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#小説 記事まとめ

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note内に投稿された小説をまとめていきます。
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2021年4月の記事一覧

ショートショート『ヨシダは死にました』

「ヨシダはいねぇのか、ヨシダを出せコラ!」 「ヨシダは、死にました。」 「…………!!!!」 人が、言葉を失った瞬間にはじめて出会った。 + どこにでも、物申したいひとはいる。 不満を解消したいわけじゃない。怒ってるわけじゃない。何かを得たいわけじゃない。 ずっと、言い続けたい。そんなひと。 コールセンターに長く勤めていると、嫌でもひとの嫌な面を見る。たとえどんなに素晴らしい商品でも、会社でも、サービスでも、必ず一定数言い続けたいひとに遭遇する。 だって、完璧は

津原泰水「飼育とその技能」第1回 とうかさん(1)

祖母や母からサンカ(広島を中心に分布していた無国籍人)の「ジリョウジ」の血を受け継ぐ大学生、界暈(さかい・かさ)は、ある事件をきっかけに「ジリョウジの力」に目覚めていた。やがてその力が、かつて広島であった恐ろしい出来事に自らを引き寄せてしまうとも知らずに。 Kirie:Shinobu Ohashi  本通(ほんどおり)はごった返していた、朝顔、牡丹、向日葵、菖蒲(あやめ)、百合に麻の葉に紫陽花ばかりか、梅や桜や椿までもが狂い咲いて。 「お祭ですか」絵になるまとめ髪でも探し

夢を食らいそして与える

「あれがバクか。まるで白いパンツをはいているみたいだな」  海陽は優奈を連れて動物園に来ていた。目の前にはマレーバクがいる。ふたりがバクの前にきたのは、動物園の入り口にこう書いてあったから。 『本日4月27日は、世界バクの日(world tapir day)です。絶滅の恐れがあるバクの保護を、世界中で呼びかける日。ぜひ当園のマレーバクを可愛がってください』  そのためか、いつもならもっとメジャーな動物に、多くの見物客が集まるのに、この日ばかりはマレーバクの檻の前に、多くの見学

山路を登る『草枕』は全クリエイターに読んでほしい作品だった @derami_no

おはようございます。今週、弊社ラブソルでは「私を変えた一冊」と題して、noteテーマウィークを実施中です。 わたくしデザイナーの小野寺は夏目漱石の名作『草枕』をご紹介します。 出会いは、書店ではなくPC上 それも、とあるツールの上で「山路を登りながら、こう考えた。」 皆さん、この一文、ご存知ですか? Illustratorを使う方はお馴染み。文字ツールでテキストを打ち込もうとすると入力されるアレです。(私は心の中で「ヤマミチ」と呼んでいます。) 時々悪さもする、ヤマ

短編小説「流れ星の願い」

 虹色の若草が果てしなく広がる草原で、星々の母は、微笑みを浮かべつつ遠く美しい空を見上げていた。そこには幾つもの流れ星が舞い降りて来て、止めどなく光の雨を降らせている。ある流れ星の一団が、星々の母の前に降り立つと、それらは小さな子供達に姿を変え、一斉に「ただいま!」と母の胸に飛び込んでいった。星々の母も両手をいっぱいに広げ、優しく子供達を抱きしめる。 「おかえり、私の可愛い子供達。地球への旅はどうだった?」  星々の母が子供達にそう訊ねると、「楽しかったよ」と皆が同時に答

『本日は、お日柄もよく』言葉の力を借りて、小さなことでくよくよしなくなった話 @saayoo345

おはようございます。コンテンツ事業部のさよです。 今週はラブソルnoteテーマウィーク!「私を変えた一冊」として、こちらの本をご紹介します。 原田マハさんの小説、『本日は、お日柄もよく』。 出会ったのは今から6年前の2014年でした。 当時、28歳。アパレル業界で働いていた私が、この本を通じてスピーチライターという職業に出会い、漠然とではありますが「言葉の力ってすごいな。こんな仕事をしてみたいな」と思ったきっかけの本です。 <あらすじ> OL二ノ宮こと葉は、想いをよ

短編小説「消えないもの」

 静かな教室に、国語の教科書を音読する声が染み渡っていた。  私は教科書なんて引き出しの奥に仕舞い込み、夢中でノートに絵を描いていた。小さい頃から絵を描くのが好きで、退屈な授業の時はいつも絵を描いてやり過ごした。でも、その日はどうしても自分の納得いく絵が描けなくて、何度も何度も消しゴムを擦り付けては自分の描いた絵を消していた。  気付けば私の机の両端には消しかすが山の様に積み上がり、すっかり周りの様子が見えなくなっていた。ふと何かの拍子で大量の消しかすが机の下に零れ落ち、「掃

ショートショート(2話目)夏祭りの日しか開かない喫茶店

夏祭りが終わり、わたしは自宅へと歩いて帰っていた。 夜の9時とはいえ、まだまだ暑さは厳しい。 Tシャツは汗を吸っていて、少し重みを感じる。 喉が渇いたので自動販売機を探したが、なかなか見当たらない。 身体は水分を欲しがっていた。 このままでは脱水症状になってしまう。 と、そのとき、古びた喫茶店があった。 看板には、「喫茶コロラド」と書かれている。 私は喉の渇きに耐え切れず、喫茶コロラドに入った。 中に入るとおじいさんが一人立っていた。 おじいさんは少しびっく

春のめざめ、甘やかな記憶たち

編集部より:今春、作家ヴァージニア・ウルフへの愛情に溢れたファンブック『かわいいウルフ』が出版された。編著者である小澤みゆきさんに、ウルフと香りにまつわるエッセイを寄稿いただいた。新しい季節に、甘い青春の香りが蘇る。 この春、『かわいいウルフ』という編著を出版した。もともとは同人誌として作った本の商業書籍版だ。20世紀イギリスの作家ヴァージニア・ウルフという人を特集した本で、様々な面からウルフの魅力を明らかにしようと試みている。難解と言われがちな作家だが、親しみやすい側面も

試着室で思い出せなくなったら、もう本気の恋じゃないんだと思う

尾形真理子さんの「試着室で思い出したら、本気の恋だと思う」という言葉を試着室でふと思い出した。試着室の中で、誰も思い出せなくなった私は、もう恋愛をしていないのかもしれない。恋人と一緒にいるのは、そこに愛があるからではなく、別れの決め手がなかっただけに過ぎない。感情論だけの皆無に等しいセンスに飽き飽きした私は、明日あなたとさよならをする。 別れの決め手を探し続け、怠惰な気持ちで恋人と一緒にいる私は、誰がどう見ても残酷な女だ。たしかに少し前までは、あなたを思い出していた。そこに

シャンプーされている間膝がかゆい地獄

「かゆいとこないですか?」  白いベールの向こうから問いかけられた時、右の膝がたまらなくかゆかった。今すぐにでもシャンプーを中断していただき、両手を使ってかきむしりたかった。しかし、膝がかゆいですと答えるわけにもいかない。シャンプーを中断してくれと頼む度胸もなかった。 「あ、はい、は、はい」  がまんしながら返事を絞り出す。とにかく早くシャンプーを終えていただき、立ち上がりざまにさりげなく膝をかくのだ。という算段だったのだが。 「ほんとですか?なんかかゆそうな声してますよ。も

死神

「残念ながら、あなたは死にました。」 黒い服を着た男は、にこやかにそう言い放った。 死神と名乗る男が死神という肩書きの書かれた名刺を持って来て死亡宣告をして来た日から今日で一週間。 驚くほどに何もない日々を送っている。 いつもと同じ時間に起きて、バイトへ向かって、仕事をこなす。 死んだと言われてはいそうですか。なんてなる訳もなく、本当に死んだのなら何かしら日常が変わってもいいはずなのにそれもなく、代わり映えのしない七日間は一瞬で過ぎた。 「あなたが死を受け入れないと天界に

物語食卓の風景・夫婦の時間①

 真友子はさっそく航二の行動を観察することにした。美紀子と別れて家に帰ったら、航二が風呂に入っていて、スマホがダイニングテーブルに置いてあった。いくらなんでも心の準備ができていない、とドキドキしながら真友子は寝室に入って上着を脱ぎ、ペンダントを外す。  シャワーの音が止んだ。そうか、今日は私がいないからシャワーにしたんだ。お風呂ぐらい洗って入れてくれたらいいのに、あの人は私の帰りが遅いとシャワーで済ませてしまう。私だって遅く帰ってから湯船に漬かりたいときもあるのにね。そう言

透明少女

心地よく吹いていた春風がとつぜんぴたりと止まって、思わず読みかけの本から顔をあげた。 ソメイヨシノの樹が面積の大半を占めるその小さな公園には、ベンチに座るわたし以外に人影はなかった。あまりにもぴたりと風が止んだので時間が止まったのかと思ったけれど、もちろんそんなことはなく、花びらは絶え間なく舞い落ちるし、小さな羽虫は嬉しそうに飛んでいるし、ブランコは大きく揺れている。 あれ、とわたしの目線はブランコのところで留まった。 公園には唯一の遊具として錆びたブランコが備えつけら