十二国記 月の影 影の海(上下巻)
この本の表紙絵、最初に買ったガイドブック表紙絵の赤い髪の女性!!
Episode0から随分と変わるじゃないか。
これが最初の感想。
※今回の記事、ネタバレありです。
「ネズミが出てくるまでは耐えて」と言われたこの本。
ネズミ登場の前にも獣ばかり出てくるので、
このネズミもその類かと思ってたら違った。
さて、ネットを見ると元祖、異世界ファンタジーだと書かれている、
この物語。
この本を読んだ最初の感想は、Episode0を読んだ時と結構似ている。
ネズミ(楽俊)が出てくるまでの陽子の絶望や葛藤って、
現代を生きる読者の姿が映し出されるのではないかと思うから。
主人公の葛藤と成長を見ながら、
自身の在り方や人としての在り方を読者は問われるのではないか。
いかなる選択をしようと、その選択が合っていたのか否かを知るのは
遠い未来かもしれない。
自身が知ることは出来ないかもしれない。
それでも人は、常に選択しながら進む。
あるいは、進まなくてはならないと言うべきか。
人には受け入れきれなくても、それを受け入れるべき時がる。
それに対して、我々は疑問を抱く時がある。
本当に自分は受け入れるべきだったのだろうか。
選択したこの道が歩むべき道なのだろうか。
誰かに都合よく歩まされているのではないか。
猜疑心に取り込まれて、不要なまでに人を傷つけていないか。
または愚直なまでに信じていないだろうか。
何が正常なのだろうか。
自身の在り方を、考えさせられるものがある。
1.内容
<上巻>
女子校に通う高校生の主人公(陽子)は、赤い髪を持つ。
陽子は、1ヶ月ほど続く夢にうなされている。
家では親の期待にそうように生活をし、学校では委員長。
優等生のようである一方、周りから浮かないよう生活をしている。
一方で、陽子はいじめを見て見ぬふりをするところもある。
突然「ケイキ」と名乗る男が学校に現れる。
窓ガラスが割れ、学校が騒然とする。
何この状況?嫌だ!!と思っていたらケイキから剣を渡されて、
陽子は戦うことになる。
戦いの最中、ケイキとはぐれて知らない世界で目を覚ます。
目覚めた先は、中国風の異世界。
完全に独りになってしまったら、人の優しさは余計に美しくなるのだろう。
異世界に来てから陽子は、素直に親切に甘んじ、裏切られる。
時々、ケイキに渡された剣に映る自分のいた場所を見て懐かしむ。
陽子が戦い疲れ、裏切られていると、
その内心に隠す不安要素を言う青猿が出てくる。
青猿は「あいつも裏切るぞ。」的なことを笑いながら言うのだ。
戦いの中で陽子は意識を失う。
<下巻>
半獣のネズミ(楽俊)登場。
楽俊に助けられた陽子は、そこから楽俊の助言もあり
共に雁(えん)国を目指す。
雁国の王は、陽子と同じ世界から来た者が王となっているからだ。
その道中、陽子は楽俊に行き着いた異世界について聞く。
異世界に来て、自分が普通だと思っていたことが覆されていく。
雁国の王(延王)尚隆に会い、陽子自身が王だと確信する。
異世界に来るだけでも、そんなことあるんかい!!だ。
さらに、陽子は実は王でしたー!!展開。
はぐれていたと思ったいたケイキ(景麒)は、捕えられていることが判明。
尚隆に協力してもらい、陽子は景麒を助ける。
ここで改めて、景麒は陽子(王)との主従を誓う。
2.感想
Episode0が、男子校の高校生を中心に物語が進んでいった。
このEpisode1は、女子校の高校生が中心。
多感な時期で、いろいろなことに神経質になりそうな年頃。
陽子は優等生タイプで、家での振る舞いや学校生活に
特に目立つような問題事はない。
そうやって生きてきたのに、突然現れた知らない男に急かされ、
戦うことになり、異世界に行く。
しかも、その先で味方がいない。
元いた場所には戻れないと知らされ、進めば向かう所、敵ばかり。
裏切られるし、戦いたくもないのに戦わされる。
戦わないと死ぬから。
家に帰れないし、裏切られ、命ばかり狙われて
満足に寝ることも出来なかったら、人は心を閉ざすだろう。
しかし、これは異世界に飛ばされた時のみ起こるかと言われたら、
そうでもないのではないかと考えるのだ。
家に帰っても居場所がない。
学校、会社…様々ある自身の属する場において
常に戦わなければならない時もある。
学生にも、社会人にも、どこでもあることではないか。
サードプレイスなんて言葉もありますから。
これにより自身の居場所というのは、
物理的なものだけではないことが分かる。
属する場においても、そこで安心できなければ人は再び居場所を探す。
組織が崩壊するときは内部から、なんて言うじゃないですか(だったっけ?)
身近なところから、どんどん心底冷え切って疲労困憊していく。
人付き合いとか。
さらに、これは物語。
普通に生きるだけでも大変な高校生が、異世界に飛ばされる。
異世界に飛ばされる感覚は分からなくとも、Episode0から読んでいれば
理解しやすいのではないかと思う。
Episode0は、こちらの世界では説明不可能な”異世界のなにか”が迫る
恐怖を知れるからだ。
読み手は何かが迫る恐怖心を知ってから、その世界に飛ばされる陽子の
しんどさを想像出来るのではないだろうか。
陽子が楽俊に会うまでは、本当に大変だったと思う。
普通に学校生活をしていたのに、説明もないまま
戦ったことのない人が常に怯えて戦う日々を過ごす。
この辺り、人間が究極的に追い詰められるとバグるんだなって知らされる。
多くの人が、小さい頃から「知らない人について行くな」と
言われているはず。
陽子が学校生活を送っていた世界では、知らない人が急に何か食べ物をくれたり、泊まらせてくれると言われても彼女はその好意を常に受け取らないはず。
だって、知らない人について行かないでしょ。
それでも、訳わかんない世界に飛ばされちゃえば他者にもらった食事をし、ついて行く。さらに命がかかってる。
楽俊が現れてからは、一気に物語展開が変わる。
楽俊、いいね( ^ω^ )
ネズミが出れば…と言われていても、すでに獣の多い物語が
進んでいたもんで。
このネズミが、耐えるべきネズミなのか?って分かるまで、
結構読み進めていた。
楽俊の説明する、異世界の普通。
この普通が、陽子の普通ではない。
物語が進むにつれ、陽子自身が「どちらが異常なのかな?」と
思うようになる。
覆されていく感じが面白い。
陽子は楽俊と会ってから、少しずつ変わる。
しかし、しかし。
最近まで普通に高校生やってましたーって人が王だと言われる。
これについて、拒否できない。
「自分」の意思ではなく「天帝」が決めること。
天が国に与える。
そこに「私」という意思は退けられる。
初めの頃こそ陽子は徹底して「私、こんなところ嫌だ!!帰りたい!!」と
言っているのだが、これが変わっていく。
さらに最後に改めて王を選ぶ麒麟、景麒の主従の誓いを受け入れる(許す)。
この受け入れる時が、非常におもしろいところ。
上巻で急に景麒が学校に現れ、窓ガラス割れたりした時にも
景麒は主となってもらうよう、陽子に言葉を言ってるんです。
陽子は、景麒が何を言っているか分からない。
それを読者が分かるのは、景麒の言葉が全部カタカナで書かれているから。
謝られても、許すってあまり言わないなぁ、と思い返し。
何で許すって言ってくれって言う方が偉そうなんだよって思ったんですが、
それは陽子が王だからだったっていう。
下巻の最後では受け入れて、紆余曲折あったけどね!!な陽子が
「許す」と言い、この『月の影 影の海』は終わる。
この終わり方が美しい。
本の最後。
最終文に、これが陽子の物語の始まりであると書かれている。
始まりは終わりである。
終わりもまた、始まりである。
この物語の最後を読み、私が思わされたことだ。
文章が美し過ぎて鳥肌が立つ。
3.まとめ
普通に高校生やってたかった!!家に帰りたい!!
陽子の願いは、ことごとく打ちのめされてしまうけれど、
最後に受け入れる。
陽子自身、葛藤があり心身共に傷ついた。
それが故に、悪党に十分だと皮肉られるほど、
彼女自身の暗闇も明らかにされる。
陽子自身の暗闇は裏切られる前に、手遅れになる前に手を打とうとする。
この彼女の思考や行動が、彼女の内面の暗闇が明らかにする。
これらは前にいた世界の幻影や異世界での経験からくる、
猜疑心が彼女をそうさせる。
しかし、陽子も変わる。
これは、心を閉ざしたままでは不可能だったのではないかと思う。
楽俊と出会い、陽子の”普通”が覆されて、半獣の楽俊との関わりや
行動を通して陽子自身の暗闇が引っ張り出されるからだ。
また、彼女自身が己の闇を見て、落胆する。
そして最後、陽子は受け入れる。
すべてではなくとも、この物語も読み手の内面をどこかしら揺さぶられる。
自身の在り方を、考えさせられるものがある。
それにしても、下巻の最後2行は本当に美しい文章。
本の最後、最終ページに「始まりである」って書くの。
あまりにも美しい。
さて、Episode1までは感想書けたぞー。