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物語を味わう究極のレシピ 小川糸『食堂かたつむり』の読み方

この作品を一流のシェフが作ったフルコースのディナーを食べているような気分で読みました。読むというより味わったという方が良いのかもしれません。

主人公は、訳があって都会を離れ、実家に戻るために夜行バスに乗り込みます。

夜の高速道路を走る夜行バスの窓ガラスに映し出される過去と幻想。そのあたりから現実から少しつ遠ざかってゆきます。

最初に食前酒が出されて、少しずつ酔いが体の中に染み込んでゆくような感じ。それが物語の最後まで続いてゆきます。

すこしアルコールを入れて、気分を落ち着かせ、料理を味わうことに専念させる。

作者の、物語全体の設定を少し現実離れしたものにして、「味」が引き出されるようにした意図がよくわかります。

「味」は、作者の「言葉」です。

作者は、「言葉」で書き表すのではなく、「味」で表現したのです。

だから、作品に出てくる料理は、設定とは裏腹にリアルそのものになっています。食材集めから、下ごしらえ、調理の仕方、味付けから盛り付けまで、微塵の妥協もなく詳細に描写しています。

読者は料理中に漂ってくる香りを楽しみながら待ち、料理が目の前に出されると、その美しさに見とれ、思わず口に運ぶ。口の中で、食材の一つ一つがその存在感を主張して、

やがて、ハーモニーとなって大合唱をし始めます。

味覚が、脳の中を駆け巡って、そのおいしさの意味を見つけ出そうとします。

やがて、その思考が熟成され、自分なりのストーリーが生まれてきます。

そのストーリーこそが、作者の「言葉」になっているのだと思います。

この作品を読まれた方も、まだ読んでおられない方も、その点に注意してもう一度読んでみてください。新しい発見があるはずです。

特に、ラストでは、自分のかわいがっていた豚を解体して、母親の結婚披露宴でみんながおいしく食べるという総花的なハッピーエンドで終わると思いきや、突然落ちてきた鳩を料理して、自分一人で食べて締めくくるという見事なエンディングになっています。

とびっきりの濃いコーヒーで、最後は締めくくられているような感じです。後味がすごくいいのです。

ぜひ、小川糸さんの料理の腕前とその味(言葉)を十分に堪能してみてください。




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大河内健志
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