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#小説 記事まとめ

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2020年9月の記事一覧

スイセイのこと 1

☞1 僕は、お母さんの作るラーメンなら食べる事ができた。 と言っても家に銀色の寸胴を持ち込んで鶏ガラでスープを取って、麺は自家製麺でとかそんな本格的で壮大なものでは全然なくて、それはインスタントの袋めんだ。というのも僕は昔から食べられる物が少なくて、それは一般的には『偏食』とか『わがまま』とか言われるものなのかもしれないけど、本当に本気で食べられないものは食べられない、口が咀嚼を拒むし、喉が嚥下を許さないし、胃が受け付けてくれない。 だから僕が一口に「ラーメンが好きだ」

#リライト金曜トワイライト の前に。

2020.10.8 〆切を追記しました。10/9トワイライトです。最下部をチェックよろしくお願いします。 「#リライト金曜トワイライト」というお祭りをやりまーす。生んだ子供を一緒に育てるような気分でリライトしてもらえるとめちゃ嬉しいです。なんか変ですね。酔っ払って書いてませんよ。池松潤が読んだ事の無い「週末恋愛小説」が読める気がしてます。 池松潤(いけまつじゅん) 情報発信学/ 講演家/ アウトプットLAB主催 / サイボウズ式第2編集部所属。慶応義塾大学卒業後、大

俺と便意が運命のチキンレース【ショートショート】【#95】

 その白いドアをあけ、ズボンを下ろすと、俺はあわただしく便座にすわる。  その時、初めてヤツの存在に気がついた。真正面のドアの下から30センチほどの場所。そこにいた1匹のクモ。それがヤツだ。大きさにして1センチに満たず、ごげ茶色。巷でもっともよく見るクモの姿と言ってもいいだろう。  自慢ではないけれど俺はクモがたいへん苦手だ。子供のころ、木々の間を走りまわって遊んでいてたときに、顔中にクモの巣にまとわりつかれ、慌てて取りはらってひと安心と思ったのもつかの間、足に5センチは

奇跡

15年6ヶ月28日3時間58分15秒。 それが、彼女を飼った時に告げられた“余命”だった。 数十年前まで、ペットの殺処分が社会問題になっていた。 好きで飼ったはずなのに、なぜ愛情を失ってしまうのか?――それは、共に過ごす時間が“限られたもの”であることを、飼い主が忘れてしまうからだ。 そうした動物愛護協会の指針により、全ての飼い主に、ペットの「余命告知」が義務づけられた。 残り時間を自覚させることで、ペットへの愛情が高まるというわけだ。 AIの発達により、現在では正確な寿

手作りケーキを食べながら聞いた「生活を支える好きなことは呼吸と同じようなこと」の話

 私はもう一度チーズを手に取る。それから今度はじっくりと味を確かめるようにしてチーズを噛んだ。チーズの弾力が感じられた後に、鼻に香りが抜けてくる。意識して味わうとこんなに味が違う。 「おいしいかね?」  デンマークのコペンハーゲンに暮らすアートコレクターの老人は、レモンの入った炭酸水を飲みながら私に聞く。彼の部屋には小さなアート作品が壁いっぱいに飾られている。 「すごく。なんか味がさっきと違って感じられます」 「食べるというのは、空腹を埋めるためにあるわけじゃないからね。五感

デンマークで聞いた「執着を捨てると物事は実現しやすくなる」の話

「彼はパン屋になったとして、彼女はその後どうなったんですか?」  デンマークのコペンハーゲンに住むアートコレクターの老人のところに話を聞きに来ていた。コーヒーを飲みながら、パン屋になったアーティストの話や人生を豊かにする方法を聞いている。  アーティストの彼と一緒に住んで生活を支えていた彼女。パトロンとして彼をトップアーティストになるまで育てようとしていた彼女だったが、彼はアートをやめてパン屋を始めてしまった。彼の新しい人生を最後に後押ししたのが、この老コレクターだったのだ

爆発塩大福殺人事件 【前篇】

 旧国鉄S駅を出てすぐに賑やかな大通りに出る。  通りの中心には寺があり、その境内に佇む地蔵が全国的にも有名だ。 「あらゆる病を癒やす」という地蔵様のご利益にあやかろうと、季節を問わずに人々——主に年寄り連中が集まり、そんな彼や彼女たちから少しでも収益を得るため、いかにも年配者が好みそうな煎餅や茶、健康食品または精力剤、それから仏具に法具に衣類や小物などの販売店、そしてもちろん鰻に蕎麦や鼈などを食わす飲食店など、とにかく雑多な商店がみっしりと軒を連ねている。  そういうわ

歴史の証明

てりやきバーガーで満たされた口内、危うい活舌で彼女は言った。 「時たま食べるマックって何でこんな美味しいんだろ?」 「それは、それが僕等にとっての原初的記憶の味だからじゃないかな。帰り道に友人と連れ添って食べたポテトのⅬサイズ、母親が持ち帰ってきたハッピーセット、学生時代おやつに食べたバーベキューソースをでっぷり付けたチキンナゲット。思い出の味は何だって美味しい。上の世代にとってのそれは駄菓子屋の小さなヨーグルトだったり、色鮮やかな金平糖だったり……僕等にとってのそれは、マ

Any day now / vol.4

vol.1はこちらからどうぞ ユウジくんの告白は私には重すぎた。 何と声をかけていいのかさっぱりわからない。 ただ黙って、そのギリギリの精神状態で絞り出すユウジくんの声を受け止めることしかできなかった。 今夜のボルドーはいつもよりもズシリと重い。その豊潤な渋みは、飲み込んだ後もいつまでも喉の奥に絡みついて離れない。この深い味わいを楽しむには、心が軽くなければその主張しすぎる重さを持て余してしまうようだ。 その時、ケータイの着信音が鳴った。 私のケータイではなく、ユ

ジュディマリも知らないくせに

憤慨した。 私の何を知っているの?胸ぐらをつかんでそう叫んでやりたかった。 でも今年で34才だし、なんか大人げないなって。ぎりぎり踏み止まった。 何よりここはファッションビルの婦人服売り場。大声を出すことは許されない。店長の私にとってこの店はいわば聖域だ。 その聖域にまだ24才の本社から来たガキンチョ女が、一丁前にアドバイスし、私のプライベートにまで土足で上がり込んできたので、憤りを隠せなかった。 「以後、気をつけます」 そう頭を下げた私が、頭を上げる前にあの山下

朝陽のプロポーズ:ショートショート

 お互いにお互いの心の寂しさは埋められないと知っていたから、朝陽との関係は、実に淡泊だった。  夜、ホテルの近場で落ち合い、特に何かを話すでもなく、部屋に入るや愛撫して行為にいたり、朝は最寄りの駅で、別々のホームへ向かってお別れをする。  心のつながりといえば、そのときに交わすささやかな微笑くらいだった。それは不思議な瞬間だった。彼女の口元が微かな笑みをたたえた瞬間、それは空間の裂け目のようであり、ひずみのようであり、極微なズレ込みさえ許さない、一切合切あるべき所に固定された

フレンドリーな取り立て屋さん6 今日も誰かの背中を押す

「おい、お前。ちゃんと人生を楽しんでんだろうな」 仕事を終えた私が会社を出てバイト先に向かっていると、背後から声をかけられた。 少しかすれた低い声に、ぶっきらぼうな口調。 驚いて振り返る。そこにはふたりの男の人が立っていた。高そうなスーツを着た長身の男性と、サングラスに派手なアロハシャツを着た……。 思わず「あ」と声をもれる。 以前、父が作った借金の取り立てに来た人だ。 「フレンドリーさん!」 そう言うと、アロハシャツの男の眉間に深いしわができた。 「なんだそのフレンドリーさ