見出し画像

五反田で捕まえたタクシーの中で

社会人になって間もない頃の同期入社が集まる研修で、本当にどうしようもない一日を過ごしたことがあった。
研修自体はもちろん、そのあとの飲み会が更に居心地が悪かった。

何の実績もないのに研修でも飲み会でも自信満々に話す同期と対照的に、僕は何の実績もないからこそ研修中は自信なく話し、飲み会では話す言葉を失った。
謙虚というよりは卑屈な態度をとって、何か話さなきゃと放った言葉は誰も得しない言葉で、あまりにもどうしようもなかった。
逃げ隠れるように駆け込んだ居酒屋のトイレの中で、ちょうどLINEでやり取りをしていた友だちに、遅くなるけど大井町あたりで飲めないかという連絡を入れた。
なかなか既読が付かず、悶々としながらその場をやり過ごしているうちに飲み会はお開きになった。

山手線に乗ってからも、返事は返ってこない。
このまま家に帰るのもなと思って、僕は五反田で降りた。
駅の改札を出て、何も考えずに向かったのは「おにやんま」という人気のうどん屋さんだ。
地元の親友だった森谷が、「ケンコバがテレビで紹介していて、食いに行ったらマジで美味かった」と教えてくれて、それ以来よく通っていた。

狭い店内で、ちくわ天ととり天が入った冷たいうどんを啜りながら、森谷のことを思い出していた。
森谷は中学時代に出会った親友で、大学生になってからしばらく遊んでいたけれど、成人式を最後に会っていなかった。

元気にしてるんだろうか。
まあそのうちどこかで会えるだろうと思いつつ、今日みたいな日こそ森谷と会いたかった。
(ちなみに、この日から10年近く経ったけれど、森谷の消息は今になってもわからない)


うどんを食べ終わると、飲み会の合間に居酒屋のトイレから飲みのお誘いした友だちから、大井町に向かうよというLINEが入っていた。
五反田から電車移動するこはすこし面倒臭いので、タクシーで向かうことにした。

乗ったタクシーの運転手は、メガネをかけた真面目そうな男の人だった。40代くらいだろうか。
乗った時からなんとなく話しやすそうな雰囲気を纏っていたので、きっともう会わないだろうと思って、取り止めもなく思っていることを話してみようかなという気持ちになった。

「なんか、社会人になったばかりなんですけど、会社が合わない気がするんですよね」
「おー、そうなんですね」
「配属先が希望したところじゃないからやりたいこともしばらくできないし、同期みたいに世渡り上手な感じもないし」
「なるほど」
「どうするのが正解かわからなくて」
「はい」
「まだ社会人になったばかりだし」
「はいはい」
「思い切って自分のやりたいことがやれる場所を探して、そこに移った方がいいと思います?」

運転手さんはうーん、と返事をしてから言った。
「私もいろんな仕事してから、この仕事に辿り着いたんですけど」
「はい」
「人間、我慢したくないことを、我慢する必要はないですよ」
「あー。でもまだ今の会社、入ったばかりなんですけどね」
「はい、でも我慢はしない方がいいです」

話を聞きながら、直近で配られた社内報に書いてあって強烈に覚えていた、先輩社員の言葉を思い出していた。

『仕事でお金をもらってるんだから、自分の性格なんて変えろ。自分の気持ちや本心なんて我慢しろ。上司にそう言われてハッとしました』

そんなことを言われて、なぜかポジティブになったという話だった。

この運転手さんは、真逆のことを言っている。


どっちも極端な気がして、今の自分が縋れるようなものではないなと思った。
ただ、運転手さんの話を聞いて、自分の本心をもうちょっと大事にしてもいいし、思ってることは言えなくても、思ってないことは言わなくてもいいかもなと思った。

もうちょっと深く、いろんなことを根掘り葉掘り聞いてみたい気がしたけれど、タクシーは大井町まであっという間に着いてしまった。

ODDTAXI / スカートとPUNPEE

<太・プロフィール> Twitterアカウント:@futoshi_oli
▽東京生まれ東京育ち。
▽小学校から高校まで公立育ち、サッカーをしながら平凡に過ごす。
▽文学好きの両親の影響で小説を読み漁り、大学時代はライブハウスや映画館で多くの時間を過ごす。
▽新卒で地方勤務、ベンチャー企業への転職失敗などを経て、会社員を続ける。
▽週末に横浜F・マリノスの試合を観に行くことが生きがい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?