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文体に関する一考察:文章スタイルは記事における自己表現である

小学生くらいだろうか。文体には大きく2種類あることを学んでいる。

1.「です」「ます」調:【敬体】
2.「だ」「である」調:【常体】

多くの note 記事は【敬体】で記載されている。

これは当然の成り行きで、
note に限らず、ブログ形式のものでは一般的に、
「読者に語りかける」文体となるからである。

僕も、
ときどき Facebook に記事を書くが、
その際は基本的に【敬体】である。


なぜ Facebook では【敬体】か ❓❓

Facebook では
僕は基本的に実際に会って交流がある人としか繋がっていない。
そこに書く記事は不特定多数の誰かではなく、
Facebook 上の知人に伝えたい内容を書く。
したがって、
その多くは呼びかけ・問いかけで、
対話を想定している。

返事があるかはともかく、「僕の意見はこうですよ」を伝えている。

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なぜ【note】では【文体】を主として使うのか ❓❓

これは、
【僕自身の note 本来の目的】と関連するが、
理由は大きく次の2つだ。

(1)第1の理由

僕にとって note【自分メモ】であり、
【学問的知識を書く場】であるからである。

その意味で、
記述を簡潔にする、
「敬語」は不要なのである。
(教科書や学術書は敬語・敬体では記載されていない)

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(2)第2の理由

多くの他のクリエイターさんの記事との差別化するためである。

あまり常体で書かれた記事はないので、
【常体】で書くこと自体に、記事としての特徴がでる気がしている。
(たぶん・・・)
こちらはあくまで後々気づいた付加的な理由であるが。

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Question ❗❗【note】に【常体】は適しているのか?

最初の目的では【常体】は必然であった。

が、徐々に他のクリエイターさんとの交流が出てきて、
”【常体】のままでいいのか?”
という気持ちも出てきていた。

しかしながら、
やはり自分の中でのメインの記事は、
どんなに人気がなくても、【若手病理医の教育コンテンツ】なのである。

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その他の教育関連記事でも、やはり【常体】が書きやすい

という訳で、
些末な個人的な悩みの問題であったが、
基本的に【常体】で書くスタイルでいこうと思っている。

あと、ちなみに、
1人称は「僕」である。
(ちなみに普段はどちらかというと「俺」が多い)

このように文体を含め、
文章のスタイル自体に独自性を持つことに意味はあると思っている。
そのスタイル自体が、
筆者(クリエイター)のアイデンティティの1つであるからだ。

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おまけ

「おまけ」というには
この記事の内容の根幹と関わることではあるが、
最後に1つ、
逆に、いつ【敬体】を用いるのか、ということについて述べる。

答えは簡単である。

人との対話人と接するとき問いかけるとき、などである。

記事の文章でも「対話的な内容」の場合はそうである。
「対話的」というと誤解を生みかねない気もするが、
要するに、
「ねえ、みなさん、そう思いません?」的な内容である。

その意味ではこの記事も
「僕はこう考えてますよー」みたいな内容であるが、
ここら辺はグレーゾーンで、
個人的にはできるだけ【常体】で書くことにしようというスタイルである。

また、当然であるが、
コメントは【敬体】である。
コメントは明らかに人とのやり取り直接的対話で、
「その人」に話しかけているのであるから、【敬体】である。


おわりに

文体について何が正しい、
さらに言えば、
何を書くかについても絶対的な正解はないと考えている。

要は「自分が何を何のために書きたいか」であり、
そのためには「どう書くのが適切か」を自分なりに考えることである。

文章へのこだわりは、
日本語=母国語へのこだわりであり、
それは自分の考えを表現する上で重要な要素である。

いずれにせよ、
【常体】、【敬体】の別に関わらず、
読み手に敬意を持っているかは常に重要
なことである。

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自分の文章で「自分らしさ」を伝えられているか、
この記事をきっかけに今一度考えていただければ幸いである。


【本日のまとめ】
(1)文章の書き方に決まりはないが、自分の目的に合うか考えるべし
(2)文章スタイルは自己表現の1種であり、こだわりを持つべし
(3)読み手に敬意を払って文章を作成するべし


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