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川のほとりに立つ者は
出だしが、「夜の底の川」という架空(?)の本の抜粋から入る。
この物語では
努力してもうまくやれない店員がいる店の店長「清瀬」と
とても大切な友達の秘密を守ろうとして清瀬とすれ違う松木がいて
その松木と秘密のある友達「樹」が、
意識不明になるほどの怪我をしたことから話が始まっている。
二人の喧嘩による怪我ではなく、第三者がいたことが後にわかる。
刑事事件である。
書字障害かもしれない、手紙を書けない樹のことを、松木がかばって
隠していたことを
合鍵を持っていた清瀬が松木の部屋に行ってから徐々に知ることになる。
コロナの前から言い方がきつくなり始めていた自己責任とか自助努力とか。
それを言われるかと思うと、真面目な人ほどひるんでしまう。
清瀬も、自分の努力が足りないかも と思うタイプだ。
一方松木は親に理解されなかったことに気おくれがあり、それでも
一年生の時にかばってくれた樹のためには嘘をつく。
清瀬を怒らせても。仲直りしたくてもなかなか言葉は出てこない。
この架空の本「夜の底の川」を貸してよこした女性も
被害者でもあるが加害者でもある。
何か言いたくても、伝わるように話せる自信がない。
自己責任の時代の、いつも負い目を背負っているような世界では。
命がかかってきたときに初めていろいろ考える。
そのときやっと
川のほとりに立っていても、水の底を見ようとしていなかったことに
気づくのだ。
見てもらえない水の底の。隠れた事情であったり障害であったり。
児童生徒の7%は、発達に問題を抱えている
と言われてから、20年くらいになるのではないだろうか。
子どもの発達障害は、親が検査してもらおうと思わなければ
わからないものである。
ただ「粗暴」とか「落ち着きがない」とか「出来が悪い」
と思われて
いくら叱られても直らないことで、虐待の原因にもなったりする。
この小説に出てきたように、そうでなくても親の無理解で
親との関係が上手くいかなくなることはある。
発達に問題を抱える子は実はたくさんいる と言われてから20年経って
そういう子たちが暮らしやすい世の中になったかと言うと
まだまだまだである。
自分の子のために、と奮起した人による改善に引っ張ってもらっている
という感じである。
ほとりに立つ人の目から見えない水の底で苦しむ人はなくならない。
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シロップ少なめにしてもらったが、甘かった。
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