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【短編】『日本芸術振興会』
日本芸術振興会
とある旅館の大広間に名だたる巨匠たちが集まった。どの顔も映画や演劇、文学、作曲、テレビなどの分野で一眼置かれているものたちばかりだ。皆ぞろぞろと集まっては、等間隔で設置された座椅子に腰を下ろした。中には顔見知り同士もいたらしく、静かに会釈をして自分の名前の書かれた席へと向かった。皆が席についた頃、外で騎馬が唸る声が聴こえると、障子をがらりと開いてスタスタと大広間に入ってくる者がいた。映画監督の黒鯖明だった。毎度のように派手な演出での登場だった。黒鯖が席に着くと、舞台の上に何者かが現れマイクの音の確認でぽんぽんと音を立てた。
「えー、皆さん。本日はわざわざお集まりいただきありがとうございます。日本の芸術というもののこれからについて皆さんでお話しいただき、今を生きる者たちの何か足がかりになるかと思いご招待いたしました次第です。つきましては本日の集会の司会進行役を担当くださいます葛飾北西さんよりお話しいただきます。よろしくお願いします」
舞台裏から北西が現れると同時に会場内では拍手の波が打ち寄せた。
「皆さんこんばんは。北西でございます。どうぞよろしく」
しばらくして会場内の拍手は鳴り止むと北西は続けた。
「えー、先ほどの方が申しましたように、本日皆さんにお集まりいただいたのも、実は現在日本の芸術界が窮地に瀕しており、何か先代の方々からご助言を頂けないかと思いこのような場を設けさせていただきました。存分に食事や飲み物を楽しんでいっていただいて、くつろぎながらお話しいただけると尚良いお言葉を頂けるのではないかと存じます。それでは皆さん、乾杯といきましょう。グラスを片手にお持ちください。それでは、これからの日本に乾杯!」
皆和気藹々と昔話をしながら宴会は始まった。今までの集会には来ていなかった者や、つい最近現世を去った者まで参加していた。会場内では、今の日本の芸術についての様々な意見が飛び交った。
「今の日本の芸術にはなんか想像力が足りてないなあ」
「そうだそうだ!」
「才能はあるやつはいるがパッとしないな。もっと己の才能を磨くべきだ」
「磨くべきだ磨くべきだ!」
「そもそも我々の作品すら知らないじゃないか。もっと知るべきだ」
「知るべきだ知るべきだ!」
「近頃は学校なんぞで芸術を勉強するんなだろう?それが良くないんじゃないか?学校なんかに行かず自力で勉強すべきだ」
「すべきだすべきだ!」
しばらくして北西が再びマイクを握った。
「皆さん、色々とお話しされている最中かと思いますが、一つここで大事なことを聞かせてください。いかにして皆さんの言葉を現世に届けるかですが、何か方法をご存知の方はいらっしゃいますか?」
すると、奥の席にいた松田松飲が顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「おれが現世に生き返るってのはどうだい?」
すると手前に座っている安部公坊が手を挙げた。
「そんなのは芸術性を損ねるだけではないですか?本来芸術というのは死があってこそ成立するもので、我々が生き返ったとなれば、もうその世界には芸術は存在しないのですよ。」
「うるさい。君に芸術の何がわかるんだ」
何やら空気が慌ただしくなったため北西が間に入った。
「ちょっと待ってください。そもそも松田さんがなぜこの集会にいるんですか、あなた武士でしょう。それに生き返るって、それはあなたが若くして亡くなったからもう少し生きたいだけでしょう」
「なんだと?武士だって日本の芸術に貢献したい気持ちはあるんだあ」
と言いながらそのまま床に突っ伏してしまった。
「他に案はある方はいませんか?」
するとちょうど会場の中間あたりから声がした。
「まだ生きているデーモン閣下という者に話して、それを伝えてもらうのはどうかね?わしは時々仏壇であいつと話すんだ」
よく見ると谷村珍司であった。
「誰ですかそのデーモンとやらは?」
「弟子のミュージシャンですよ。最近では報道番組なんかにも出ていて」
「それは名案だ!」
すると谷村珍司の隣に座る小津安治郎が聞き返した。
「でも、あんたの声本当に届いているのかい?」
「ああ、いつも頷いてくれるよ」
「そりゃあんた、人情ってやつだぜ。およそ会話を聞いているフリでもしてあんたを勇気付けたいんだよ」
「そうか。デーモンなんて名前だからわしと話せるのかと思っていたよ」
すると会場の一番奥の席に座っている高田純児が小声で言った。
「あのー、僕が伝えましょうか?」
「誰だね君は?」
「僕は元俳優で今はテレビタレントの高田純児です。ちょうど今さっき散歩中に交通事故に遭ってしまってまだ危篤状態なんです。目覚めるかどうかはわかりませんが、一つ僕にお任せしてもらって」
「そうか。確かにそれならうまくいきそうだな。やってみる価値はある」
気づくと、高田は頭に包帯を巻いて病室で横になっていた。隣のテーブルでは嫁がすやすやと寝ており、起こすのも悪いからとそのまま看護婦を呼んで、ビールを一杯頼んだ。看護師はすぐに涙目になり嫁を起こすと、嫁は飛び上がって高田の胸に抱きついた。
「よかったわ。本当によかった」
「ごめんよ、心配かけたな」
高田は廊下の方に首を伸ばして歩いてくる看護婦に話しかけた。
「あのー、ビールはまだかね?」
「何言ってるんですか!そんなの飲んでいいわけがありません」
「そうかそうか」
と身を縮めて毛布に包まった。
高田は無事に芸能界にも復帰した。久々のテレビ出演ということもあって舌が鈍っているかと思いきや、彼は饒舌そのものであった。
「高田さん、こんな早く復帰されるとは」
「いやあ大したことないですよ。でもおかげで頭のネジ外れちゃいました」
「高田さん、あなたは元々ネジが外れてるでしょう」
「そうかそうか、こりゃまいったな」
「でもね、不思議な体験をしたんですよ」
「なんですかその体験というのは?」
「臨死体験とでも言うんですかね。なぜか気づくと旅館のね、大広間にいましてね。そこには黒鯖明やら、葛飾北西やら、谷村珍司さんやらそりゃ昔の日本を代表する方々が大勢いらっしゃいましてね。あ、そうだ伝言を預かっているんだっけか」
「ほほう。その伝言とは?」
「ちょっと待ってね。えっと、はい、思い出しました。日本の若い芸術家の皆さん、よおくお聞きください」
「はい、どうぞ」
「今の日本の芸術、そしてエンタメはどこか想像力に欠けている。もっと自分の才能を磨きなさい。えーそれとー、もっと私たちの古い作品に触れなさい。学校なんぞには行かなくてよし。とおっしゃっていましたよ」
「これまたうまいこと言ってー」
と司会がツッコむと同時にスタジオにいる観客は一斉に笑った。
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