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【ショートショート】北条家の朝ごはん

 北条家の朝は、小田原城の本丸御殿にて始まる。形だけの家長北条氏政、長老にして最高権力者の氏康、嗣子の国王丸が揃い、朝食をとる。

 この日献立は玄米、味噌汁、漬物。「一汁一菜」この言葉を絵に描いたような、とても健康的な献立だ。

 氏康はご飯を食べながら、二人の食べる様子を見ていた。孫の国王丸の食べ方を見て、

(まだ5つだというのに、国王丸はきれいな食べ方をしておる)

 と感心した。国王丸はご飯を食べるにしても、碗に米粒ひとつ残さずに食べるし、不快な咀嚼音を大きめに出すわけでもない。客観的に見ても、5歳の子供にしてはきれいな食べ方だ。ただ氏康も人の祖父なので、孫可愛い補正がかかっているが。

 感心しつつ、氏康は息子の氏政へ視線を移す。

(対して親の食い方と来たら...)

 自身の息子である氏政は、耳につく咀嚼音を立てながら汁かけご飯を食べていた。氏政の食べ方が気に入らないのはそれだけではない。汁かけご飯を食べるなら、普通は適当な量を玄米の入ったお椀に入れる。だが、氏政の場合は、汁をちまちまと入れながら汁かけご飯を食べているのだ。

(小さいときから食事の心得とかしっかり身につけさせたつもりなんだけどな...…)

 30超えたいい歳の男がここまで汚い食い方をするとは。ため息をつこうとしたとき、

「父上、先ほどから私と国王丸の方をジロジロ見ていますが、顔に何かついてますでしょうか?」

 とお椀にあるお汁をご飯の入ったお椀にちまちまかけながら聞いた。汁をご飯にかけるさまは、天井から漏れ出して用意した桶に溜まる雨漏りのようだ。先ほどからこちらの方を見ていた父の視線に気づいたようだ。

「何でもない」

 不機嫌そうに氏康は言った。

 氏政は父の不機嫌など構うなく、

「汁かけご飯、こうやって食べるとおいしいですよ」

 と自分流の汁かけご飯の食べ方を勧めてきた。

(あほくさ……)

 ちょびちょび汁を継ぎ足した飯の入った玄米の入った椀をどや顔で息子を、氏康は哀れむ目つきで見ていた。

 父の視線に構うことなく、自分流のやり方で汁かけご飯を食べる氏政。お椀の中にあったご飯がなくなって、

「あっ」

 と声を上げ、

「あ、余ってしまった。いっつもお汁が余るんですよね」

 そう言って笑ったあと、残った汁に手を付けた。

(余るに決まってんだろうよ。アホが)

 氏康は大きくため息をついた。食い方が汚いうえに、自分が食べる汁かけご飯にかける汁の的確な量さえわからない男をどうして当主にしてしまったのか。答えは単純。氏政のほうが生まれ順が早いからだ。

 けれども、最初から氏政がバカだと分かっていたら、最初から氏邦や氏照のような有能な男を後継に選んでいた。人の見る目がない自分が恥ずかしい。

 漬物を食べ終えた氏康は、ごちそうさまでした、と言ったあと、足早に本丸御殿を出た。

 このときの氏康の直感は、20数年後に現実のものとなってしまう。

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