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#小説 記事まとめ

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note内に投稿された小説をまとめていきます。
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2020年7月の記事一覧

第1話 生牡蠣とどん底 金原ひとみ「デクリネゾン」

金原ひとみさんの小説『デクリネゾン』が単行本になりました。 こちらでは連載時の第1話を公開しています。 「であるから、私は繰り返し、繰り返しいうが、原子は少々斜に進路を逸れるに違いない。」(『物の本質について』ルクレーティウス著、樋口勝彦訳、岩波書店) illustration maegamimami  人参をキューブ状に切り分けながら、数ヶ月前の記憶が蘇る。ホームパーティにキッシュを持って行った私に、人参が正方形すぎて気持ち悪いとひかりが眉をひそめたのだ。正方形の植物

【戦国ショートSF】在宅勤務が長すぎてそういう感じの気分になる織田信長

雨で煙る街並みは、火縄銃が放たれた合戦場のような、鈍い白色だった。 リモート勤務がはじまって3ヶ月が経つ。信長は会社から持ち帰ったノートPCに顔を青白く照らされながら、昨日までに仕上げるはずだった集計データを打ち込んでいる。白い格子模様が、いくつかの文字と数字で満たされていく。 エクセルに昔いたイルカが、いなくなってしまったことが寂しい。同僚の山田が「イルカは漢字で海豚と書くのだ」と嘲笑まじりにメッセージを送ってきた時、信長は無性に腹を立てたものだ。自分はこのイルカという

【小説】ホワイトソースを混ぜる夜

「よいしょ」、思わず声が漏れてしまった。 大きなエコバッグには、何でも入る。 その代わりにずっしりと重たくなり、わたしの腕に食い込んでくる。 部屋の灯りをつけて、手を洗う。 今日は早く帰ってこれた、と思うのと同時に、色んなことを後回しにして、逃げるように帰ってきた会社のデスクを思い出し、気が重くなる。 「いやいや、違う」 また、つぶやきながら、慌てるように手を洗い、すべてを流し落とした。 一人でいると、独り言が多くなる、と誰かが言っていたけれど 一人でいれば、全部が独り言

【楽曲連動型小説】『僕らの感情崩壊音』 第一章「ドンガラガッシャンバーン」

私とバンドマンの彼との同棲生活も、はや一年半が経過していた。 6畳の部屋に、猫と私が一匹ずつ。 彼は26歳で、髪は白いほどの金髪を肩まで伸ばしていて、バイトは人と極力関わらなくていいピザの配達で、ギターを弾いてて、ヘビースモーカーで、音楽のジャンルはメタルが好きで。 そしてバンドは、売れてない。 彼は26歳に見えない童顔で、タバコを買うときは、よく年齢確認されていた。一重の丸い目、小さい小鼻、小さい口、背も高くない。たしか165センチだと言っていたっけ。 彼がタバコを

30歳女、職業・週刊誌記者。身を滅ぼす不倫に溺れて

2022年3月2日(水)に発売された小説『シナプス』(大木亜希子著/講談社)を全篇公開します。 タイトルの通り、30歳の女性が週刊誌の世界で奮闘する物語です。  ボクサーパンツから、わずかに柔軟剤の香りがした。  先生の奥さんがセレクトしたであろう、ローズの香り。  それを今夜は私がいただきます、と妙に厳かな気分になる。  けれども直後に、キャップ一杯の柔軟剤を洗濯機にトロッと垂らす奥さんの姿が眼前にチラつき、私の呼吸は一時停止した。  そのあいだも先生の舌は私の首筋を行

ポプラ社が「#こんな学校あったらいいな」小学生が楽しく読めるおはなしをnoteで募集します!

【10月20日更新】 審査結果を発表しました!以下の記事リンクからぜひご覧ください。 このたび、ポプラ社がnoteで「#こんな学校あったらいいな」というテーマで作品を募集します。 一斉休校によって、子どもたちの日常が大きく変わった春。先行きの見えない不安もある一方で、おうちで家族一緒に過ごす時間も増えたのではないでしょうか。noteでも、休校や自宅保育にまつわるエピソードをたくさん投稿していただきました。 こんなときだからこそ、創作によって日常に少しでも彩りをもってもら

ひとねむりと海の神様

空では行き場を失ったクジラがひと啼き、ゆるりと尾びれをひとひねりして やがて焼けゆく西の雲間へと消えていった。 本当はいまごろ陸(おか)で暮らしているはずが、なぜだかひろい海洋なんかに定着してしまい、いつまでたっても光を見ることのできない胎児のような不安を抱えてとうとう泡になったしまった、哀れな哺乳類のなれの果てだった。 海で暮らしていた遠い昔のことなどすっかり忘れた人間だけが母なる海と謳い、そんな人間があふれかえっている陸にもはやクジラの居場所はないと悟って空へ上っていっ

ショートショート 21 「写し鏡」

ジョン万次郎… 中学時代、教科書で初めてみた時、なんて歪な名前だろうと思った。 英名と和名が混じり合っていて、そもそもジョンも万次郎もファーストネームだし、それでいて、ツッコミどころは多いのに、妙に”これはこういうものかも知れない”と納得させる響きの良さ。 同級生の男子の中には、ただ口にしたいというだけの理由で、何かにつけ「ジョン万次郎!ジョン万次郎!」と口ずさんで仲間内で笑い合っているという光景が見られた。 「塩見 クリス」 住民票に記載された夫の新しい名前を見て

ショートショート58 『いつものナポリタン』

「ご注文はお決まりですか?」 「はい……えと、ナポリタンで食後に…」 「アイスコーヒーですね?」 「あ、はい。はは」 「ふふ。いつもありがとうございます」 よしよし。覚えてもらってる。 第一段階クリアだ。 僕は恋をしている。 半年ほど前、職場の最寄り駅近くで偶然見つけた喫茶店。 アンティークな店構えだが、決して敷居は高くはなく、客層は幅広く、今どき珍しいコーヒーお代わりし放題。 食事のメニューもランチの定食、パスタ、カレー、オムライス、サンドイッチと、シンプルだが

「疲れた心を前向きにしてくれる本」届きます&「本好き同士の交流の場」オープンします――ポプラブッククラブはじめました。<※2022年3月で休部します>

★ポプラブッククラブ・文芸部は、2022年3月で休部します ※※※ こんにちは。ポプラ社一般書編集部です。 突然ですが、「ポプラブッククラブ」はじめます! … ……ブッククラブって、いったいなに? ブッククラブとは「定期的に書籍を頒布し優良図書の普及をはかる会員制組織」(世界大百科事典より)と定義されています。要するに色んな本が届くサービスのことです。 また、本について楽しく話しあうことができるコミュニティを指すこともあります。 自分の知らない本と出あえたり、新し