書評「キャッチ・アンド・キル」
久々に心から「凄い本を読んだぞ」と思えた1冊。
本書はNBCで調査報道を担当している記者ローナン・ファローが上司からハリウッドの大御所プロデューサーであるハーヴェイ・ワインスタインの性虐待疑惑を上司から命じられたことから始まる。
ファローは女優たち含めた被害者の証言を得て、取材にのめり込んでいくが、やがて身の回りにおかしなことが起こり始める。
調査を命じたはずのNBCの上司たちから調査をやめるようにストップがかかり、ファローも見知らぬ人たちに付け狙われるようになる。ファローが自分のことを追いかけていることを知ったワインスタインは妨害工作を開始。NBCの上司たちにプロジェクトの中止を要請し、ファローにはスパイをつけて追いかけ回し、被害者の女性には悪質な妨害工作を続けていく。そしてファローが信頼していたはずの弁護士もワインスタインの味方であることが分かるなど、ワインスタインは法曹界も味方につけたうえで、自分の罪を揉み消そうと仕向けていく。
本書を読み進めていると、ワインスタインは20年以上に渡って性虐待を続けていたが、メディア、司法、政界の権力者や有力者を味方につけ、自分の行為が表沙汰にならないように裏工作を続けていたことが分かる。ファローはワインスタインの妨害工作をかわしながら取材を続けるが、NBCの役員は証拠が揃ったにも関わらず公開を許可しない。ファローはしかたなくニューヨーカ―誌に情報を持ち込み記事を公開する。
この記事の公開がきっかけで巻き起こったのが「#MeToo」運動だ。男性権力者はこれまで女性に対して行ってきた性虐待や被害に関する声が広がり、世界的なムーブメントへと発展した。この動きは続いており、ダイバーシティ&インクルージョンやLGBTQといった人たちを支援する動きが少しずつ活発になりつつあり、支援者も増えつつある。1人のジャーナリストの調査報道と勇気を振り絞って声を上げた女性たちが世界を動かしたのだ。
本書の著者であるローナン・ファローは父はウッディ・アレン、母はミア・ファローという超セレブリティで15歳で大学を卒業し、21歳でイエール大学の法科大学院で学んだという超優秀な人物だ。ただそんなファローも会社の圧力や同性愛者である現実に悩んでおり、骨太の記者というより今どきの若者らしい側面も物語には登場する。
ファローが成し遂げられたのは、声を上げてくれた女性たちに応えたいという気持ちもあったと思うが、姉ディラン・ファローの身に起きた出来事も大きく影響している。ディラン・ファローは幼い頃父から性的虐待を受けていたと告発している。父とは離縁しているファローは「もっと姉の力になれなかったのか」と悔やむ場面があり、それが今回のモチベーションの火を消さなかった要因になっている。物語は複雑に出来ているのだ。
本書が問いかけるのは「正義」や「信頼」といった言葉の意味ではないだろうか。ファローは調査を進める過程で自分が信頼していた人が裏切る場面に何度も直面する。ファローに信頼を寄せる人たちもファローを信じるのか、誰を信じてよいのか、何度も何度も迷い苦しむ。
そして、調査報道では定評のあったNBCがいかに酷い体制であるか、弁護士が金持ちの嘘を守るために仕事をしているか、政治家は、メディアは、警察はなど、社会のためにある権力がお金やエゴのために使われることを物語は伝えている。自由の国アメリカが抱える闇が本書には克明に描かれているのだ。
僕は大和シルフィードという女子サッカークラブをサポートしているので、本書は読んでおこうと思って気軽な気持ちで手にとったのですが、これは手にとって良かった。ただ自分が生きている社会の怖さを痛感した作品でもあった。
誰も信じず、口にしたら否定されそうなことを貫くにはどうしたらよいか。そんなことも考えさせられた作品でもあった。