【短編】『ユマンの隘路』(中編)
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ユマンの隘路(中編)
世界各地で暴動は増していった。人々は災害の連鎖によってこれから本当に生存できるのかどうかと不安に駆られていた。希望が持てなくなり自殺する者もいた。そんな中、人々にとって唯一の希望がユマン教であった。人類こそ選ばれし存在とする考え方が人々を奮い立たせた。
私はリアル派の特殊諜報員である。リベロ派が軍事作戦を計画している可能性があることを知った今、上からの司令でその軍事施設を特定しなければならなかった。もし力をつけたリベロ派がリアル派と衝突すれば世界は大変なことになることはわかっていた。地球が危機にあっている最中に紛争が勃発するとなっては元も子もなかった。その施設という場所がもしあるとするならば、まずは情報収集が必要だった。そこで手始めに町の住民から最近変わった動きがなかったか聞いて回ることにした。心優しそうな中年の男が歩いているのを見つけ、声をかけた。
「すみません。今リベロ派のパトロール活動で危険物の調査をしているのですが、最近ここいらで変わったことはありませんでしたか?例えば銃声や爆発音を聞いたりだとか」
男は少し考え込む様子を見せたが、何も思いつかない表情だった。
「これといって特にないなあ」
「そうですか。ご協力ありがとうございます」
私は長い道のりになりそうだと思いながら別の収集対象を探そうその場を離れようとしたその時、何か思い出したかのような様子で先ほどの男が近寄ってきた。
「一度だけ妙にデカイ音を聞いたことよ。何かの事故かと思ったけど特に報道もされなかったから忘れていたよ」
「その爆発音はどこで?」
「向こうの方だよ」
と男は工場地帯の方を指差した。
「ありがとうございます。調査の参考にさせていただきます」
と言って、私は用紙をしまい、すぐ男が指差した方角へと向かった。
工場地帯に着くと、そこはすでに解体運動によって破壊された跡であった。生憎私はここの区域担当ではなかったため、この解体運動には参加していなかった。跡地をくまなく探したがどこにも灰が飛び散ったような爆発の痕跡は見当たらなかった。およそ解体運動で生じた機械やら建物やらを壊す音だろうと思った。そのまま少しばかり跡地を歩いていると、不自然なものを瓦礫の隙間に見つけた。紙の切れ端だった。その紙切れを手にとり中身を確認すると、そこにはリベロ派が送ったと思われる暗号文が書かれているのだ。
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リベロ派の諜報員が、もう使われなくなった工場の廃墟で情報交換をしているようだった。もし軍事関連の情報であれば、この暗号を頼りにその実態を突き止められるかもしれないと私は思った。解読処理機を使って暗号は数時間で解読することができた。中身はこうである。
夕方5時、クリスチャニア大広場前
時間と場所は分かったものの、肝心の日程だけは破れていてわからなかった。クリスチャニアまではここから6kmほどだった。早速現地を訪れたが時間まで1時間ほどあった。大広場はヒッピーや不法入国者どものゴミだめとなっており、密かに情報交換をする上では絶好の場所だった。私はヒッピーが嫌いだった。奴らはただ言いたいことだけ言っては何もせずダラダラと一日を過ごす害虫同然であると思っていた。しばらく広場を観察しているとヒッピーと思しき男が遠くからやってきては、私に何かを呟いた。
「あんた、クスリやるか?」
「結構」
「一かけらだけでもどうだ?」
「いいや、やらない」
「まあそんな片意地を張らずに」
「やらないと言っているだろ」
と痩せこけていて若者なのか老人なのかわからない男に私は怒鳴りつけた。男は諦めた様子で恐る恐る私から遠ざかっていき建物の影に消えて行った。5時になり、あたりで怪しい動きがないか引き続き観察した。すると、一箇所離れた場所にあるベンチに動きがあった。ベンチに座っているコート姿の男の隣に何者かが座り、新聞を広げて顔を隠した。その直後、コート男が手紙らしきものを新聞男のポケットに忍ばせ、新聞男は立って遠くへと去っていった。私はベンチに座っているコート男を尾行することにした。先ほどのヒッピーが去って行った方へと歩き出し、通りすがりの他の誰かと話し始めた。男はどうやらドラッグディーラーのようだった。しかし、暗号を読めるということはリベロ派の者でもあった。リベロ派がドラッグ関連で何を企んでいるのか疑問に思った。もしやドラッグを利用して敵であるリアル派の人々をクスリ漬けにしようとしているのか。もしくは、ドラッグの製造と称して裏で武器を作っているのか。しかし依然としてその実態は不明だった。男はディーラー同士で何か重要な話をしている様子だった。リアル派が開発した高性能盗聴器ですぐ近くから会話を聴いていると妙な話が始まった。
「おい、まだ完成しないのか?」
「もうそろそろだ。」
「そうか。それはいい知らせだ。これでリアル派もおしまいだな」
どうやらリベロ派がドラッグ製造会社とつながっていることは間違いなかった。私はドラッグ産業に潜入することを決意した。すぐに盗聴器をしまい、尾行していた男に声をかけた。
「あんた、ディーラーか?」
「ああ、そうだ。何がほしい?」
「クスリはいらないんだ。それよりドラッグの工場で働きたいんだ」
「なんだ。職なしか」
「いや、仕事はある。自然エネルギー開発に携わっている。だがどうもこの頃飽きてしまって」
「なぜ他の仕事でなく、ドラッグを?」
「昔からクスリにはお世話になってきたんだ。自分もいつか作れるようになりたいと思ってタイミングを見計らっていたんだ。今やリベロ派も活気付いてきたが、どうにもその波に乗れずにいた時に、再びクスリを手にして気づいたんだ。今がその時だと」
「面白い。なら工場に仲のいいボスがいるからそいつに伝えておこう」
「ありがとう。恩にきるよ」
男は工場跡地に落ちていた紙切れと全く同じものをポケットから取り出し、ペンで番号を書いて私に手渡した。筆跡も同じだった。
「明日の朝ここに電話するといい」
男はそう一言呟いて去って行った。
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