マガジンのカバー画像

#小説 記事まとめ

522
note内に投稿された小説をまとめていきます。
運営しているクリエイター

#超短編小説

ショートショート|何の影響も与えられない男

 ――ああ、会社に戻りたくない。  重い気持ちで公園をふらついていた僕は、何気なくベンチに腰掛けた。  内臓が全部飛び出るんじゃないかってくらい深く、ため息を吐く。 「何やら、悩ましげですね」  抱え込んだ頭に、隣から声が飛び込んできた。まったく気が付かなかったが、すでに誰かが座っていたようだ。  顔をあげると、初老の男性が爽やかな微笑をこちらに向けていた。  赤の他人と話したい気分ではない。  といって、無意識とはいえ、わざわざ彼の座るベンチへ並ぶことを選んだのは僕だ

¥100

【短編小説】終便配達員

 バイト先のコンビニで一緒に働いている五十歳のおじさんは、半年前に突如深夜シフトに現れた僕と働くことを喜んでいるようだった。  バイトを始めて一ヶ月が過ぎたころ、好きな作家が同じだったから、二人で記念にホットスナックを食べた。  二ヶ月が過ぎたころ、僕が通っている大学を教えたら「立派だ」と言ってセブンスターを買ってくれた。  三ヶ月が過ぎたころ、もう会えない息子がいることを教えてくれた。会えない理由は教えてくれなかったけれど、僕に優しい理由はなんとなく分かった。  四ヶ月が過

『行けたら行く』#ショートショート

「行けたら行くみたいなこと大喜利を開催します」 「空けられたら空けとく」 「ほぼ同じだ」 「脱げたら脱ぐ」 「シチュエーションが気になる」 「解けたら解く」 「解いちゃうタイプのやつ」 「話せたら話す」 「絶妙。話しそうだけど話さないかもしれん」 「付き合えたら付き合う」 「付き合おう」 「え、うん」 「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「 【あとがき】「行けたら行く」の実行確率。 「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「 【自己紹介】「ふくふ

タクシー(掌編)

「あっ、これ、困るなあ! まるっきり逆なんじゃあないの?」 「ええっ。だってお客さん、鏑木町へってさっき」 「違う違う! おれが言ったのは葛城町! かつらぎ!」 「そんな、私何度も確認したじゃあないですか」 「聞き間違えたあんたが悪い! ここまでの分の料金は払わないからな!」 「勘弁してくださいよ、お客さん、それは困りますよ」  男はどん、と運転席の背中を蹴り、 「おれを誰だと思っていやがる! お前なんて、ウチの会社が本気出せば、こうだぞ!」  どん、どんと更に二回。それから

短編小説 夏の終わり

 柴犬は上を見た。渼子は溶けるような表情をしている。喉を撫でられる。今度は柴犬が溶けるような顔になる。  暑かった。縁側で風鈴の音がする。もうじき雨が降る。土が濡れたような匂いがする。 「花火大会、中止かな?」  渼子は家の中に向かって声をかける。どうかなぁ、とおかあさんの声がする。  渼子は浴衣姿のまま柴犬を撫で続ける。柴犬は浴衣の裾にじゃれたくて仕方ない。渼子の周りをうろうろする柴犬の喉を渼子は何度も指で掴む。柴犬は目を細め、腹を出しそうになる。渼子は掴む。喉の毛皮は全て

薔薇

「例えば、赤い薔薇の花言葉ってなんだと思う?」 「情熱とか、美とか、あとは愛情とか。そういうイメージ」 「そう。正解」 そう言って彼女は僕に赤い薔薇を渡す。 「じゃあさ、白色は?」 「純潔とか、清純とか。ピュアな感じだったかな」 「あと、私は貴方に相応しい、とか」 勿論そんな風に言われてるだけに過ぎないけど。彼女はそう付け足し、白い薔薇を渡す。 「青色の薔薇は、どうかな?」 「え、存在しないんじゃないの?」 「いつの話よ」 夢叶うだよ。彼女は青色の薔薇を

本と付箋とメッセージ

彼はいつもひとりだ。 ぼんやりと車窓から外を眺めていることもあるが、大抵は本を読んでいる。 私が降りるひとつ前のバス停にある高校の制服。 毎朝、同じ車内で見かけるだけ。 ただそれだけなのに目が離せない。 先週、本を読み終えたのだろう。彼の持っているのは文庫本からハードカバーに変わっていた。 少し長めの前髪とメガネの下で伏し目がちに文字を追う長いまつ毛を盗み見ていることはきっと知られてはいない…はず。 毎朝15分だけ乗り合わせるバス。いつもなら何事もなく過ぎていくのだけれど、

【短編小説】ピクニック家族

ある晴れた昼下がり。 家族が公園でピクニックをしていた。 「ここは全部が広く見渡せていいなあ」 「そうねえ」 大きな木のした、その家族はレジャーシートの上でただただ公園を眺めていた。 「お母さん見て!ちょうちょ!」 「あらほんとねえ」 「ねえ、お父さあん」 「なんだい?」 「追いかけてきてもいい?」 「あんまり遠くに行っちゃだめだよ」 「わかった!」 聞き分けのいいこどもはレジャーシートの周りでぐるぐるちょうちょを追いかけ回した。 お父さんとお母さん

とある讃岐うどん屋の閉店日に起こった奇跡

 長らく親しまれていた讃岐うどん屋が閉店することに決まった。別に店が経ち行かなくなったわけではない。ただ店のオーナーの老夫婦が年齢の限界を感じで店を閉店することに決めたのである。オーナーの夫婦は「うちにも子供がいればよかったんだけど」と寂しい笑みを浮かべて語っていたが、こうして長らく親しまれていた店がなくなっていくのは悲しいものがある。  今回はその老舗の讃岐うどん屋の閉店日に起こった出来事を書こうと思う。さて長らく親しまれてきた店の最終日だけあって店内は満杯になった。オー

終の棲家(ショートショート)

ここへ来るのは何年ぶりだろうか。 北陸のある港町。私はここで生まれ、育った。 だがこの町に住んでいた両親が他界した後は、ここを思い出すこともなかった。数年前にあのネットニュースの記事を見るまでは。 『 最後の住民がお引越し。人口ゼロの町に 』 ニュースによると、町に最後まで残っていたある高齢者が施設に移ることになり、そこに住む人がとうとうゼロになったという。古い建物はそのままにし移住者を募集するらしい。 「移住者募集か。しかし何もないあの町では…  残念ながら今後は

ショートショート62『間が悪いやつら』

「……ほんと、間が悪い……」 時刻は深夜2時をまわった頃。 親友のユミから、“ナギサ~!告白してめでたく彼氏できたよ~”っていうLINEと、 わたしの彼氏のリョウ君から、“ナギサごめん。疲れた別れよう”っていうLINEが、 同時にきた。 間が悪い。 脳の処理能力が追いつかない。 別にユミは悪くない。ずっと相談にものってたし。めでたい。 リョウ君は……少し悪いかな。LINEで言ってくるなよ。会って言え。気持ちは分かるけどさ。せめて電話してこい。 何にしても“間が

チュバキュローシスの卵

 私が庭で一生懸命にチュバキュローシスの卵を洗っていると、近所の子供がきて言った。 「それ、チュバキュローシスの卵だろ」 「よく知ってるね」と私は返した。「危ないから向こうへ行き」 「お父さんが、チュバキュローシスの卵なんか洗ってる人には近寄るなって言ってた」と子供は言った。 「だから向こうへ行きってば」 「言いふらしてやる、この家はチュバキュローシスの卵なんか洗ってるぞって」  私がどう言い返そうか考えていると、その子の父親らしき男が慌てた様子で走ってきた。「何してるんだ!

タネも仕掛けもございません

 凄腕のマジシャンがいた。シルクハットからウサギを出すとか、アシスタントの体を真っ二つにするとか、そういうありきたりなものは当然のことながらお手の物。高層ビルを消して見せたり、橋を消す。タキシードの懐から象を出す。金魚をクジラに変えて見せる。そのスケールは桁外れ、他の同業者たちは自分の影が薄くなると結託し、殺し屋を雇ってそのマジシャンを抹殺しようとしたが、その殺し屋はマジシャンの手で猫に変えられ、その殺し屋を雇った同業者たちはハツカネズミに変えられたという話がまことしやかに流

ショートショート「古賀とホチキス」

大学に入学し、早3ヶ月が過ぎた。 人見知りのぼくにもようやく友達が出来た。 同じ学科で何度か授業や食堂で顔を合わせるうちに 少しずつ喋るようになり、読書が趣味だということがわかってからはかなり距離が近づいた。 学校が終わったら古本屋や本屋に行ったり、 ファミレスで今まで読んできた本のことをお互い話す時間は楽しかった。 ただ一つ、彼はかなりのずぼらであった。 古賀満はなんでもホチキスで止めるホチラーであった。ホチラーというのは彼が作った造語であり、何でもかんでもホチキスで止める