出来なくとも。

 黒影は帽子を取り、呼吸を落ち着かせながら、胸に帽子を当て立ち上がる。
 何も言葉にはしなかった。
 しかし、この部屋の主に、誓ったものがあったのはサダノブにも分かる。
 冷酷とまで呼ばれた黒影の強さは……きっと多くの悲しみを支える為に出来たものだろう。
 こんな時、サダノブは何も声を掛けられない自分の不甲斐なさを感じる。
 けれど……今は、いつか助けたこの手でさえ、払い退けるだろう事は分かりきっていた。
「首の側面……だったな。」
 黒影は、再び帽子を被ると何事も無かったかの様にサダノブに聞いた。
 サダノブはホッと何時もの黒影に肩を撫で下ろす。
 黒影はドアノブや天井を見上げた。
「あっ、今換気中って言われたじゃないですかっ!」
 と、サダノブが言ったのにも無理は無く、黒影は窓を開けたり閉めたりしている。
「サダノブ、窓の前に立っていてくれないか。」
 と、黒影は頼んだ。
「ええ、別に良いですけど……。寒いんで早くして下さいよぉ〜」
 と、何かを調べるのだけは分かって言った。
「サダノブ、そこの鏡を見て、スーツルに座ってくれ。」
 と、窓の外から周ってきた黒影が言う。
「はーい。座りましたよーっ!………………ぐえっ!」
 黒影はコートの裏ポケットから、非常時用に常備していたロープを取り出し、サダノブの首に掛けて思いっきり引っ張る。(※危険ですのでけして真似はしないで下さいby著者)
「ぐるじぃ〜!ギブ、ギブ――っ!」
 サダノブはドレッサーの台をバンバン叩いてギブアップをアピールする。
 黒影はにこにこしながら、
「ぁはは……ポチに首輪〜♪仕方無いなぁ〜、離してやるか。」
 と、腹を抱えた。
「げほっ……げほっ……死ぬかと思いましたよー。」
 と、サダノブは首を摩りながら睦くれる。
「死なないよー。ほら、ロープの方が切れた。この角度だと窓より下に引っ張らないと、首を締めれないんだ。この位の細いロープならば、人の重さを引き上げる前に、窓枠の作用点に一気に力が入り、切れてしまうんだよ。
 ……で、なのにロープの痕跡が首側面に必要だったかは、これでは切れないと言う証明を残したかったんだ。
 つまり、自殺に見せ掛けた他殺に仕上げる為にね。」
 と、黒影は説明した。
「でも、首にそのロープが掛からなかったら、意味が無いじゃないですか?」
 と、サダノブはそんな偶然が?と言いたそうでもある。
「下見に来ていた人物が犯人だ。しかも、化粧をする時間になっ。」
 と、黒影は楽しそうに言うのだ。
「化粧をする時間?……ですか?」
 と、サダノブはイマイチピンと来ない。
「そうだ。午後から夕方過ぎだろうな。娼婦が化粧をするのならね。さっきみたいに、マニュキュアや香水を着ける時に、窓を開けるだろう?その時、スツールに座っているのが普通だ。」
 と、黒影は言った。
「そっかぁ……。先輩、白雪さんが化粧するの見ているんでしょうからね。俺は穂さんの化粧するところ、まだ見せて貰えてないですよぉ。」
 と、サダノブは残念がる。
「白雪とは学生の頃からだからな。最初は唇から紅が飛び出すわ、真っ白だわ、お化けだと思ったよ。」
 と、黒影は微笑んだ。
「あ〜!デレてるぅー。ずるぃー!」
 と、サダノブは黒影に言った。
「デレてる?何だ、それは?」
 と、黒影は聞いた。巫山戯ているのでは無い。キャピキャピもゥフフも分からない、堅物な所も黒影なのだ。
「デレデレしているの略ですよ。」
 と、サダノブは教えたが、
「デレデレとは正式に何だ?」(著者調べたよー※デレデレ=態度・様子に締まりのないさま、特に、心ひかれる異性の前でだらしなく落ち着かないさま、媚びるさまなどを表わす語。コトバンク2023/03/11現在)
 と、とことん理解出来ないと、気になるタイプだ。
「あー、もうそれより!じゃあ、チョーカーは何ですか?」
 と、サダノブは話を事件に戻す。
「ああ、そうだった。チョーカーは女性なら美しく死にたいものじゃないか?隠す事で下に他殺の痕跡があっても、他より美しい遺体なのも、自殺と思わせる為だ。
 よって、これは明らかな他殺である。」
 と、黒影は断言した。
「容疑者は客ではないな。客なら素直に中に入って殺せば良い。教会の内部情報を知ったクラウディーは、教会と関係があった。正しくは、そこにいたルナや手下。派手に切り刻んだら、怨恨の線で捜査網に入る。
 しかし、それでは関係性がバレてしまうかも知れない。だから、態々自殺に見せる必要があった。昼から夕方にこの窓から先の囲い地に出入りした者となれば、少しは絞れるだろう。後は風柳さんに頼もう。」
 と、黒影は調査鞄を手に持ち歩きだす。

 黒影はきっと帰ったら「真実の墓」にまたせっせと棺桶を運び、クラウディーを弔うのだろう。

 ―――――――――――――――
 翌日すっかり町並みはクリスマス一色になっていた。
 大きなモミの木を道路に引き摺りながら歩く、誰かの姿も見慣れたものだ。
「我が家は正月の方が大事だからなぁ。動物の長も集まらねばならん。正月より派手には出来ないよ。」
 と、風柳は朝に白雪に言うと、昨日の容疑者探しに出掛けた。
「ジョニーさんも、クリスマスは家族と?」
 と、黒影はジョニーに聞くと、
「私は妻を早くに亡くして、娘は留学で今年は帰って来ないのですよ。」
 と、苦笑いする。
「……じゃあ、ジョニーさんも一緒にいれば良いわ♪皆んなでいれば寂しくないでしょう?」
 と、白雪はジョニーに提案する。
「……良いのですか?」
 ジョニーは、黒影の顔を伺った。
「勿論。イギリスにいる間は、ジョニーさんも家族ですよ。それに、僕らじゃ一日だって馬を任せたら、馬が病気になりますよ。」
 と、黒影は朗らかに笑う。
「そうですか。それは有難う御座います。」
 と、ジョニーはキャスケット帽子を取り、感激して胸にグシャっとさせ当てた。
 サダノブも良かったと微笑む。
「……風柳さんは頑固だからああ言うけれど、折角だから盛大にクリスマスしたいって、黒影も思うわよね?」
 と、白雪は黒影の顔を覗き込んだ。
「え?……駄目だよ、家長がああ言っているんだ。」
 と、黒影は少し挙動不審になる。
「黒影だったら、説得出来るでしょう?折角ジョニーさんも居るんだし、穂さんと涼子さんも呼ぶんじゃないの?……黒影は風柳さんと私のどっちの味方なの!」
 と、白雪は他の家みたいに盛大にクリスマスをやりたいらしく、黒影は困りながらも、
「そりゃあ、白雪の方が大事に決まっている。でも、風柳さんが言う事も一理あるからなぁ……。」
 と、黒影が悩み始めると、
「もう良いっ!……黒影の分からず屋っ!」
 と、白雪は何処かへ出掛けようとしている。
「ちょっと、一人じゃ危ないよ。僕も行く……。」
 と、黒影は慌てて言ったのだが、白雪は、
「良いわよ。分からず屋の黒影は大人しくしていて。私一人で何とかしてみせるんだから!」
 と、白雪は怒って出て行ってしまった。
「サダノブ……僕はそんなに分からず屋か?」
 と、白雪に伸びたままの手が行き場を無くして、そのまま硬直させ黒影が聞いた。
「さぁ……。何時もと変わらないんじゃ無いんですか?」
 と、思考読みのサダノブは答える。
「ジョニーさん、少し心配なんですが……。」
 と、黒影はジョニーに気まずそうに言った。
「馬なら軽く間に合う。それにきっと私の事を思って、白雪さんは素敵な思い出にと思っての事でしょう。私が迎えに行きますよ。」
 と、ジョニーは優しく言ってくれた。
「すみません、折角暖を取っていたのに……。」
 と、黒影は帽子を取り言う。
「良いんですよ。普段から、お二人がいない時も、私を気にして優しく接してくれるんです。だから、これは御礼です。」
 そう言うなり、キャスケット帽子を置き、馬小屋へ行くと、飾ってあったカウボーイハットをくるんと指で回して、馬へ飛び乗り、颯爽と白雪を追いかけて行った。
「やばカッコいいですねー。ちょい悪オヤジじゃないっすかー。」
 と、サダノブが言う。
「あっ、ああ。まるで西部劇の保安官だな。」
 と、黒影は笑うしか無かった。
 ――――――――――――――――

 それから馬に乗せられた白雪とジョニーがゆったり帰って来た。
 直ぐに追いかけた割には、二時間程掛かり、黒影もサダノブもいよいよ心配になって来た頃合いだった。
「只今〜♪」
 と、白雪は片手を振りご機嫌で、ジョニーもにこにこしている。
 心配する事態ではなかったと分かると、サダノブと黒影は安堵した。
「白雪、何処へ行っていたんだい?」
 黒影は白雪を心配そうに見て、馬から降ろしてやる。
「……お隣りのマナーハウスですよ。」
 と、それにはジョニーが答えた。
「マナーハウス?」
 と、サダノブは聞きなれないので言う。
「マナーハウス(Manor House)はイギリスの旧貴族の屋敷を宿泊施設にしたものだよ。マナーハウスならお茶会や、盛大なパーティーもしたりする。さてはXmasイベントの予約だね。」
 と、黒影は白雪に微笑んで聞いた。
「そうよ。あと、これからお茶会も予約したから行くわよ。」
 と、白雪は言い始めて、膝下のドレスがどうのと言いながら部屋に着替えに行ったようだ。
「……だってさ。最近構ってやれなかったし、ストレスでも溜めていたのかなぁ。サダノブも悪いけど、付き合ってくれないか。」
 と、黒影はサダノブと、後ジョニーにも来るように言った。
「そう言う事なら……。」
 と、サダノブは慣れなそうな場所だと思いながらも、ついて行く事にする。
「私が居るから大丈夫ですよ。」
 と、ジョニーが笑った。確かに本場の人が居れば心強い。
「良かったー。助かりますよ。」
 と、黒影も一安心している。
 ――――――――――――――――

「オータムナムの1stです。」
 と、マナーハウスの庭に設けたられたテーブルには、真っ白なテーブルクロスに、秋に似合うロイヤルブランドの漆器セットが美しく並んでいる。
 ロイヤルブランドでも最上級の金彩が美しいものだ。
「サダノブ……」
「は、はい?」
 黒影はサダノブを呼んだ。サダノブは顔を引き攣らせている。
「良いか……絶対に割るなよ。」
 と、黒影が言う。家庭ならまだしも、こう言った場所ではセットを揃えて出すのが通例だ。
 一つ割ったら、全セット弁償になるかもしれない。
「気にしないで楽に楽しんで下さい。一番の美味しい紅茶の飲み方は笑顔と楽しい会話です。
 セットならば何セットかあるんですよ。割れても他から足せばいい。だから気にしないでお寛ぎ下さい。」
 と、ホストは爽やかに言って、場を和ませてくれる。
 美しいケーキに、サンドウィッチには新鮮な胡瓜や野菜が彩り、スコーンは周りは軽く中はしっとりして、実に良い焼き加減だ。一体何が紅茶の贅か本当は知らない人の方が多いだろう。
 貴族だけに広まったのが、やがて庶民も飲めるようになるのだが、砂糖もまた高級で手に入らなかったのだ。
 アン王女の功績により、手に入り易くなったのもある。
 茶葉においては戦争の上に貿易が出来て、現在飲めるのだから、その恩恵である事を忘れてはならない。
 だからこそ、驕らず気取らずが、一番の美味しい飲み方と言えよう。
 漆器もデザイン製の多様化、テーブルデザイナーの登場により、わざとバラバラのブランドをセンス良く重ねたり、同ブランドの別シリーズと組み合わせたりもする。
 花は実に重要だ。季節の花がテーブルを飾り、会話に困れば、先ず花でも誉めておくのをお勧めする。
 オータムナムとは秋に取れる茶葉で、1stとはグレードの事で、少ない数程上質な茶葉と言える。
 イギリスの水は硬水なので、日本でイギリス茶葉を飲む時は硬水が好ましい。
 タンニンと言う渋味成分の他、ポリフェノールも入っている。
 カフェインは入っているが、珈琲とは種類が違うカフェインであるのがあまり知られていない。
黒影はサンドウィッチを摘みながら、のんびりと庭を見渡していた。
 悲しい事件ばかり……こんな日は、久々だ。
 そう思っていると、急に冷たい風が吹いた。
「何者だっ!」
 気配を感じて、黒影が立ち上がると、
「駄目だ、駄目だっ!――秘技、一頁五千文字斬り(いっこうごせんもじぎり)――っ!」
――――――――暗転――――――――
「えっ!ちょっと久々に出たと思ったら何ですか、これはっ!」(サダノブ)
「良いから早く次へ行け!次へっ!じゃないとずっと真っ暗だ。」(???)
「何ですって?!もう……皆んな移動するよー。」(黒影)

 ――――――――――――――――

「此処にいたんだな……。」
 黒影は昼間なのに、日影で暗い部屋を見渡した。
 クラウディーが住んでいた場所だ。
 身元を引き受けただけあって、簡単に部屋を見せてもらう事が出来た。
 12月20日何があったのか確かめに来たのだ。
 ……開け放たれた窓から、冷たい風が容赦なく入ってきて、二人の頬を冷やす。
 黒影は立襟のロングコートを、更に顔を包むように引き上げた。
 サダノブも襟を立て、少しでも寒さから身を守ろうとする。
 ご遺体が出たとあって、空気を入れ替えているらしいので、我慢する他ないようだ。
 争った形跡もない。酔った際にチョーカーで首を吊った事故か自殺。ただ、風柳が調べた報告によると僅かながら、首の側面に紐で縛られた跡があったのだと言う。
 死因審問にて殺人の評決が下った。
 これも切り裂きジャック若しくはホワイトチャペル事件の11件の一つとされていたが、明らかに切り裂かれた今までと違う。
 クラウディーは黒影と知り合っている。
 きっと、自分が死ぬような事があれば、黒影が調べに来るのは明白だったのだ。
 ならば何か……残していても不思議じゃない。
「娼婦に一人部屋か……。殆どが共有なのに、珍しい。太客でもいたか?まだ本当に幾らか遺産があって、蓄えの為に始めたか……。」
 黒影は部屋を一瞥し、コートに仕舞っているアンティークルーペを取り出す。
「また手書きの調査報告書ですか。」
 と、サダノブはタブレットが使えないのが不満で言う。
「ああ、そうだよ。今日しか観れないんだ。ちゃんと記録しておけ。」
 と、黒影はサダノブのノートの端を、爪先で二回弾いて早く書けと催促する。
 黒影が刑事時代から変わらない癖だ。
「一見簡素で何も不自然なものは無いな。やはり……細かいところか……。」
 と、黒影は床に手をつき、言い辛そうに話す。
 ベッドの上……下……机……引き出し。床の木目まで、周りを気にせず、這い回る様に凝視している。
「先輩、コート……。」
「ん?……ああ。」
 と、サダノブが言っても、全くコートで埃を引き摺っても気にしない。
 一度調査を始めると、他が見えないのだ。
 その癖、終わった途端にコートが汚れただの、ズボンが汚れたで大騒ぎをする、潔癖症を発症するのだから困ったものだ。
だからサダノブも注意をしてやるのだが、聞こえても頭まで届いた試しがない。
「これは……紙か?」
 と、黒影はベッドの脚を見て言ったが、サダノブに聞いている訳ではない。
 とうとう床に寝転がる形に成り、首を傾げてアンティークルーペで材質を確認しているようだ。
「違う!シーツの切れ端だ。……って、事はぁ……シーツか。普通遠慮して此処まで見ないからな。サダノブ、裏だ裏!」
 と、黒影は手伝う様に言った。
「えっ?裏?」
 と、サダノブは机にノートを置く。
「ひっくり返すぞ!」
 と、黒影は言うので、サダノブはてっきり掛け布団を退かすだけだと思っていたので、少し驚く。
 二人がひっくり返したのは、掛け布団でもシーツでもない。ベッドそのものだ。
「ぇえ!?こんな所?」
 サダノブが思わず言ったのも無理は無い。
 ベッドの裏にシーツがピッタリと画鋲で貼られていたのだから。
 一見、ベッドの裏地にも見えるが、明らかによく見れば、古いシーツだ。
 黒影は調査用鞄からビニール手袋をはめて、画鋲を丁寧に外していった。
 シーツの裏にあったのは、十字架と目のマークが重なった絵だ。黒影は直様、その絵をアンティークルーペで観る。
「炭だ。炭で書いてある。十字架は教会……目は……単眼のルナを意味しているのか?……もし、クラウディーの夫の葬儀をあの教会の牧師がしたならば……懺悔室には行っただろうか?そんなに遠くはない……可能性はある。……まさか……。」
 黒影の顔色が青褪める。
「……どうしたんですか?」
 と、サダノブは不安だが、聞きたくなるのも当然だ。
「……僕らに……これを……。」
 黒影はそう俯くと、真っ白な変哲もないベッドの下の奥に落ちた紙を拾い上げた。
 そして、机の上のオイル洋燈に火をつけ、紙を撫でるように燃えない程度の上で炙る。
「……炙りだし?」
 サダノブは文字が浮かんでくるのを見て言った。
「炭で書いたのは、燃やせと言う事なんだよ。……そして、クラウディーが僕らに伝えたかった事……。」
 黒影は暫く黙って、その文字を見届けていた。

 ――私は少ない犠牲 多くは神の犠牲――

「……やはり、狙いは……このホワイトチャペル地区の治安改善。人の死を使った……政治ごっこの茶番劇だ。行き過ぎた正義……。……人が人を救う人柱になった上の幸福など……そんなもの!……そんなもの、僕は絶対に認めないっ!」
 黒影は本星の狙いを、クラウディーが狙われるのを覚悟で自分達に伝え、そして殺害された事に机を両手で殴り、怒りを露わにした。
 真実を知ろうと赤くなった目が、オイル洋燈の炎の様に揺らいでいる。
 怒り……そして無力さに、両手だけを机に残し、項垂れて足から崩れ落ちた。
 その後の未来を知っているからこそだ。
 切り裂きジャックの恐怖が消えると、街は改善され人々に笑顔が戻る。
 しかし、その笑顔は……この犠牲者達の事を、知る事もなく感謝する事も無く、名前すら……忘れ去るのだ。
 憎むべき、切り裂きジャックの名だけを残して……。

🔸次の↓「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様 四幕 第二章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

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泪澄  黒烏
お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。