Chapter V では苦力たちが大部屋で、掴まる柱や手摺りの類が皆無の空間で、船の揺れに合わせて百人を超える人々の全員が宙に浮かび、次の瞬間には壁や床に叩き着けられます。
読書対象のノベッラは、その全文が、私の 115 回目の記事の冒頭部に Gutenberg.org のサイトからダウンロードしたファイルにページ番号を割り振る操作を加えた、ダウンロード用の文書として用意されています。
原書を読み進める途中で、人物名に混乱が起こった時には、Wikipedia の記事 Typhoon が役立ちます。登場人物の名前と職場が整理されています。
1. 嵐が治まった直後のこのノベッラを象徴するシーン。中心的人物二人の会話。 [原文 1-1] There was no wind, not a breath, except the faint currents created by the lurches of the ship. The smoke tossed out of the funnel was settling down upon her deck. He breathed it as he passed forward. He felt the deliberate throb of the engines, and heard small sounds that seemed to have survived the great uproar: knocking of broken fittings, the rapid tumbling of some piece of wreckage on the bridge. He perceived dimly the squat shape of his captain holding on tho a twisted bridge-rail, motionless and swaying as if rooted to the planks. The unexpected stillness of the air oppressed Jukes.[和訳 1-1] 風は納まっていました。船が揺れることに伴う僅かな動き以外、風は全く無くなっていました。煙突から投げ出されら煙はそのまま降りて来て甲板に貯まるほどでした。近くを通るたびに、彼はその煙を吸いこんでいました。機関が危なっかしく脈打つ振動を体に感じてもいました。その他、小さな音も耳に感じていました。あの荒スサ ましい騒ぎを生き延びたものが出す音のようです。壊されてい待った留め具、船橋部分に残った破片が高速で揺れる音もあります。彼はしゃがみ込んだ船長と思える暗い人影に気付きました。船橋にあるへし曲げられた手摺りの金棒に掴まっています。ただ足場の床板と共に揺れているように見える以外、動く気配はありません。辺りを覆う、予想できないまでの静けさがジュークスを圧倒しました。
Lines between line 16 and line 24 on page 58, "Typhoon" by Joseph Conrad, Attachment pdf file [原文 1-2] "We have done it, sir," he gasped. "Thought you would," said Captain MacWhirr. "Did you?" murmured Jukes to himself. "Wind fell all at once," went on the Captain. Jukes burst out: "If you think it was an easy job--" But his captain, clinging to the rail, paid no attention. "According to the books the worst is not over yet." "If most of them hadn't been half dead with seasickness and fright, not one of us would have come out of that 'tween-deck alive,” said Jukes. "Had to do what's fair by them," mumbled MacWhirr, stolidly. "You don't find everything in books." "Why, I believe they would have risen on us if I hadn't ordered the hands out of that pretty quick," continued Jukes with warmth. After the whisper of their shouts, their ordinary tones, so distinct, rang out very loud to their ears in the amazing stillness of the air. It seemed to them they were talking in a dark and echoing vault.[和訳 1-2] 「私たちはやり遂げましたよ。」と彼(ジュークス)は一息に報告しました。 「君の事だからやり遂げるだろうと思っていたよ。」とマクファア船長は言葉を返しました。 「そうだったのか。」とジュークスは独り言を漏らします。 「風が突然に止まってしまったな。」と船長は話を繋ぎます。 ジュークスは黙っておれなくなって「もし我々がやり遂げたことがそれぼどのむつかしさのものだとでもお考えなら、・・・」と声を荒げ始めました。 手摺り棒に掴まったままの船長は、しかしその声を無視して、「ものの本の教えによると、最も強い暴風はこの後に控えているらしいのだぞ。」と言うのでした。 「もし奴らの大多数が船酔いで、あるいは内部抗争で半死の状態にあるのでなかったならば、我々船員はその誰一人としてあの倉庫兼用船室から出てくることが叶わなかったのですよ。」とジュークスは強調しました。 「(困難があろうとも)我々は彼らにとっても公正であるように努めないとならないのだよ。本の中に答えがある事ばかりではないのだからな。」とマクファアは動揺することなく話しました。 「やれやれ、もし私が船員たちに急いであの部屋から退却しとと命じていなかったら、彼らは我々に向かって攻撃を加えて来ていたかも知れなかったのですよ。」とジュークスは感情的に言い続けました。 二人の大声のやり取りがしばらく続いたものの、その後には落ち着きある話し合いになったのでした。しかしそれでも周囲の驚くべき静けさの所為で、彼らの言葉は相手に明確過ぎるくらいはっきりと伝わりました。二人には、声がこだまして響く大天井の暗い部屋で会話している感じでした。
Lines between line 25 and line 40 on page 58, "Typhoon" by Joseph Conrad, Attachment pdf file
2. 英語の学習:不明瞭さを持つ文章。作為的なもの、それとも私の不明故の不明瞭に過ぎないのか? 台風の目の中に行き着いた船はしばらく静けさに一息つきます。乗組員も一息つきます。Jukes と Captain MacWhirr の二人は、双方がここまで生き延びたことを確認するのですが、MacWhirr は Jukes 一人をそこに残して、直ぐに別の場所の調査に向かいました。一人残された Jukes の様子が次の言葉で描かれます。
[原文 2] He watched her, battered and solitary, labouring heavily in a wild scene of mountainous waters lit by the gleams of distant worlds.[和訳 2] 彼は船に目を遣りました。叩き潰され、手の施しよう無しといった風です。遥か遠くの世界から届く薄暗い明かりに照らされ、山を成してうねり狂う海水に囲まれ、この船はその船体を重そうに軋ませていました。
Lines between line 33 and line 35 on page 59, "Typhoon" by Joseph Conrad, Attachment pdf file 「battered」以下の文章は her を、すなわちこの船を修飾するのでしょうか? それとも He を、すなわち Jukes を修飾するのでしょうか? もう一つは「lit」以下は mountainous waters と He そして her のいずれを修飾するのでしょうか? 私はこのように迷った挙句、この文章がコンラッドの作為によって、不明瞭にされているのではと考えることになりました。
Jukes が「遥か遠くの世界(人々の活動の場所)が放つ鈍い明かりに照らされている」となると、このシーンが、死によって楽になることを臨んだ男が、そうではなくて生き延びる可能性に望みを繋いだシーンだと読めるのです。
3. Jukes を置き去りにして海図室に戻った船長 MacWhirr の心中にある考えは、読者の意表を突きます。 [原文 3] The hurricane had broken in upon the orderly arrangements of his privacy. This had never happened before, and the feeling of dismay reached the very seat of his composure. And the worst was to come yet! He was glad the trouble in the 'tween-deck had been discovered in time. If the ship had to go after all, then, at least, she wouldn't be going to the bottom with a lot of people in her fighting teeth and claw. That would have been odious. And in that feeling there was a humane intention and a vague sense of the fitness of things.[和訳 3] このハリケーンは彼(マクファア)個人の考えに基づき整理整頓されていた備品の全てを破壊しつくしていました。このように酷い事態は初めての経験でした。彼に突き付けられたこの当惑感は彼の心の奥にある神経を逆なでしました。加えてこの先にはもっと強大な攻撃が控えているとの気持ちもありました。そのような中、倉庫兼用の船室に発生していた問題に気付き、それへの対応が間に合ったことが彼には喜びでした。この先、この船が海に消えることになろうとも、これでこの船は牙をそして爪を剥き出して争っている最中の姿の人々を乗せて海底に納まることだけは避けられたのです。そんなことになっているなんてあまりにも悲惨過ぎます。(マクファア船長の)この感傷には人間的な意思、ことばでは明示し難いものごとの適正さの感覚が潜んでいるのです。
Lines between line 39 on page 60 and line 6 on page 61, "Typhoon" by Joseph Conrad, Attachment pdf file
4. 船長マクファアの哲学が自身の口から船員に向けて語られます。 船長一人で入り込んだものの、その海図室の荒れように愕然とし、疲れ果て居眠りしていたところ、他の船員たちの声に目を覚ます。今は台風の目の中にいる所為で小康状態にあるとはいえ、その猛威は再び襲来するはずです。そんな予測に支配されていた船長マクファアは自分の下に頑張っている船員たちを前に、自らの哲学を語らずにはおれません。
[原文 4] "Had to do what's fair, for all--they are only Chinamen. Give them the same chance with ourselves--hang it all. She isn't lost yet. Bad enough to be shut up below in a gale--" "That's what I thought when you gave me the job, sir," interjected Jukes, moodily. "--without being battered to pieces, " pursued Captain MacWhirr with rising vehemence. "Couldn't let that go on in my ship, if I knew she hadn't five minutes to live. Couldn't bear it, Mr. Jukes." A hollow echoing noise, like that of a shout rolling in a rocky chasm, approached the ship and went away again. The last star, blurred, enlarged, as if returning to the fiery mist of its beginning, struggled with the colossal depth of blackness hanging over the ship--and went out.[和訳 4] 「私たちは全ての人間に対して公正でなければならないのだよ。彼らは人間なのだ、違いは中国人だと言うだけだ。我々と同じだけのチャンスを与えねばならんのだよ。隠し事は良くない。全部を開示するのだよ。この船は未だ沈んではいないのだ。この嵐の海で船倉に閉じ込められているのは良くないさ。・・・」 「あなたが私に作業を命令されたあの時から、船長はこのようにお考えだと私が思っていた通りですよ、船長さま。」とジュークスは感窮まって、黙っておれず言葉を挟みました。 「・・・まだバラバラに打ち壊されていないのに、それも船が沈むまでに5分足らずしか余裕が無いのを知った以上は、私の船の上ではそんな事態が放置される事は許せないぞ。放置できないよ。どうだ、ジュークス。」とマクファア船長は力を込めて話しました。 がらんとした空洞に響くような物音、大きな岩の間にある谷に叫び音がこだまするような音が船に届き、それも前回と同様に通り過ぎて行きました。空に浮かんでいた目にする最後のものと思える星が滲みボヤッと大きくなって、元々の光を放つ霧に戻っていきました。それはこの船に覆いかぶさる暗黒色の巨大な深みと格闘していたのです。そんな星ですがやがてどこかに消えていきました。
Lines between line 1 and line 12 on page 63, "Typhoon" by Joseph Conrad, Attachment pdf file ジュークスたち船員は、苦力たちのいた船室に突入して、揺れ続ける船室で揺れる度に一方の壁から反対側の壁に投げつけられていた彼らの為に掴まる場所、手摺の様なものを組み上げたのでした。この時の様子が描かれた段落では、その作業の後に、船員たちが「死ぬ時には船室に閉じこもった状態でいたくはないものだ。何としても甲板に上がり外の世界を目にしながら命を終えたいものだ。」との主旨の要望が開示されていました。
すなわち、私がここで引用した箇所は、船長もジュークスも、自分たちだけでなく、苦力たちにも同じことが必要なのだと語り合っているシーンなのです。
5. Study Notes の無償公開 今回の読書対象であるChapter V に対応する Study Notes を以下に公開します。いつも通り、A-5 サイズの用紙に両面印刷することを前提に調製しています。Word 形式と pdf 形式の二種類のファイルがありますが、内容は同一です。ご自由にご利用ください。