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夏目ジウ 掌編・短編小説集

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これまでnoteに掲載した小説をまとめてみました。
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#純文学

あけました【短編小説】

あけました【短編小説】

※本文は1,772字。

 自宅近くの寺社に一人で参拝していたら、大学時代の友人であるアキラと偶然に会った。会ったと言うか、遭遇だから遭ったと言うほうが正しいか。
 アキラは4人の子供を引き連れていた。2人は自分の実子で、残り2人は嫁さんの連れ子なのだという。独り者の俺とは大違いだ。
 「明けましておめでとうございます!」
 両親と妹夫婦子がごった返す実家は久しぶりに賑やかだった。父は孫の顔を眺め

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夕焼けの拳【掌編小説】

夕焼けの拳【掌編小説】

※本文は3,044字数です。

 地方の小さなボクシングジムには、煌々とした夕陽がよく似合う。そこは、男達の酸い汗の匂いと熱い吐息で充溢している。大田拳士はプロボクサーを目指すイケメンの19歳だ。
 「おい拳士、パンチ打ってみろ」
 「はいっ!」
 ジムの会長である山本は、そうやって拳士のパンチを全力で受け止める。空気を切り裂くような美しい左ジャブは渇いた音を立てると、ボクシングミットに吸い込まれ

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夏の思い出【掌編小説】

夏の思い出【掌編小説】

 夏が来れば思い出す。忘れよう忘れようとすればするほど走馬灯のように現れ出てくるのだから不思議だと思う。
 あれは始発の新幹線で帰省した時のこと。
 東京駅から名古屋へ向かう車中で見覚えのある女性がポツンと真ん中に座っていた。えーっと、と自らの乗車席を見つけた僕は思わず叫んだ。
 「あった!?」
 目の前の相手にはたぶん違うように聞こえたのだと思う。
 「いや、会ってません」
 続けざまに「知りま

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唄う美少女【掌編小説】

唄う美少女【掌編小説】

 「別れたあの夏を」
 「うわー、懐かしい」
 僕と彼女は最近こう言い合うのがなぜか流行っている。昔、母親が九十九里浜に連れて行ってくれた時によく流れていた昭和の歌謡曲だ。
 「この曲いいんだけど、カラオケで歌うと案外出だしとか難しいんだよね」
 彼女はこう悪戯っぽく言うと、自らの悲しい幼少期のことを語ってくる。僕は彼氏だからいいんだけど、ずっとそんな重い話をされても疲れてしまう。でもなかなか「別

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ひとまわり【掌編小説】

ひとまわり【掌編小説】

※本文3,605字。
※本作品はフィクションです。

 「これ、だぁれ」
 僕は小学生のころ知らないものを見ると指を差す癖があった。母はまたいつものように僕の名前を呼んではこっちに来るように手招きをする。
 「・・・シゲヤのお姉ちゃんだよ」
 「えっ!?」
 母の声はいつもの厳しさとは真反対のトーンで優しくどこか懐かしかった。
 「閲子(えつこ)って名前で、みんなからエッちゃんって呼ばれていたよ」

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追憶【ショートストーリー】

追憶【ショートストーリー】

 拳の記憶よりも、愛の追憶は遥か深い。
 ボクシング世界タイトルマッチで僅か1R59秒で惨敗を喫した松下タツヤは絶望の淵にいた。
 古びた病院の個室にはユリがずっと付き添っている。両親のいない彼はユリ無しでは生きられない。この試合に勝てばプロポーズをするつもりだったのだ。そんな絵に描いたような幸せを目前にしたまさかの出来事・・・一命は取り留めたが、医師からは引退勧告を受けざるを得なかった。
 「タ

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ちぎり【短編小説】

ちぎり【短編小説】

※2,170字数。
 本作品はフィクションです。

 ーあたし、アイドルになるからもう会えない。元恋人のマナは3年前そんな風に別れを告げて僕の元を去った。いつもよりも仲睦まじく地元の文化会館で成人式に参加した帰路の途中だったから、今でもその時の光景は鮮明に覚えている。
 「でも、30歳になったら必ず迎えに行くから」マナの青々しい後ろ姿に向かって僕は声を振り絞った。たぶん、聞こえていなかったかもしれ

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