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歴史の証明

てりやきバーガーで満たされた口内、危うい活舌で彼女は言った。

「時たま食べるマックって何でこんな美味しいんだろ?」
「それは、それが僕等にとっての原初的記憶の味だからじゃないかな。帰り道に友人と連れ添って食べたポテトのⅬサイズ、母親が持ち帰ってきたハッピーセット、学生時代おやつに食べたバーベキューソースをでっぷり付けたチキンナゲット。思い出の味は何だって美味しい。上の世代にとってのそれは駄菓子屋の小さなヨーグルトだったり、色鮮やかな金平糖だったり……僕等にとってのそれは、マクドナルドなんだ。だから僕はこのファストフードを美味しいと思ったことはただの一度も無い。僕にはそんな思い出は無いからね。身体に悪いジャンク、僕にとってはそれ以上でも以下でもない」
「よく舌が回りますね。ポテト冷めますよ」

確かに、鮮度は刻一刻と落ちてるようだ。折角彼女がポテト揚げたてと注文したのに、僕がつまむそれは既に萎びつつある。時刻は11時、比較的空いた店内、三階のフロア、向き合った僕等は作戦会議に興じる。

「今回はどうすんですか。力尽くとか」
「暴力は人間の想像性を蹂躙する。だから嫌だ」
「でも弱そうな男じゃないっすか。ちょっと脅せば大人しくなるんじゃないですか」
「それでも僕は選ばない」
「じゃあ、ネットでアンチとして叩きまくるとか」
「今のご時世クレバーじゃ無い」

彼女はポテトをバーベキューソースに浸す。その暴力的な味のソースは全ての素材の味を蹂躙する。多分彼女はこの紙ナプキンでさえ、このソースに浸せば存ぜぬ顔で食せるだろう。

「ウミさん、ちゃんと考えてる?」

僕をウミさんと呼ぶ彼女の言葉遣いは丁寧であったりぞんざいであったり……とにかく一貫性が無い。

「会って話してみようと思う」
「懲りましょうよ。またボコられますよ」
「その時はやり返せばいい。彼はひ弱だし、腕っぷしなら負けはしない」
「さっきと言ってる事違いますよ」
「暴力に一番効率的な応対は暴力だ。人類の歴史が証明してる」
「ウミさん、結構軸のブレた男だよね」

何も矛盾してない筈だけどな。僕は自身の萎びたポテトを彼女のバーベキューソースに浸してみた。口に含むと、やはりソースの味しかしない。僕は顔をしかめる。

「未来で聞いたげますよ。ウミさんが同じ様にポテト食った時、おいしい?って」
「どうして」
「歴史の証明に」

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