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#小説 記事まとめ

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2022年1月の記事一覧

流星葬【短編小説】

 長らく音信不通になっていた父の消息が分かったのは先月のことだ。父は僕が十八歳の時に、僕と母を捨てて女と逃げた。行方をくらまして以来、二十二年が経っていて、霊安室に横たわる老人の遺体を見てもほとんど実感が湧かなかった。  遺体が発見された時、枕元には僕宛の手紙と、とある葬儀業者のパンフレットが入った封筒があった。手紙が入っていた封筒に書かれている連絡先は僕の現住所で、父がそれを知っていたことに驚いた。母が亡くなった時も行方が分からず、連絡できなかったけど、もしかしたら父は母

春が半分泣いている。

「彼女、美人だけどニコリともしないでしょ。だから”冷子さん”」  西藤さんは紙の左上をホチキスで留めながら言った。何も応えられずに曖昧な笑みを浮かべると、「悪い人ではないんだけどね」と控えめに付け加えてから別の話題に移っていく。  私はほっとしたのを気付かれないように相槌を打ちながら、別のデスクの島で黙々と作業をするその人を横目に見た。  清潔感のある白い壁紙に艶を消した灰色のオフィスデスクがひしめく一室。密やかな話し声と複合機が紙を吐き出す音が満ちる中、その人だけが別

真藤順丈【ヴンダーカマー文学譚】一人目 蒲生の賞金稼ぎ

「夢にすがることは、万能の薬でも尊い美徳でもなんでもない」 新人賞4冠受賞。売れないどん底時代から、直木賞受賞――物語に憑かれた「憑依型作家」の真藤順丈が本領を発揮する、小説家ワナビーたちの数奇な群像劇。連載再開を前に、第一話「一人目」を80枚一挙掲載ッ! Illustration:MOTOCROSS SAITO 「ヴンダーカマー文学賞」原稿募集!◉賞の概要 ヴンダーカマー(Wunderkammer)とは十八世紀の半ばまでヨーロッパで流行した文化で、あらゆる珍品奇品(動物

蝉が鳴くころに|短編小説

氷がとけるようにあいして欲しかったのに、母は呆気なくシんでしまった。みっさんは号泣しながら、葬儀について話し出した。 「喪主はみっさんでええかな?」 と、言うから、 「うん。」 と、私は俯いたまま応えて幼女のように脚を交互にぶらぶらさせた。 みっさんは母の再婚相手で一緒に暮らしはじめて五年が経過していたけれど、みっさんのことを父だと周囲の人に公言したことはなかった。はじめて出会った時も母から、 「この人はみっさん言うねん。」 と、紹介されたし、 「無理に父さん

地下鉄空想旅行

ちょうど終電を目の前で逃して絶望していると、掲示板に「臨時 0:45」という表示がパッと突然現れた。 こんな時間まで仕事をしていた俺は疲れ果てていたため、この「臨時」を待ってみることにした。「もしかしたらこの地下鉄が俺に同情してくれているのかもしれない」なんて思いながら、充電が残り少ないスマホを、何を見るわけでもなくただ触っていた。 0:45、目の前にたった1両しかない列車がやって来た。行き先は俺の最寄駅を通る。俺はこの車両に乗り込んだ。 車両には俺とお婆さんが乗ってお

優美な死骸#1「色は匂えどアンドロイド」

もうすぐ夏がおわるね、台風が来ると季節がひとつ進むらしい。 この時期はじさつを志願する者が増えるときくけど、気持ちはけっして分からないでもない。今日を生き抜いた奇跡に乾杯、さて、三日月ブログのおじかんです。 ふと思い出したこと。あさのあつこ著の『No.6』という小説を中学生のある時期にわりと熱中して読んでいた。 それをクラスの男子(だんし!)に勝手に読まれて、天才同士の子をつくるために性交をしましょう?みたいな文を見つけられて、わ〜!!!三日月えろいの読んでる〜!!!と

本屋大賞ノミネート作品『赤と青とエスキース』の第一章を特別掲載します。ぜひご一読ください。

「2022本屋大賞」ノミネート作品『赤と青とエスキース』。 2021年本屋大賞2位『お探し物は図書室まで』の著者青山美智子の、新境地にして勝負作! メルボルンの若手画家が描いた1枚の「絵画(エスキース)」。 日本へ渡って30数年、その絵画は「ふたり」の間に奇跡を紡いでいく――。 2度読み必至!仕掛けに満ちた傑作連作短篇。 ●プロローグ ●一章 金魚とカワセミ メルボルンに留学中の女子大生・レイは、現地に住む日系人・ブーと恋に落ちる。彼らは「期間限定の恋人」として付き合い始

交代劇

illustrated by スミタ2022 @good_god_gold  業績がかなり悪化していることはわかっていたものの、さすがに社長が解任されるとは誰も思っていなかったので、突然の報せを受けた社内には大きな衝撃が走った。  一般社員の間だけではなく、最上階の役員フロアでも真偽のわからない噂が飛び交う。 「まさか取締役会を通さずにオーナー権限で解任するとはな」  応接に集まった役員の一人が低い声を出した。 「どうやら新しい社長は茂禄子さんらしいんだが、何か聞いているか

¥100

お弁当。

都内の少し大きな公園に、一台のワゴン車が止まった。すぐに若い女の子たちが集まる。 「お弁当ください!」 女の子たちの目的は、そこで売られるお弁当だった。車内の、二十代半ばほどの女性の店主がお弁当を売る。 「かわいい!」 お弁当を差し出すたび、女の子たちはそう言う。その笑顔はとても可愛い。 そして、女の子たちはスマホを取り出す。 友達同士で集まって写真を撮ったり、撮った写真をSNSに上げたり、自分の撮った写真を見せあったりしている。店の前は、とても盛り上がっていた。

お正月小説『君想ふ』

 中学三年で迎えた正月は、昨日と同じようにやって来た。 「ピンポン、ピンポン、ピンポーン」  朝7時、玄関のチャイムが鳴る。  朝一番で、二駅離れた大きな神社に初詣に出かけた家族は、まだ帰っていない。  昨晩、紅白歌合戦も見ずに夜遅くまで過去問題集を解いていたから、まだ眠くて、来客を無視したい。  が、チャイムの主に心当たりがありすぎて、仕方なくベッドから起き上がる。  パジャマの上にお気に入りのピンクグレージュのカーディガンを羽織り、玄関の鍵を開けると、その瞬間にド