キックオフ会議とホーソン効果とボディスキャン
前職の会社員時代、営業部門をはじめとする本部、拠点、関係会社すべてで年2回、キックオフミーティングが開催されていた。
一般的にミックオフミーティングは、あるプロジェクトがスタートする時点で開催されるか、年1回全社イベントとして開催されることが多いと思う。
だから、本部、拠点、関係会社ごとに年2回の頻度で開催するというのは、(他社を知らないし、調査したこともないけれど)めずらしかったのではないか。
キックオフの発表内容は、組織の最小単位である課単位の部門別業績報告、半年前に掲げた施策の振り返りと共有、そして施策の再設定。そして、会議後には懇親会という流れだった。
キックオフには経営メンバーがほぼ全員出席していた。日程を組む際に事前に経営メンバーのスケジュールを確保した上で開催されていたほどである。
年2回、拠点への移動も含めると、開催月の半分は経営メンバーのスケジュールが埋まってしまう。
そこまでして出席する必要あるんかいな、と20代のころのぼくは思っていた。
それが年次を重ねるうち、歴代の経営者がキックオフミーティングを大事にしていたことが会社の好業績につながっていたのではないか、と感じるようになった。会社を辞めて今更だけれど、そのことについて書いてみたい。
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デイル・ドーデン著『仕事は楽しいかね?』という有名なビジネス書がある。大雪によって空港で立ち往生を余儀なくされた中年男性に対して、マックスという老人が仕事に関する奥深い講義をする、物語調の本である。
本の中でホーソーン効果について説明がされている。簡単にまとめると、
ある企業のホーソーン工場で、照明の明暗が生産性向上に与える影響を調査する実験が行われた。
調査の仮説は「照明を明るくするほど生産性が上がる」というもの。
実験の結果として、照明を明るくほど生産性は向上した。
その後が想定外で、明るさを元に戻しても生産性が変わらなかった。
追加の実験では、むしろ照明を暗くしても生産性の向上が認められた。
というもの。このホーソーン効果に言及するビジネス書はいくつかあるのだけど、この『仕事は楽しいかね?』では、実験で試すことに失敗はないという学びであるとして、実験のポイントを締めくくっている。
ただ、ぼくはホーソーン効果の大事な点は「(この実験に携わる部門の人々が)経営者の注目を浴びていると感じること」なのだと読み取った。
冒頭で述べた前職でのキックオフは、経営メンバーによる信賞必罰のために部門別の業績を監視・モニタリングが目的ではなくて、個々の部門やマネージャーへの関心や好奇心だった。
トップダウンで経営者がスピーチするかたちの全社キックオフではなく、各本部、拠点、関係会社が主役となり、経営メンバーが注目を寄せる場の設定は、ホーソーン工場のように活性化につながっていたのではないかと思う。
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これは会社という「組織」にかぎらず、人体という「組織」でも同じことが言える。
リラクゼーション手法の一つに「ボディスキャン」というものがある。
『世界のエリートがやっている 最高の休息法――「脳科学×瞑想」で集中力が高まる』という本で紹介されている手順を以下に紹介する。
本書ではボディスキャンのポイントを「身体の各部分に穏やかな好奇心を向けて、そこの感覚に気づくこと」と説明されている。
実際にやってみると体感できるのだけど、身体のすべての部分をスキャンし終えてみると、全身の血液のめぐりが良くなったような、温泉やスパですっきりした後のリフレッシュされた感覚がある。
前職のキックオフ会議で行われていたことは、このボディスキャンと同じように、経営者という意識の中核が、会社の各身体組織である部門それぞれに誠実な関心を寄せることによる活性化だったのではないか。
経営メンバーの誰彼にキックオフの目的を聞いたことはなかったけれど、ホーソーン効果の実験やボディスキャンの効用を知るうち、自分の中では、そのような結論に至っていた。
そして、このキックオフ会議の効用は、言語化されていないけれど、経営者や現場の部門長からマネージャーに至るまでが重要だと感じるがゆえに発揮されるもので、他社がかたちだけ真似しても同じ効果は得られないと思う。
そのような、組織のすみずみに対して誠実な関心や穏やかな好奇心を寄せる企業文化や風土というのは、素晴らしいものだったな、と今も思っている。