【短編】『占い師』
占い師
私は道端でひっそりと教会の懺悔室のような小さな箱を設置して占いをやっている。近頃は戦争や物価高、銀行の倒産も相次ぎ、世の中が再び物騒になりつつあることから来客数は増えていく一方だった。人々の需要の急増に伴って供給側も徐々にそれに追いつくように様々な職業が台頭しては社会に定着していった。そして占い師もその一つであった。
私は数年前に占い師としてデビューした言わば新参者ではあるが、他の占い師とは違う何かを持っていた。私の店から出る者皆、救われたような顔つきで出ていくのである。それもこれも人の心が読める、心読みという能力で成り立っていた。私は占い師と言うより、カウンセラーに近かった。客たちの心を読み取っては、その者たちがいかに安心できるかを考えて未来を提示していた。しかし、店に来る者皆良い客というわけでもなく、時につまらぬことを考える輩も訪れるのだ。その輩の心を読んでみるとこう呟くのだ。
「どうせ全部ウソで無意味なんだ。むしろ粗を探して突いてやろう。」
彼の言い分は半分当たっていて、半分間違っていた。彼の言う通り私はウソをつくことを生業にしていたが、そのウソというのは占いかどうかにおけるウソでしかなく、仮にそれがウソであったとしてもを占いを利用することで、むしろ人を前向きにすることを可能とした立派な職業なのだ。その悪巧みをしている客の心を読んでしまった私は、仕返しとして大それたウソをついてやろうと考えた。
「あなたには、近々不幸が訪れますね。ああ、恐ろしい。一年以内、いや一ヶ月以内にその不幸はやってきます。大層ご用心されたし。」
とウソの結果だけ述べて救いの言葉は一切言わなかった。こうして、私の能力も無駄になることはなく、社会のために貢献できていると実感できた。
しかし、ある日夜中に道端で店を開いていると、いつもと違う客がやってきた。いつもなら店の外で、
「占ってもらおうかしら。いや、今度ばかりは自分で解決しないといけない。いいえ、せっかくここまできたんだからもう一回ぐらいいいわよね。」
とまごついている様子を心を通して伺えたため、意を決して店に入ってくる頃にはすでに準備ができていたのだが、今回はなんの前ぶれもなく突然その男は現れた。私はその男が不審に思い、心を読もうと試みたものの、何も聞こえてこないのだ。もしかすると本当に何も考えていない人がこの世に存在するのかもしれないと度肝を抜かれていると、客は急に話し始めた。
「あの、占って欲しいのですが。」
「はい、もちろんです。こちらメニューになります。」
と占いのメニュー表を客に渡した。客は難しそうにメニューを見ながら、答えた。
「スタンダードコースでお願いします。」
「わかりました。1万円になります。占う前に、お名前、生年月日時間、星座をこちらにご記入ください。」
一応他の占い師もやっているように基本情報だけは事前に教えてもらうようにしていた。私の方法には全くの役に立たないものの、占い師を名乗る上では必須であった。私は客が記入する間、少しでも心を読んで今回伝える言葉を考えようと思った。しかしどういうわけか、何度心を読もうとしても何も聞こえてこないのである。ひとまず占いを始める際の常套句で話を切り出した。
「あなたは、何かお悩みを抱えていらっしゃるみたいですね。」
「はい。」
「あなたご親族にお病気の方がいますね?」
質問をしてからすぐに客の反応を観察したと同時に心を読もうとした。しかし客は私の身に付けている首飾りばかりを見て何も表情を変えないのだ。それどころか、今の質問に対しても考えている様子はなく、依然として何も心の声が聞こえなかった。
「はい。実は私の父が病気でして。」
「なるほど。」
と言いながらも、次に何を質問したら良いか考えた。
「そのお父さんとあなたですが、血はつながっていますか?」
「はい。両親ともに血はつながっています。」
「そうですか。あなたお兄さんがいらっしゃいますよね?」
「はい。」
「お兄さんも同じ病気を持たれているのではないですか?」
客は何も言わずにただ私の首飾りだけを見つめていた。その間、何度も客の悩みを読み解こうと努めたものの今回も失敗に終わった。私はこのまま占いを続けるべきかと考えたが、代金はすでにもらっているわけだし、今更占えないとは言えないため、仕方なく一か八か本物の占い師を装ってその客を占ってみようと思った。元々でまかせなわけだし、この際でたらめを言ったところで何も変わるまいと自分を納得させた。
「実は、兄もなんです。」
これらはただの質問ではあったものの、勘が全て当たっていることに自分でも驚かされ、少々おかしなことではあるが、もしかすると今日は運がついていると今まで味わったことのない感覚に陥った。
「あなたは、まだその病気を持っていないようですね。」
「はい。」
「ご心配なさらないでください。あなたの運勢を占いましたが、重い病気という未来は一切見えません。」
客は何も答えずにただ私の胸元を見続けた。しばらくして客は言った。
「あなただいぶ焦っておられですね。」
「はい?そんなことありませんが。どうしてでしょうか?」
客は再び間を置いたかと思うと、今度は私の目に視線を移して言った。
「もし仮にですが、あなたが本当の占い師でないのなら、すぐにおやめになることをお勧めします。」
私は客の急な反抗的な態度にびくりとしたもののすぐに反論した。
「何をおっしゃるかと思えば、私が詐欺まがいのことをしているとでも?そもそも占いに対して偏見をお持ちであるならばお帰り願いたい。」
客は、またもしばらくの間何も言わず、首飾りの方に視線を移した。ようやく自分の言動のおかしさに気づいたのか、客は身支度を始めた。
「わかりました。お時間をとらせてしまいすみません。これにて失礼いたします。」
客は立ち上がって、入り口に垂らされた幕を両手で上げて立ち去ろうとした時、ふとこちらを振り返り呟いた。
「ああ、一つだけ。心読みなれど自分の心は読まれないとも限りませんよ。今後ご用心を。」
客はその一言を最後に去っていった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
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