ぼくが世の中に学んだこと (鎌田 慧)
(注:本稿は、2012年に初投稿したものの再録です)
著者の鎌田慧氏は、社会的弱者の視点に立ったルポルタージュを数多く執筆しているジャーナリストです。
本書は、その鎌田氏の若き日の実体験の紹介であると同時に、現代の若者に対する熱きメッセージのプレゼンテーションでもあります。
1960年代、日本の高度成長期の製造業の現場は、過酷な労働環境下にありました。鎌田氏は、自ら工員としてそれら工場の労働現場に入り込み、その実態をレポートしました。
たとえば、北九州工業地帯の中核事業所である八幡製鉄所では、タコ部屋とも言われる「労働下宿」に入り、自ら最も危険な作業に従事しました。
不景気になると「ドヤ街」の安宿に人々が流れ込んでいきます。一度「市民社会」からこぼれ落ちた人びとが、もとの生活に戻ることは極めて困難です。
一週間で鎌田氏は労働下宿から逃げ出しました。連日の苛烈な肉体労働。さすがに、想像を超えた劣悪な作業環境を目の当たりにし、健康上持たないと感じたのでした。
そして、次に取り組んだのは、自動車工場でのコンベア労働の実態報告でした。行先は、当時生産性向上運動を強力に推し進めていたトヨタの本社工場です。そこでの仕事は、一日中、部品の組み立て。全く同じ作業を毎日毎日ただ繰り返すのです。
機械のように正確で単調な仕事を、人間が機械の指示によりやらされる。「トヨタ生産方式」の現場です。
現在では、鉱工業におけるかなりの作業は無人化・ロボット化が進んでいるのでしょうが、当時は、こんなふうに言われていました。
よりよい労働環境実現のために活用できる科学技術の成果は、それこそ山のようにあるはずです。それを使うかどうかという「意思」の問題であり、「人間の尊厳」に対する価値観の問題です。
人間らしく生きることを求めてこころの底から絞り出す声、著者が、実際の作業現場で働く人々から教えられたとても大切な気づきです。