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推し活翻訳21冊目。Bird Boy、勝手に邦題『バードボーイ』

原題:Bird Boy (published by New Crow Ltd)
原作者:Catherine Bruton
勝手に邦題:バードボーイ
 
概要と感想
 
都会育ちの主人公のウィルは母を悲劇的な事故で亡くし、オーストラリアに住む父方の祖父母のもとに引き取られる予定です。ほかに身寄りがないため、渡航準備が整うまでのあいだ、湖水地方に暮らす母の兄イアンの元に身を寄せるのですが、イアンは母とも疎遠で、母が事故に遭うまで、ウィルも会ったことがありませんでした。
 
物語が進むにつれ少しずつ明らかになっていくように、ウィルの母は心の病を抱え、ウィルはだれにも助けを求められないまま、社会から隔絶された、二人だけの「安全」な世界で暮らしていました。
 
ウィルの母は心の病を抱えてはいましたが、その気持ちの底にあったのは、大切な息子を外の世界の脅威から守ろうとする愛でした。それだけでなく、旅や自然、鳥への思いを親子で共有し、二人の住まいである高層住宅の15階から、一緒に鳥を見守り、餌を与え続けていたのです。「亡くなった人は、みんな鳥になってもどってくるのよ」という母の言葉は、ウィルの心に深く刻みこまれています。
 
けれど、しだいに困難になっていく母のケア、2年に及ぶホームスクーリング、そして母の死で、想像以上のストレスを受けつづけたウィル自身も、助けが必要な状態に陥っています。辛い記憶に飲みこまれそうなときや、困難な場面にたったときには、必ず指が小刻みに動き、頭の中で数を数え始めます。そうすることで、気持ちを抑えることができることがあるから。
 
新しい環境に放りこまれたウィルは、戸惑いながらも、2歳年下のアフガニスタン難民のオマールと知り合い、行動をともにするようになります。そして二人は、イングランドでは絶滅危惧種となっているミサゴの巣を見つけるのです。卵からかえって間もない二羽のヒナがいる巣を。小さなヒナと目が合ったウィルは、母の声が聞こえたような気がします。「みんな鳥になってもどってくるのよ」と。
 
そしてある日、ウィルは、頭にふわふわの白い綿毛があることからホワイトチップと名づけた小さいほうのヒナが巣から落ち、けがをしているところを発見します。激しい雨の中、放置すれば死んでしまうことは明らかですが、野生の生きものに人間が手を差しだしていいのでしょうか。けれど、ウィルにとって、母の生まれ変わりにも思えるホワイトチップを救うことは、母の死を償うことも意味していました。
 
             ☆   ★   ☆
 
お母さんが亡くなるシーンは、ウィルの心象映像を借りる形で、少しずつ読者に明らかにされていきます。胸が痛くなりますが、それと並行して、ホワイトチップとの関わりを通じて変化していく心境が描かれていて、だんだんと希望の光も射してくる。このバランスが絶妙で、エンディングまで一気読みしました。ああ、なんていい作品なんだろう。
 
湖水地方の険しい岩山を行くように、ごろごろと不安定だった足もとにだんだんとなれ、時に思いがけないところに足を取られながらも、頂上まで登りつめる。その一歩一歩を感じられるような一冊だと思います。
 
作品の主要テーマは、自然が持つ癒しの力なのですが、死や悲しみ、心の病、難民問題、コミュニティの温かさや帰属意識、友情、危機に瀕している自然への向きあい方、野生動物へ関わり方など多くのテーマを包含していて、その上それらが、どれひとつして物語から浮いてしまうことなく、ウィルの心の回復につながっていくのがすごい。
 
湖水地方の自然が、美しくも厳しく描かれているのもいいですし、口下手で子どもの扱いが得意とは言えない伯父さんのイアンが、いい味を出しています。イアンとウィルの関係性がゆっくりと、でも強固に築き上げられていく過程も読みどころです。そして、最後にはウィルの成長に思わず涙しました。いえ…途中でも、なんども泣きましたけど。
 
出版元のウエブサイトによれば、日本の出版社が版権を取得しているようなので、いずれ邦訳が出ると思います。た…楽しみ過ぎる。そして、待ちどおしい!
 
手もとのペーパーバックは装画がとってもきれいなのですが、挿し絵がなくてちょっと寂しい。邦訳版は、湖水地方の風景とか、鳥たちの姿がちょっと入っているといいなぁ。

朝焼け、なのでしょうか。もてもきれいな装画です。

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佐藤志敦@推し活翻訳家
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