感想『月と六ペンス』サマセット・モーム
サマセット・モーム『月と六ペンス』の感想です。
20世紀前半のイギリスを代表する作家、サマセット・モームによって1919年に出版されました。
"絵を描く"という自らの夢のために、妻や子ども、家や仕事といった生活の全てを捨てた人物の生涯を、友人の一人称という視点で語られています。
正気と狂気が混在する人間の本質を描いた、歴史的なベストセラー作品です。
こんな人に薦めたい・・・
▼周りにどう思われても自分らしく生きたい人に
▼諦めきれない夢がある人に
▼人間の本質を深く考えたい人に
『月と六ペンス』あらすじ
妻と2人の子どもに恵まれ、温かい家と立派な仕事があり、不自由ない暮らしを送るストリックランド。彼はある日突然「もう帰らない」という手紙を残して姿を消します。彼を連れ戻しに行く友人。しかしパリで再開した彼の口からは、耳を疑うような真相が告げられます。40歳を過ぎた男が、全てを捨てて挑んだこととは…。
『月と六ペンス』感想・レビュー
1. "月"と"六ペンス"が示すもの
中野好夫さんの訳者解説では
"月"は夢、"六ペンス"は現実を示すとされています。
一方、金原瑞人さんの訳者解説では
"月"は夜空に輝く美、"六ペンス"は世俗の安っぽさ。
または"月"は狂気、"六ペンス"は日常…とされています。
読了後、私なりにタイトルの意味を考えました。
"月"…夢、実用的な価値が無いもの、手に入らないもの
"六ペンス"…現実、実用的な価値があるもの、手に入るもの
きっと、"月"はストリックランドの価値観で
"六ペンス"は世間の価値観なのではないかなと思います。
仕事を捨て、家を捨て、貧困と孤独に喘ぎながら
実体の無い何かを追い続けるストリックランド。
立派な仕事に就き、妻や子供があり、周りからの称賛を受けて
裕福な暮らしをしながら現実的に生きる周りの人々。
"月と六ペンス"という題名には、どうしても相容れぬ彼らの価値観が表現されているように思いました。
2. 幸せな生き方とは
ストリックランドは、最低最悪な人間です。
自由奔放で、常識にとらわれない。
人を傷つけて嘲笑し、信頼を裏切り、人の不幸も気にかけない。
しかし彼のすごいところは
周りから「最低最悪な人間」と言われても
全く気にしないところ。
人からどう思われようと「絵を描く」ということはブレない。
貧しく苦しい生活でも、それが「彼らしい生き方」。
後半で登場するエイブラハムは、優秀な研修生。
彼はアレクサンドリアの街並みに惹かれ、誰もが羨む医師としてのキャリアを捨て、死ぬまでそこで暮らすことを決心します。
これに周囲は「人生を棒に振るなんて」と言いますが
彼は「人生に満足している」と言います。
成功とは「立派な医者になって高い収入を得て、
美しい女性と結婚すること」でしょうか。
幸せとは「結婚して子供を授かること」でしょうか。
世間の言う「幸せ」が、必ずしも自分の「幸せ」とは限らないのかもしれません。
3. 対照的なストルーヴェ
本作で無視できないのは、
ストリックランドとは対照的な性格の
お人好しすぎるストルーヴェの存在です。
ストリックランドに罵られ、馬鹿にされても
彼は笑って許し、熱心に彼の看病をします。
しかし彼は、その後あまりに酷い仕打ちを受けます。
それまで持っていた幸せを、ストリックランドに全て奪われたと言っても過言ではありません。
そして最愛の妻に裏切られた際にも
ストルーヴェは妻のために自分を犠牲にします。
「さようなら。君が僕にくれた幸せすべてに感謝してる」
この台詞を読んで、私は涙が止まりませんでした。
裏切られても、妻を憎まず愛し続けるストルーヴェ。
執着しないストリックランドとは正反対の人物です。
自分のことを愛してくれない人間を、
何故愛し続けることができるんだろう。
裏切られてもなお、大切にすることができるのは
何故なんだろう…。
ストルーヴェに感情移入してしまい、大号泣でした。
『月と六ペンス』感想まとめ
読んでいて苦しく、でも読まずにはいられない。
そんな素敵な作品でした。
何が正解で、何が成功で、何が幸せなのか。
世間から馬鹿にされても、可哀想と言われても
自分が「幸せ」ならそれでいいのかもしれません。
ただ、ここまで他人を気にしない生き方は
簡単にできることではないような気もします。
書ききれませんでしたが、大事なことが1つ。
物語の前半は「誰からも憎まれる最低最悪のストリックランド」
後半は「誰からも憎まれず、はじめて人に理解され、優しくされたストリックランド」が書かれています。
物語の後半、彼に何があったのか。
ぜひ、読んでたしかめてみてください。