セロトニンやGABAの精神安定作用は経口摂取では得られないって話:脳のつくり=解剖学から考える
セロトニン、GABAって、とてもメジャーな言葉になってきましたね。僕が大学生の頃にGABAを含んだチョコレートが流行りだしました。ちょうど「薬理学」という薬の作用を学ぶ科目を勉強していて、GABAって精神科領域でとても重要な物質なんですが、「GABAは血液脳関門を通過しない」と教科書に書かれてあり、「えっ、じゃあ、GABAって食べても意味ないじゃん!!」ってなりました。今日はそこら辺について分かりやすく解説したいと思います😊
(1)脳のつくり:マクロ
脳は人体の中でも特殊で不思議な臓器です。頭部のかなりの容積を占め、重量は 1200~1500 g と人体の中でも最大クラスの大きさです。
脳と脊髄を合わせて中枢神経と呼ばれ、脳と脊髄から細い神経が出ていて、それらを末梢神経と呼びます。中枢神経は髄膜という特殊な膜に覆われていて、髄膜の中には脳脊髄液(髄液)という透明な液体があり、脳と中枢神経は髄液の中におおむね浮遊した状態になっています。
髄膜は、最外層の硬い硬膜、中間層のクモ膜、脳や脊髄を直接覆う軟膜の3層構造からなっています。髄液はクモ膜下腔に存在しています。
この時点である程度分かるかと思いますが、脳を含む中枢神経は、周囲の組織から「隔絶」された特殊な臓器なのです!
脳を栄養している血管系は大きく2つです。前方の大部分を栄養する内頸動脈系と後方の一部を栄養する椎骨動脈系であり、この2つの系が脳底部(脳の下の面)で輪っかを作って脳全体の栄養系を支える大脳動脈輪(ウィリス動脈輪)を形成します。
脳の血管系は、さらに、内頸動脈系から前大脳動脈と中大脳動脈が出ていて、中大脳動脈が大脳の大半の栄養を担っています。椎骨動脈系からは数個の小脳動脈が出た後で、後大脳動脈が出ています。多くの臓器の動脈は、臓器に直接血液を送る末梢部分に及ぶまで、動脈同士が互いに繋がったり補い合って分布しているので、1個の動脈が多少ダメになっても、栄養が行き届きます。でも、脳の動脈系は「終動脈」といわれ、1個の動脈が伸びた先にはその動脈しか分布していないので、その動脈がダメになると、その領域には栄養が行き届かなくなってしまいます。なお、終動脈で有名なもう1つの臓器は心臓です。だから、脳や心臓の血管が詰まると栄養がいかなくなって「脳梗塞」や「心筋梗塞」が起こるのです。
(2)脳のつくり:ミクロ
さて、すべての臓器で、栄養は血管の中を流れる血液が運び、動脈から非常に細い毛細血管に移行して、毛細血管から周囲の組織に栄養がしみ出します。脳では毛細血管と脳組織の間に非常に強固なバリアがあります。これは血液脳関門(Blood-Brain Barrier: BBB)と呼ばれています。これは脊髄にもあるので、実質的に「血液と脳脊髄液との間の物質交換を制限する機構」=血液脳髄液関門(Blood-CSF Barrier: BCSFB)として機能しています。
血液脳関門があるおかげで、血液と脳の間の物質交換が制限され、脳に有害なものが勝手に入ってこないようになっています。中枢神経は環境的に隔絶された非常に特殊な領域なのです。
そのため、脳の病気は、しばしば他の病気と治療が異なってきます。たとえば、脳の感染症や悪性腫瘍の治療には血液脳関門を通過できる薬剤を使わなければなりません。悪性リンパ腫は基本的に血液内科で治療されるのですが、脳の悪性リンパ腫は脳神経外科で治療されるケースが多いのはこのためです(地域や病院により異なります)。
神経は信号を伝達して、視覚、聴覚、触覚などの感覚を伝え、また、筋肉を動かして運動させたり、また、脳内では色んな考えを巡らせたり複雑な感情を生み出したりするわけです。
信号を伝達するのは神経細胞といわれる細胞で、神経細胞は軸索という長い突起を伸ばして電気信号を送ります。神経細胞は脳内では複雑に繋がりあっていて、神経細胞と神経細胞の間には「シナプス」といわれるつなぎめがあります。「シナプス」では電気ではなく、シナプス前の神経細胞からシナプス間隙の中に放出された神経伝達物質をシナプス後の神経細胞が受け取って、信号を伝達します。
セロトニンも GABA も主要な神経伝達物質であり、他にノルアドレナリン、ドーパミン、ヒスタミン、アセチルコリン、グルタミン酸などが有名です。
(3)セロトニンと脳の関係
セロトニンは人体内には約 10 mg 存在し、消化管粘膜に 90%、血小板に 8%、脳に 2% 存在しています。食事を摂ると消化管でセロトニンが産生され、腸蠕動に関与します。しかし、消化管で産生されたセロトニンは血液脳関門を通過しません。脳の神経伝達物質として働くセロトニンは脳幹の縫線核で作られます。
セロトニンは、必須アミノ酸であるトリプトファンから合成されます。そのため、脳のセロトニンに合成にはトリプトファンの摂取が重要ですが、トリプトファンの摂取から実際にセロトニンが合成されまでには多少時間がかかるはずなので、トリプトファンを含む食事を摂取してすぐに脳のセロトニン系に作用することは考えにくいと思われます。即効的な効果というよりも、慢性的なトリプトファンの不足が慢性的なセロトニンの不足につながる可能性があると考えるのがリーズナブルですが、この点について詳細は存じ上げないので、知っている方がいたら教えていただけると幸いです。
脳で神経伝達物質としてのセロトニンが不足すると、うつ病、不安障害などの様々な精神疾患が発症します。最近では、このセロトニンの不足を解消して病気を治療するために、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(Selective Serotonin Reuptake Inhibitors: SSRI)が用いられます。シナプス前の神経細胞から放出されたセロトニンは、再び神経細胞に吸収されるのですが、その吸収を阻害することで、シナプス間隙の中のセロトニン濃度を高める働きをします。従来の抗うつ薬に比して副作用が少ないものの、副作用がないわけではないので注意が必要であり、使用は専門家の指導の下で行うべきと考えます。
(4)GABA と脳の関係
GABA(ギャバ)とは γ-アミノ酪酸(ガンマ-アミノらくさん、gamma-aminobutyric acid)のことで、基本的に抑制性の神経伝達物質として働き、鎮静、抗痙攣、抗不安作用などを有しています。そして、冒頭で述べた通り、
GABA は血液脳関門を通過しない物質であり、体外から GABA を摂取しても、それが神経伝達物質としてそのまま用いられることはありません。
「GABA は気持ちを落ち着かせる効果がある」と言って「経口摂取を促す商品がある」ように、いかにも科学的な根拠がありそうなプロパガンダを用いて、様々な商品やフェイク記事があふれています。また、それに伴って、フェイクを信じた善良な人によって二次的フェイクが広がっているのが現状です。これは僕がエビデンスに基づいた常識的な発信を広げたいと思う理由でもあります。
実際の医療現場では鎮静や抑制の効果を引き出すためには、きちんと血液脳関門を通過する GABA 作動薬(GABA の働きを強める薬)が用いられます。その代表がバルビツール酸系とベンゾジアゼピン系であり、最近はベンゾジアゼピン系が多く用いられています。ちなみに、何故、構造が複雑なベンゾジアゼピン系薬剤が血液脳関門を通過して GABA そのものが通過しないのかは知りません・・・(膜受容体・トランスポーターの問題な気もしますが、知ってる方がいたら教えていただけると嬉しいです)。
ベンゾジアゼピン系には非常に多くの種類の薬剤があり、目的・用途によって使い分けられているます。一部の使用例を以下に示します(主に僕が使用したことのあるものです)。一部は重複していますし、他の使用法もありますし、他の薬剤もあります。
【救急現場での抗痙攣・抗不安など(主に注射)】
▶ ジアゼパム(セルシン、ホリゾン)
【内視鏡や気管挿管時の鎮静など】
▶ ミダゾラム(ドルミカム )
【定期的な抗不安作用など(主に内服)】
▶ アルプラゾラム(ソラナックス)
▶ クロナゼパム(リボトリール)
▶ クロチアゼパム(リーゼ)
▶ エチゾラム(デパス)
▶ ロフラゼプ酸エチル(メイラックス)
【睡眠導入薬】
▶ ブロチゾラム(レンドルミン、グッドミン)
▶ エチゾラム(デパス)
▶ フルニトラゼパム(サイレース)
▶ ロラゼパム(ワイパックス)
▶ トリアゾラム(ハルシオン)
※ 他に抗痙攣薬として普段の内服で用いる場合もありますし、クロナゼパム(リボトリール)は「むずむず脚症候群」にも用いられます。
ベンゾジアゼピン系は依存症、また、薬剤減量による離脱症状が問題となる薬剤であるため、使用は専門家の指導の下で行うべきです。根本的には体に良いものではないと思いますが(それなりに副作用や有害事象があります)、今を生き抜くために必要な人には必要ですので、きちんとした専門家の処方の下で、適した症状に対して用いられるべき薬剤です。半減期によって、短時間、中時間、長時間作用型に分類されますが、半減期が短いほど効き目がハッキリ分かり、薬剤の効果の切れ目も分かりやすいです。半減期が長いほどゆっくりとした効果がありますが、長期服用による依存や離脱症状も生じやすいとされています。
(5)まとめ
1.脳は周囲臓器から隔絶された特別な環境にあり、血液脳関門(Blood-Brain Barrier: BBB)によって毛細血管との物質交換も制限されている
2.神経信号は軸索を伝う電気的信号と神経細胞のつなぎめ「シナプス」での化学的伝達があり、セロトニンや GABA はシナプスでの化学的伝達を担う神経伝達物質である
3.セロトニンも GABA も血液脳関門を通過できないので食事などで経口摂取しても意味がなく、必要な病気ではこれらの物質の働きを助ける薬(作動薬)である SSRI やベンゾジアゼピンを用いる ⇒ 使用は専門家の指導下で行うべきである
※ なお、僕自身、パニック障害のため SSRI(パロキセチン)およびベンゾジアゼピンを用いています。ベンゾジアゼピンは長らくアルプラゾラム(ソラナックス)を使用していましたが、現在は SSRI の副作用でレム睡眠行動障害・むずむず脚症候群が生じているため、ベンゾジアゼピン系をクロナゼパム(リボトリール)に変更しました。副作用に対して SSRI の減薬を試みつつ、他の薬剤(プラミペキソール塩酸塩水和物/ビ・シフロール)を併用しています。
(6)サークル紹介
1.病理医がつなく医療の架け橋
より正確な医療知識を共有しませんか?医療情報の取捨選択、重みづけなどを行い、【あなた】と【分かりにくい医療の世界】を病理医の視点からつなげます。
2.数学化学スクール
現役女子大生の🍑桃子🍑さんが運営する数学や化学について語り合うサークル。アドベントカレンダー企画を出してくださったコペルくんwithアヤ先生💕も所属しています😊
非病理関連領域(精神科・一般小児・総合内科・救急など)の医学情報はこちらにまとめています
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