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「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様4〜大人の壁、突破編〜🎩第三章 5消えた血液 6夜警

5 消えた血液

 昨日は本当に全てが上手く行った
 人生最高の日
 ルナ様に報告したら、それはそれは喜んで下さって。
 次もきっと大丈夫。

 ……私の導き通りに……行きなさい……。

 その優しく中性的な不思議な力の声に、私は自信を持てた。
 あの単眼も怖くは無い。
 きっと神から多くを授かった、代償なのでは無いかとさえ思える。
 異形に美しい……不思議な人。

 ――――――――――――――――
 私は娼婦の成りをしホワイトチャペルの共同下宿へ向かう。
 ここに良く出入りしていると、ルナ様が突き止めてくれた。
 このチャンスを逃す訳にはいかないのだ。
 何食わぬ顔で共同下宿にも追い出された様な、情けない女のフリをして下宿外の道の傍に、立っていた。
 売れ残りの人形の様に……。
 すると一人の娼婦が私に声を掛けてきた。
「月に導かれて此処にきました。」
 ……ルナ様が寄越した人だと直ぐに分かった。
「ダリアンですね。私はエリーです。エリー夫人と呼ばれています。貴方は面が割れています。だから、私が遣わされました。ターゲットはアルコール依存症。バルで飲ませます。私が目撃証人になります。安心して、先にホワイトチャペルロードに先へ行って下さい。それと着替えを……。」
 と、エリー夫人は言うのだ。
「着替え?娼婦の方が目立たないのでは?」
 と、私は聞いた。
「いいえ、新参者の娼婦は逆に目立ちます。それに、ルナ様が貴方にはその様な下世話な輩の服は似合わないと。男物ですが、立て続けに起きた犯罪の犯人が男と思われているうちに、紛れ込んだ方が良いと……。」
 と、エリー夫人はルナからの事付けを話す。
 私はいそいでホワイトチャペルロードへ向かった。
 人とはすれ違う事もなかった。
 夫の働いている工場へ入り、下準備をする。
 悪魔が欲しがっているのだ。
 あの醜い女にはきっと醜い血が流れている。
 アルコールにこの街に相応しい穢れた血。
 あの5人の可愛い私の子に、アイツの血が混じっているなんて許せない。
 私は医療用チューブに針をつける。
 これを綺麗な血にして、私の体内に流せば私があの子達のママになれるのよ。
 随分長く感じたけれど、下準備をするには丁度良かった。
 酔っ払いに見えるが、睡眠薬で眠っている前妻を見事に、エリー夫人は連れてきてくれた。
「では、私は目撃者にならなくてはならないので、外へ行きます。」
 と、出て行く。
 私は凡ゆる場所に針付きのチューブを前妻の身体に刺し、少しでも早く、血が抜ける様にした。
「粗方抜けたわね……。」
 私は血の溜まったパックと針を抜く。
 薄れる意識で何か言っていたが、もう私には届かない。
 私は悪魔がなのだから。
 黙らせる様に、首を掻っ切ってやった。
 以前は切るのに時間が掛かったので、最適な物をと何本か持ってきている。
 ルナ様が言っていた。あのたぶらかし女のミッシェルの時と別の犯人にする為、

 ……今度は左手を使いなさい。
 今度はきっと、もっと自由に切れるわ――

 と、一番憎い相手ならばそうするべきだと、優しく微笑んで仰った。
 妊娠出来て子供もいて……憎い……憎い……。私は下腹部をから子供でも掬うように、腸を引き摺り出してやった。
 血液の飛び散りも少ない。
 そして……女ならわかるでしょう?
 これは子供を捨てた罪。
 私はそれを二回刺した。

 後は簡単だった。遺体をホワイトチャペルロード方面のバッグズ•ロウに放置した。コートも帽子も付けて、切り取って要らない部分だって、ちゃんと保存して持ち出した。
 酔っ払いを担いでやっている様にしか見えない。
 運良く深夜の3時過ぎだからか、流石に人も少なくすれ違う者は居なかった。

 ……完璧だ。
 ……私は美しい月を見上げた。
 ……何も出来なかった私が、成し遂げられる人間になった。
 まるで世界が違って見える。
 ……その導きを愛してしまった。
 ……月が……綺麗……ですね。

 ――――――――――――――――――
 立て続けに起こる事件に、紙面では「切り裂きジャック」等と言う名前が踊る。
 笑わずにはいられない。
 しかも、前妻殺しにおいては、「カノニカル•ファイブ」の一件目とさえされた。
「一件目ですって。……お医者じゃないかですって。面白いわね。二件目の、元看護婦よ。……ねぇ、貴方。」

 ルナ様がくれた砒素に、ふらふらになる夫に私は笑いながら言った。
 夫は地下で楽しく家族団欒生活をしている。
「はい、あーん♪お代わりでしたね。」
 砒素入りスープを今日も召し上がれ。

 ――――――――――――――――――――
 黒影はその頃、Xmasの準備をしている皆んなから、部屋で休むよう閉じ込められ、仕方無く調査報告書や事件概要に目を通す。

「何だ?このホワイトチャペル殺人事件
 (今後本書では、『カノニカル•ファイブ(canonical five)※切り裂きジャックが犯人と有力視される5件』を含む前2件、後4件の切り裂きジャックではないかと思われるが不確かなままの、前後11件の事件を総称して、ホワイトチャペル殺人事件と明記する)
 の、二件目は……?一箇所だけ右利きと判断出来ない?
 ……持ち替えたんだ。疲れて。
 人を刺すにはかなりの力がいる。なのに全てペンナイフだと?そりゃあ、疲れるに決まっている。女性……だな。」
 と、黒影は調査報告書片手に、部屋をうろうろしながら、また他の頁をめくる。
「……いた。左利き。何だ、このご遺体は?ホワイトチャペル事件3件目にして、カノニカル•ファイブの2件目……同一犯じゃないか。この2件は連続だ。今年1888年8月7日、と同年8月31日。あるのはエリー夫人が被害者を1時間前に見たと言う証言だけ。
 被害者は共同下宿を出て、バルへ行く。客待ちをして1時間後遺体発見。
 問題は此処だ。体内の血液量が僅かワイングラス2杯分程度。
 これは別の場所が犯行現場だ。
 確か離婚した旦那の印刷機の制作工場が近かった筈だ。
 深夜なら、誰にも気付かれず空いている……。
 行ってみる価値はあるか。」
 黒影はそうぶつぶつ何時もの様に、推測を並べて確かめようと、無意識にドアノブに触れる。
「……カラン……カラン……カラン……。」
急に忙しない音が聞こえた。
「なっ、何っ!?」
 黒影は辺りを見渡し、ドアから後退りする。
 ドアがバーンッと開くと、白雪を中心に風柳以外、全員いる。
 白雪は仁王立ちし、穂、サダノブ、涼子まで引き連れ、
「お仕事のし過ぎ、現行犯逮捕――っ!!」
 と、黒影を指差し叫んだ。
「えっ!何?!……嘘でしょう?」
 流石にこの面子とやり合いたくなくて、黒影は影に逃げようとする。
「そうはさせないよっ!」
 と、涼子が投網を黒影に投げる。
「涼子さんまで何やっているんですかぁー!」
 と、捕まった黒影は不貞腐れて言った。
「健康、第一です♪」
 と、穂はにっこり笑いピストル型のクラッカーを黒影の上に鳴らした。
「……せーん輩、諦めて下さいね。」
 と、サダノブも笑っている。
 黒影は狭い網の中で、もそもそと胡座をかいて、
「そー言えば、風柳さんは?」
と、聞いた。
「仕方無いねぇ。黒影の旦那。休めないならこっちに来るかい?」
 と、涼子が網を取り、手を差し出してくれる。
「ありがと。」
 と、黒影は手を取り立ち上がる。
「……それにしても……。」
 大きなクリスマスツリーに、沢山のお菓子やオーナメントが掛けられている。
「日本じゃ見れないでしょう?」
 と、白雪は笑った。
「あぁ……そうだね。天井……足りないね。……綺麗だなあ〜。」
 と、黒影はツリーを見上げる。
「ジョニーさんが漬けておいてくれた干し葡萄で、プディング作ったのよー。」
 と、白雪はプディングなる物を持ってくる。
「先輩、此れ二ヶ月も前からラム酒に漬けるんんですって。漬ければつける程美味しいって。」
 と、サダノブはジョニーさんから教わったのか、教えてくれた。
「部屋を暗くしましょう。」
 と、ジョニーが提案する。
「あっ、待ってくれ、新聞をしまうよ。」
 と、風柳は新聞を畳んだ。
 何だろうと思うとジョニーがマッチを持ってきて、擦って火を点ける。
「見ていて下さいよー。」
 と、ジョニーはにっこりした。
 プディングにマッチの炎を近付けると、ボッと青い光がプディングを包んだ。
「綺麗ですね!」
 穂が喜んで、サダノブの腕にしがみついた。
「幻想的だなぁ〜。アルコール度数、高いの?」
 黒影は白雪が酔わないように、ジョニーに聞いた。
「今、飛ばしているからそうでも無いですよ。甘いし、子供でも食べれる。」
 と、ジョニーはにっこりすると、
「こーちはミンスパイ。星型が可愛いだろう?中にはレーズンのラム酒漬けが沢山入って、パイ生地で焼き上げたんだよ。Xmasと言えばこの二つさ。Xmasの期間に分けて食べるんだ。」
 と、ジョニーは教えてくれる。
 食べてみると、日本人には少し重く感じる、もっちりしたカレーヌのような、シフォンケーキ程の美しい螺旋の形状。それにに、たっぷりのラムを吸って甘くなったレーズンが、芳醇な香りと共、に口一杯に広がる。
 ミンスパイも少しずつ食べる意味が分かる。3つもあればお腹が十分膨れるからだ。
 Xmasにはお腹一杯食べるのが良いらしく、その為の大きなスプーンやフォークもある。
 マッシュポテトと挽肉を何層も重ねてオーブンで焼いた料理もあるが、黒影は、
「流石にお腹一杯だ。また明日の楽しみにしますよ。ご馳走様。」
 と、先に席を立った。
「じゃあ、先シャワー浴びますね。」
 と、黒影はバスルームへ行く。
「……あんれー?……今、少し何か変じゃありませんでした?」
 と、サダノブはキッシュロレーヌを食べながら言った。
「ん?どうしたんだ、サダノブ。」
 と、風柳が聞く。
「今ね、先輩が目の前を一瞬通ったんですよ。バスルームへ向かったのだから、当たり前なんですけど……。何時も黒いから、気にならなかったけど、流石にコートと帽子は脱いで行ったような……。」
 と、サダノブが言うのだ。
「……そうよ。だって大切な帽子とコートが湿気てしまったら大変じゃない。」
 と、白雪が、何を今更と答える。
「で?黒影の旦那はどっちなんだい?コートを着ていたのか、帽子はどうだったのか!」
 と、涼子はテーブルをぺちりと叩くと、サダノブにはっきり思い出す様に言った。
「そうだ!何時もより顔が暗く感じた。ヒラヒラしてる感じもあった。帽子もコートも、着たままですよ!だから違和感があったんだっ。」
 と、サダノブは言う。
「サダノブ、浴室に窓は?!」
 と、慌てて涼子が聞いた。
「大きい方は羽目殺しだし、換気用なら肩も入りませんよ。」
 と、サダノブがまさかと、答える。
「十分だよ!ただでさえ、黒影の旦那には影があるんだから。コートがあれば、ドライバー一式、コートの裏に隠してる。肩だって外して出て行けるよっ。」
 と、黒影と古い付き合いの涼子は、しまったとバスルームを見た。
 しかし、流石に確認する事も出来ない。
 だから、バスルームからの逃亡だったのだ。
「馬の音がする……。外、外にいます!」
 馬の蹄の音に気付いたのはジョニーだった。やはり、馬の変化には気が付くのが早い。
 全員で走って玄関の外へ出た。
「ちょっと調査に行くだけだ。夜じゃないと駄目なんだ。白雪……必ず帰ってくるから。」
 と、黒影は黒馬の鬼栗毛(おにしげ)に乗ると、馬の前足を立たせ、サーベルを掲げると持ち直し、馬を戻し胸に当て白雪に見せ、閉まった。
 騎士の誓いだ。
「……ハッ!」
 馬の腹を蹴り、颯爽と走り出す。
「いちいちカッコ良いんですよねぇ……。普通に行ってきまーす!っで良いのに……。」
 と、サダノブが言うと、穂がトントンと背中を押す。
「それでも女泣かせです!それより、黒影さんを一人で行かせるなんて、守護にあるまじき!サダノブさんも、早く行くっ!」
 と、穂は片手で白雪を優しく包み、もう片方の手で白馬の狛ちゃんを指差す。
「あっ、そうだった。また置いてかれたよぉーもう!じゃあ俺も……行ってきまーす!」
 と、サダノブは皆んなに言って、黒影を追い掛けて行った。

「また二人で待ちましょう……」
 見送った穂が、白雪を見下ろし微笑み言う。
「じゃあ、あたいは連絡を「待つ」としようかね。」
 と、涼子は黒影とサダノブが困ったら、いつでも動けるようにと、気合いを入れて袖を捲った。
 風柳とジョニーは横に並んで、そんな女性群を見ている。
「どうだい、良い連携だろう?誰一人被っちゃいない。だから、良い。」
 と、風柳は笑う。
「ええ、人数こそ少ないが、其々の役割がある。騎馬警察より、連携が良いかも知れませんね。効率的だ。」
 と、ジョニーは言って笑った。

6 夜警

 黒影はホワイトチャペルのバックズ•ロウ付近で馬を止めて、調査報告書を眺めた。
 被害者の元夫の、印刷機製作工場を探す。
「先輩、こっちですよ。」
「何だ、来たのか。」
 サダノブが見つけたのを聞くと、黒影は当然付いてくる事が分かっていたかのように、驚きもせずに言う。
「何だじゃないでしょう?何年ついて来てると思っているんですか。」
 と、サダノブは言う。
「まぁ、僕が何処に目を付けたかぐらいは分かったみたいだから、今日は馬鹿犬とは言わないが……。」
 と、黒影は夜の工場に堂々と入っていく。
「あっ、不法侵入っ!」
 と、サダノブが言ったが、静かにするよう口に人差し指を当て、進む。
 ……使われていない保管庫とか……
 地下には数部屋、古くなった部屋がそのままの様だ。
 黒影はコートの裏から出した二つのライトを持っている。
 一つは明るく普通のライトで前を照らす。コンパクトであるのに、範囲は横のダイヤルで替えられ、見易い。
 もう一つはそれとは違う場所……特に足元を照らしたブラックライトの様なものだ。そちらは誇りを白く照らす。
 黒影は最新の注意を払って見て歩くと、急に止まった。
「サダノブも装備しろ。」
 と、黒影はコートの裏からビニールの靴袋と、ぴったりとしたビニールの手袋を渡し、自らも嵌める。
 ロングコートを引き摺ってはならないので、一度脱いでサダノブに持たせた。
「重っ!」
「今日は調査用鞄を持っていない。全部それに収納した。大体、お前達が無理やり寝かしつけようとするから、そうなるんだ。」
 と、コートが重いのは、過保護なサダノブや他の面子の所為だと黒影は言う。
「じゃあ、子供じゃあるまいし、ちゃんと休憩取って下さいよ。」
「子供じゃないから、自分で決めると言っている。」
 と、言いたい放題、二人で好き勝手に文句を言っていたが、
「サダノブ、待て!ここからは慎重にだ。」
 と、黒影は突然、サダノブの歩みを止める。
「……小さいが、血痕だ。」
 と、黒影は屈むとブラックライトを良く当てた。
 サダノブは、
「誰か飲み物でも溢したんじゃないんですか?」
 と、言うと黒影は、
「否、これはただのライトでは無い。鑑識官が良く使うルミネッセンス光を使用したものだ。今は血痕を探していたので、背景の発光を使用していた。血液は光エネルギーを吸収する性質がある。その為、過剰な反射や発光が無く見落とし易い。だから、背景だ。
 コントラストを高めて差異を強調して見つけていると言えば分かり易いな。
 他は大概証拠のみ発光させ、背景は発光させなくても証拠として採用され易い。
 だが、この時代のイギリスの証拠採用がどうだかは僕には分からんがな。裁判資料でも頭に叩き込まなきゃならないよ。

 と、黒影は苦笑いする。
 ……無い……。
 部屋を隈なく探したが、僅かな血痕はあっても、殺害した際の大量の血液が見当たらない。
「ただの怪我にしては転々としている。……何故無いんだ。
 サダノブ、ご遺体発見時の写真を取ってくれ。」
 と、黒影は頼んだ。
「ひぃ〜!こんなに暗いのにアレ見るんですかっ?」
 と、サダノブは震え上がる。
「寒いのは昔より慣れただろう?」
 と、黒影は言ったが、
「ゾゾですよ、ゾゾゾ街ですよっ!」
 と、言う。
「お前、本当にゾゾゾ街で洋服買うの好きだなぁ。それにギリだぞ、ギリ……色々気を付けろ。」
 と、黒影は言った。
「あー、今、安いからってゾゾゾ馬鹿にしたでしょう?」
「別にしていないよ。ゴシックブランドしか興味が無いだけだ。」
 と、黒影はサダノブに下らんといいたそうな顔をして言う。
「過去のイギリスって聞いて、革ジャンじゃやばいなぁーって、このベストとジャケット、ズボンもセットで定価の70%オフっすよ〜!しかも、ロード中のチャリンコこぎこぎマーク可愛いし。先ぱぁ〜い……肝心の、ゴシック&ロリータブランドまであるんすよ。」
 と、サダノブはニヤニヤして言った。
「何故、其れを早く報告しないんだ!」
 と、黒影は最後のサダノブの一言に、驚きと同時に怒鳴る。
「えっ?報告義務あるんすか、これ。」
「あるよ!大アリだよ!白雪のご機嫌取るの大変なんだ。これは社内の死活問題だからなっ。」
 と、黒影は言うのだ。
「先輩、駄目ですよー。幾ら忙しいからって、白雪さんは先輩と態々お出掛けして買いたいんです。……紳士なのに、案外乙女心には鈍感ですよねー。」
 と、笑いながらも、サダノブは写真を出した。
「事件管轄外だ。……この小さな血痕の場所と、刺された場所が一致する。小さな血痕……。針……か。血液を抜いてから、その箇所がバレない様に刺した。抜いたのは何ヶ所か。
 腹部横の傷なんか、違和感しかないからな。抜くにしても、時間が掛かる。……まただ、目撃証言だけが一致しない。」
 と、黒影は調査報告書の目撃記録を読む。
「同じ共同下宿にいたエリー夫人。1時間前に被害者を見掛けた……か。これが嘘の証言であれば、何ヶ所かにする事で早く血を抜くのは可能だった。問題は、犯人は何故、血が必要であったか。このエリー夫人をマークだ。偽の目撃証言と言えば……。」
「……単眼のルナの手下か、この辺りのギャング……ですか?」
 と、サダノブも流石に気付いて言った。
「若しくは、その何方かに金か砒素で動かされた者……だな。本物の娼婦ならば……そうだ、泊めてもらった店の女店主ならば、情報が集まる。やはり今夜は巡回警戒して、正解のようだ。……日が登ったら被害者の元夫からも話を聞こう。少なくとも、仕事場を殺害現場に使われているんだからね。」
 と、黒影は話した。
「あー!先輩休息はぁー?それじゃあ、全然……。」
 と、サダノブが言ったが黒影は話し半分に資料を仕舞う。
「……まだ続いているんだ。この事件は。後三件……被害者が出る前に、せめて止めたい……。カノニカル・ファイブが総てではない。」
 黒影はそう言って、静かに部屋を後にした。

  まだクラウディーの死を自分の所為に思って……それでも進むんですよね……貴方は。

 狛犬の守護があるから、黒影の疲れは分かっても、言うだけで無駄だ。
 11件……なんて長い、無情な件数だろう。
 そう、サダノブは思っていた。
 ――――――――――――――――

 朝方になると眠る事もせず、そのまま黒影はフィッシュ&チップスを食べに行こうと言い出す。
 朝の労働者の定番だ。急いでいても気軽に食べられる。
 寝ていないのに、このまま徹夜で事件を追う事は、容易に想像出来た。
「一眠りしなくて良いんですか?頭、冴えないですよ。」
 と、サダノブは欠伸を堪えながら聞く。
「ああ。忘れてしまわぬうちに……嫌な予感がしてね。」
 と、黒影は言うのだ。
「嫌な予感?」
 と、サダノブが聞く。
「被害者から消えた血液をどうしたのだろうね。もし、吸血鬼にしろ、飲みたくない相手の血は飲まない。……何か事情があるならば、殺害現場となった工場関係。被害者の旦那関係だろう?その周囲が危険になるかも知れない。だから、急ぐんだ。……僕だって何も無かったら急がないよ。」
 と、黒影は言って笑う。
「まぁ、そりゃあそうですよね。」
 と、サダノブも今日の徹夜は仕方ないと、腹を括った。
 ――――――――――――

「あっ、また……。」
 と、サダノブは黒影を見て言う。
 被害者の夫の家に行くと思いきや、またしても隣に聴き込みのようだ。
「すみません、早朝から。牛乳をお届けに来たのですがね、お隣さん数日前から出てくれないんですよ。要らないならそうと言ってくれれば良いのに。……少し困りましてね。
 お隣さん、何か最近あったのか聞いていませんか?……やはり、亡くなられた前の奥様の事で、少し情緒不安定なんですかねぇ?」
 と、黒影は隣の奥さんに聞いた。
「前の奥様が亡くなられてから、今の後妻のダリアンが来たでしょう?私も最初はどんな人か不安だったのだけど、前妻の子供達の面倒もしっかり見るし、素敵な人よ。旦那さんも律儀に前の奥さんに生活費を渡していたみたい。
 でも、飲み代に使って挙げ句に娼婦になっていたって……。近所の人が前の奥様を見つけて、話したらしいのよ。流石にあの旦那さんも落ち込んでも仕方無いわよ。」
 と、隣の奥さんはここぞとばかりに、普段言いたかった事を全部話してくれた。
「その……旦那さんは怒りはしなかったんですか?」
 と、黒影が聞くと、
「怒ったみたいよ。だけど全く耳も貸さなかったみたいで、前の奥様の実家のお父様も来て、大変だったのよ!……それでも気にしないなんて、アルコール依存は怖いわねぇ。」
 と、奥さんが言うと、黒影は体良く、
「ねぇ……。本当に、僕も気を付けますよ。で、それで今の奥さん……怒りはしないのですか?」
 と、呆れた風に聞いた。
「知らなかったみたいよ。何も、最近知ったみたいで随分落ち込んで、子供達の世話も嫌々って感じで……週末は良く教会に行っているわ。気持ちを落ち着かせたいのよ、きっと。」
 と、奥さんは答える。
「そうでしたか。……じゃあ、奥さんにもどうするか、聞いてみますよ。何だか世間話になっちゃってすみません。有難う御座いました。」
 と、黒影はにこやかに軽く帽子を上げて、サヨナラをしようとした。
「あら、ちょっと待って。牛乳に良く合うスコーンをさっき焼いたばかりなのよ。二人共お若いから、良く食べるのでしょう?良かったら少し持って行って。」
「ああ、お構いなく……。」
「良いのよ、遠慮なさらないで。」
 ……と、黒影は聴き込み前なのに、たんまりとスコーンとジャムまで貰ってしまった。
「流石、マダムキラーはイギリスでも健在でしたね。」
 と、サダノブが言うので、黒影はこのスコーンの山をどうしてくれようか、顔を引き攣らせる。
 スコーンは飲み物と一緒に頂かないと、喉に詰まってしまう。
 牛乳屋なんて嘘なのだから、食べてしまう訳にもいかなかったし、フィッシュ&チップスでもうお腹もいっぱいだ。
 若けりゃ食べられても、日本人だから若く見えただけで、妻子持ちの立派な大人なのだから、そうもいかない。
「……サダノブ、これ……どうするぅ?」
 と、黒影は苦笑う。
「どうするぅ?じゃないんですよぉ〜。……あっ!鬼栗毛(おにしげ)と狛ちゃんには?」
 と、サダノブが言った。黒影は思わず二匹を見たが、
「……駄目……じゃないか?好みは分からんが、何が良くないのかすら分からん。ジョニーさんじゃないと、何ともなぁ……。こうなったら、手土産って事にするかっ。」
 と、黒影は笑った。
「何処に手土産持って、事件の話をする探偵がいるんですかぁ。」
 と、サダノブは呆れたが、黒影は笑いながら、
「此処にいる。」
 と、何時ものマイペースで答えるだけだ。
 玄関のノックをすると、ダリアンが出て来た。
 子育てと気疲れの所為か、だいぶ窶れて見える。
「朝からすみません。僕は探偵の黒田 勲と言います。前の奥様の件で、少々お話をお聞かせ頂きたいのですが……。」
 と、黒影は帽子を取り、丁寧に言った。
「主人ですか?あまり体調が優れない様なので、少しだけなら……。」
 と、ダリアンは答える。

 ……探偵ですって?
 ……でも大した事ないわ。大丈夫よ。だって警察だって全く検討違いだったのだから。
 それに私にはルナ様の導きがある。だから、こんな探偵にバレる筈が無い。

「今、伝えてきますから、このまま少しお待ち下さい。」

 ダリアンは不安を消し去ると、黒影等にそう言って微笑んだ。黒影も軽く微笑み返し、

 ……ほら、大丈夫じゃない。大した探偵じゃないわ。

 それを見てダリアンは自信を取り戻し夫の部屋へ行く。
「いーい、これから探偵が貴方にお話があるそうよ。でも余計な事を言ったら、今後一生動けなくなるかも。間違えて、致死量の砒素をたべさせあちゃうかも知れないわ。
 気をつけるのよ。」
 と、ダリアンはベッドに横にされたままの夫に言い、ニヒルに笑うと出て行った。

「どうぞ、お待たせしました。」
 と、ダリアンは心良く黒影とサダノブを中の夫の部屋へ、案内した。
「初めまして。先日亡くなられた前の奥様の事について、伺いたいのです。」
 と、黒影は切り出す。
「すみませんね、こんな体制で。」
 と、夫は言う。
「何のご病気ですか?」
 と、黒影が聞くと慌てたダリアンは、
「大した事はないんですのよ。この人ってば大袈裟だから……。」
 と、言いながら背中を摩り、ベットの枕を高くし軽く起き上がらせた。
「でも、肩で息をしていらっしゃる。顔色も悪い様だ。もう一度、医者に見せた方が良いですよ。」
 と、黒影は言う。
 「そうですね、後で連れて行来ます。所で……聞きたい事とは?」
 と、ダリアンが聞いて来た。


🔸次の↓「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様 四幕 第四章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。