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透明少女

心地よく吹いていた春風がとつぜんぴたりと止まって、思わず読みかけの本から顔をあげた。

ソメイヨシノの樹が面積の大半を占めるその小さな公園には、ベンチに座るわたし以外に人影はなかった。あまりにもぴたりと風が止んだので時間が止まったのかと思ったけれど、もちろんそんなことはなく、花びらは絶え間なく舞い落ちるし、小さな羽虫は嬉しそうに飛んでいるし、ブランコは大きく揺れている。

あれ、とわたしの目線はブランコのところで留まった。

公園には唯一の遊具として錆びたブランコが備えつけられていた。そして、2台あるブランコうちのひとつだけが、今大きく揺れている。

誰か、さっきまで乗っていたんだっけ。

本を読むのに集中していたとはいえ、誰かがいればそれなりに気配はあったはずだ。それに、昨日の雨でぬかるんだ地面には足跡ひとつついていない。

うーん、不思議だ。

わたしはなんとなく目が離せなくなってしまい、読みかけの本を閉じた。

はじめは誰かが降りた余韻で揺れているのだと思った。でも今まさに誰かが乗っているというように、ブランコの揺れは次第に大きくなっていく。

そうか、とわたしは思う。誰かが乗ってるみたい、じゃない。じっさいに誰かが乗っているのか。

そう考えた方が納得のできる揺れ方だった。姿は見えないけれど、とても嬉しそうだったから。そうだよね、ブランコ、楽しいもんね。

心の声に反応するように、揺れはどんどん大きくなっていく。まるで、止まってしまった風をここからもう一度起こすんだとでもいうような勢いだ。

つられたように、地面に落ちたての桜の花びらがくるくるとつむじ風をつくる。停滞していた空気がゆっくりと動きだす。

やがてブランコは、かなりの揺れ幅になった。乗っているのが人間だったら、ちょっと危ないんじゃないかと思うほど。でも、その見えない誰かは、少しも速度をゆるめずに、ずいぶんなめらかに漕いでいる。太陽はちょうど空のてっぺんに輝いていて、まるでその太陽に飛び立とうとするような力強さだ。

そして、地面とほとんど水平の高さまでブランコが上りきった、そのほんのわずかな一瞬。太陽の光を受けてきらめくように、ブランコに乗る誰かの姿が、わたしの目に映った。

それは半分透けた少女だった。三つ編みをなびかせて、ピンと伸ばした片足を嬉しそうに空へ蹴り上げている。

そして次の瞬間、彼女は両手を鎖から離した。

あっと叫ぶ間もない。ブランコの反動を上手に使って、半透明なその少女は空へ向かって高く飛んでゆく。

一連の絵が、スローモーションに感じられた。両手を離して飛び出した少女は、そのまま溶けるように空へ消えていき、もう見えなくなってしまった。

残されたブランコは、急にあるじを失いがくんと力なく落っこちる。

その瞬間、また春風がやわらかく吹きはじめた。葉っぱのこすれ合う優しい音が、現実へと引き戻すようにあたりをつつみこむ。

わたしはしばらく、もうぴくりとも動かなくなったブランコを見ていた。

やがて幼い兄妹が先を急ぐように走ってきて、嬌声を上げながらブランコに飛びつく。そしてわたしはようやく、膝の上で閉じられたままの本を開くのだった。


***

風もなく揺れるブランコ青空に透明少女が片脚のばす

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