新木場のライブハウスで魔法にかけられて
気付けば10年以上前、高校生の頃の話だ。
まだ15歳だった。
中学を卒業するとき、好きなものの優先順位が音楽>サッカーになっていて、高校の部活選びに少し迷った。
ずっとやってきたサッカーはもういいかなという気持ちもあって、軽音楽部にするか、オーケストラ部にするか、結構真剣に悩んだ。
ただ入学して早々、同じ高校に進学した中学時代のサッカー部の先輩が教室に乗り込んできて、半ば強制的に入部届を書かされた。
それで結局、高校でもサッカーを続けることになった。
お世話になった先輩からの誘いだったので、まあこれでいいかという感じだった。
しかし入部当初、僕はサッカー部を選んだことを後悔していた。
なぜなら、とても居心地が悪かったからだ。
その理由は、先輩たちにあった。
先輩たちは、ガリ勉の多い進学校とは思えないほど、チャラかったのだ。
はじめてサッカー部の練習を見学しに行った時、グラウンドにいる先輩たちの姿を見て、かなりびっくりした。
ほとんどの先輩が、髪をとても明るい色に染めていた。
当時流行っていたヘアバンドをしていたり、ピアスを開けていたりする人が多くて、練習着もなんだかイケイケだった。
先輩たちの中で地味なのは、中学時代の馴染みの先輩くらいだったけれど、その人も陽気でかなりキャラ立ちした人だったので、違和感なくそこにいた。
どうせ地味な見た目のダサいしかいないだろうなと完全に舐めていただけに、ショックが大きかった。
話している内容を聞いていると、結構派手な遊び方や、やんちゃなことをやっているっぽくて、それもビビる要素だった。
さらに驚いたのは、先輩たちはみんなサッカーが上手かった。
特に一つ上の先輩たちは、中学時代に名門クラブチームに所属していたり、選抜に選ばれたりしていて、実力者の集まりだった。
下手なのは、同じ中学の先輩だけだった(区内で一番弱い中学だったから)。
そんな先輩たちを目の当たりにして、見た目もサッカーの力量も半端過ぎる僕は、入部当初は気配を消すようにして、先輩となるべく話さないようにしていた。
同期といるとき以外は、異常に気まずさを抱えながら部活をやる日々だったけれど、転機が訪れたのは夏休み。
夏合宿である。この合宿を境に、僕はようやくサッカー部に馴染み始めた。
合宿は、1年生2人・2年生2人の4人部屋というルール。
同じ部屋の先輩ととても仲良くなったのだ。
その先輩は、部活を少しサボりがちだけど、技術は部内で一番の、赤西さんという人だった。
それまではほとんど話をしたことがなかったけれど、少し緊張しつつ話をすると、二人の音楽の趣味が似ていることがわかった。
僕と赤西さんの共通項のバンドは、銀杏BOYZとGOING STEADYだった。
他の部員たちはロビーに集合して、トランプしたりサッカーのビデオを観たりしていたけれど、僕と赤西さんは部屋で銀杏BOYZを流したり、音楽を勧めあったりしていた。
赤西さんに携帯を奪われて、僕のクラスメイトが入っているメーリングリストにど下ネタのメールを送りつけられるという大事故は起こされたものの、波長がすごくあって心地よかった。
合宿を境に赤西さんと仲良くなったことがきっかけで、他の先輩たちとも仲良くなり始めた。
苦手な先輩・本田さんとも接近するようになったのは、合宿が終わってからだ。
僕と赤西さんが練習の合間に音楽の話をしていると、本田さんも入ってくるようになった。
本田さんがなぜ苦手だったかというと、部内で一番派手な上に、性格がアグレッシブ過ぎたからである。
試合中に流血するくらいの乱闘を起こすこともあったし、練習中にムシャクシャしたときには危険なタックルをかます、気性の荒い人だった。
本田さんは、機嫌が悪い時に一年生を並ばせて肩パンする儀式もあって(本当に進学校なのか。。)、僕も例に漏れずに殴られて青タンを作った。
入部当初から、割と嫌いだった。
しかし本田さんも、銀杏BOYZが大好きだった。
カラオケに行くと「夜王子と月の姫」を毎回一番に入れて熱唱するのがお決まりだった。長い曲で、みんな少し退屈そうにしているのも、お決まりだった。
ちなみに、本田さんも距離が縮まってから、僕の携帯を奪って、クラスのメーリングリストや女子にど下ネタのメールを送りつけた。
当時の高校生活は、携帯を奪われると一巻の終わりだったのだ。
一定のサバイバル感はありながらも、部活が居心地の良い居場所になってきた頃、銀杏BOYZが久しぶりに全国ツアーをやることが発表された。
プレーオーダーが出て、僕はとりあえず新木場スタジオコースト公演のチケットを2枚取った。
中学時代の友人でも誘って行こうかなあと思っていた。
遠征の集合場所の駅での待ち時間に、いつもの調子で赤西さんや本田さんに、銀杏のチケット取れたんですよね、とヘラヘラと話をした。
すると、二人の目つきが変わった。
「俺らの分は?」
しどろもどろになって「え?いや、え?」とか言っていたら、本田さんは「俺と赤西で行くわ。いくら?」と無茶苦茶なことを言ってきた。
なんでそうなるんだ。
しかし本田さんの目は血走っている。
すると話を聞いていためちゃくちゃ優しい横山さんという先輩が「俺も行きたいなあ。太もう二枚取れないの?」と優しく助け舟(?)を出してくれて、もう2枚取るので4人で行きましょうということにようやく落ち着いた。
二度目のプレオーダーで無事に2枚追加でチケットが取れた時には、相当ホッとした。
取れてなかったら、僕はきっとライブに行けなかった。
ライブは、12月のすごく寒い日だった。
学校が終わって速攻、4人で電車を乗り継いで新木場に向かった。
僕以外の先輩たちはライブに行くこと自体がほとんど初めてで、いつもオラオラしてくるのに、この日はすごく頼ってきた。
いつ飯食ったらいいんだ?とかこの格好でいいの?とか言ってキョロキョロしたり、会場に入ってからもどこにいたらいいの?とか不安そうにしていたので、色々と教えてあげた。
学校以外で先輩と遊ぶなんて、しかもライブハウスで遊ぶなんて、他の同級生はこんなシチュエーションないよなあと、ちょっとした優越感があった。
ライブが始まるのをドキドキ待っている時間、ふと赤西さんが「まだ内緒だから言わないで欲しいんだけど」という前置きをして僕に言った。
「実は、部活辞めるんだよね」
「え!あれマジなんですね。。」
赤西さんや、数人の先輩たちが、引退はまだ先だけれど、やめようとしているという噂は聞いていた。
「太、俺も辞めるよ」
横山さんも乗っかってきた。
「えー、、、マジですか。。。なんでですか?」
「そういうときさ、すぐに理由とか聞く?お前わかってねえなあ。だからダメなんだよ」
本田さんが、僕のお尻に蹴りを入れてくる。
本田さんは辞めないらしくて、それはちょっと残念だった。
赤西さんは
「どうせお前ら(1年)は、これで伸び伸びできるわとか思ってんだろ」
とふざけて言った後に、急に真面目なトーンになって、
「温度感が合わねえんだよ」と言った。
先輩たちは3人とも、真面目な顔をしていた。
確かに、先輩たちが、なんとなく真っ二つに分かれているのは、薄々感じていた。
部長やキャプテンをはじめとした『優等生タイプの先輩たち』、赤西さん・本田さん・横山さんたちの少し『アウトローな先輩たち』。
でも一つしか違わないのに、僕の学年よりも先輩たちはどこか大人びていて、お互い尊重し合っているように見えていたから、そんなに深刻な問題だったとは思っていなかった。『アウトローな先輩たち』は、4、5人辞めてしまうらしい。
思わず、僕も正直な気持ちを言った。
「本当に寂しいですし、先輩たち辞めるなら僕も辞めたいです」
先輩たちは少し笑って、「お前はまだ一年だし、同期も良い奴多いんだからもう少し続けろよ」と言った。
そうこうしているうちに、ライブの時間になった。
SEが鳴り止んで、峯田がギター一本で出てきた。
「うおー、峯田ー!」
野太い声があちこちから聞こえて、僕たちは揉みくちゃになって、押しつぶされたり転んだりした。
一曲目は「人間」だ。
その時は、辛うじて先輩たちの姿も確認できた。
「まわるまわるぐるぐるまわる
吐くまで踊る悪魔と踊る
戦争反対戦争反対
戦争反対戦争反対」
峯田の声が脳内にガンガン響き渡って、気持ち良い。
一緒に大声で歌うと、スッキリする。
赤西さんや横山さんも、口を大きく開けて、一緒に歌っていたのが目に入った。なんだか嬉しくなる。
一曲目が終わってモッシュ・ダイブの嵐になると、完全に先輩たちとは離れ離れになった。
それからは、口の中を切ったり頭を打ったりしながら、必死にモッシュピットに食らいついた。
ライブが終わってようやく、4人が合流した。
先輩たちはかなり興奮していた。
「殴ってきた奴がいたから殴り返して喧嘩になりかけたわ」
「ダイブの流れでステージに上がろうとしたら、警備員に殴られた」
とか、結構アウトな話をしていて、さっきまで不安そうにどうしたら良いのかという話していたのに、なんて適応能力だと思った。
帰り道を歩いていると、先輩たちがもう元に戻っていることがわかった。
本田さんに関しては、あれだけライブのしきたりに合わないことをやったらどうしようとか不安がっていたのに、僕に対して「お前なんでいんの?」的な態度をしてきて、腹が立った。せっかくチケットを取ってやったのに。
あれだけ頼りにされた挙句、打ち明け話までしてきたと言うのに、ゲンキンなものだ。
そうこうしているうちに駅に着いて、先輩たちと別れた。
一人になった瞬間、無性に寂しい気持ちに覆われる。
せっかく普段しないような話もして打ち解けた気がしたのに、明日には何事もなかったかのように、今まで通りの関係に戻るんだろうなあ。
先輩たちと、もっと仲良くなりたかったなあ。
ライブに一緒に行ってこの程度なら、もうこれ以上仲良くならないだろう。
しかも赤西さんも横山さんも、部活辞めるのか。寂しい。
本田さんは辞めても良かったけど、やれやれだ。
でも、辞めることを、二人から直接聞けて良かった。
ライブの時みたいに峯田の声を響き渡らせてスッキリしたくて、iPodのイヤホンを耳にさして銀杏BOYZを流してみた。
けれど、耳鳴りがひどくてよく聴こえない。
音楽を聴くのも諦めようと、iPodをエナメルバッグの中に突っ込んだ。
しばらくは脳内で、あのライブの余韻に浸ろう。
銀杏BOYZのライブは、なんだか夢だったような気がしてくる。
いつもライブの後は、フワフワしてしまう。
先輩たちの打ち明け話や、普段見ない姿も、夢だったんじゃないか。
ひょっとすると、新木場スタジオコーストのモッシュピットがかけた、束の間の魔法だったのかもしれない。
人間 / 銀杏BOYZ
<太・プロフィール> Twitterアカウント:@YFTheater
▽東京生まれ東京育ち。
▽小学校から高校まで公立育ち、サッカーをしながら平凡に過ごす。
▽文学好きの両親の影響で小説を読み漁り、大学時代はライブハウスや映画館で多くの時間を過ごす。
▽新卒で地方勤務、ベンチャー企業への転職失敗を経て、今は広告制作会社勤務。
▽週末に横浜F・マリノスの試合を観に行くことが生きがい。