金子夏樹 『リベラルを潰せ 世界を覆う 保守ネットワークの正体』 : 安倍晋三による 「北方領土のロシア奉献」の裏側
書評:金子夏樹『リベラルを潰せ 世界を覆う保守ネットワークの正体』(新潮新書)
素晴らしいレポートである。
見てのとおり(※ 本書のAmazonカスタマーレビュー欄は)「ネトウヨの標的」にされているが、言い変えれば、ネトウヨにとっては、それほど「読まれたく内容」が書かれている、ということだ。(※ 2022年2月1日現在では、前記のような組織的レビューは削除されている)
もしかすると、本書で紹介されている、世界的な反リベラル政治団体である「世界家族会議」(国際版「日本会議」みたいなもの)の末端関係者が、ここでも暗躍したのかもしれない。なにしろ、LGBTについて『生産性がない』と発言して批判された、安倍晋三チルドレンの「杉田水脈」議員に言及して、本書を低評価しているレビュアーもいるくらいなのだから。
ともあれ、安倍晋三シンパのネトウヨが、力こぶを入れて悪意票を(中身も読まずに)投じる本というのは、それだけで逆に「内容保証」となると言ってもいいだろう。
テレビニュースでも時おり報じられる「ネトウヨの集団的イヤガラセ(電凸・メル凸・手紙凸など)」に眉をひそめたことのある方は、ぜひ本書を読んで、その「リアルな政治的背景」を知るべきである。
本書のレビュー欄であるここでも、「リベラルを潰せ」のかけ声のもとに、そうした「政治工作」が現になされているのである。
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さて、本書の内容でまず注目される点は、日本ではほとんど知られていない反リベラルの政治団体「世界家族会議」の存在もさることながら、その強力な支援国としての「プーチンのロシア」の存在と、その現政策の内容である。
「ロシア」と言えば、いまだに「共産主義」や「アカ」のイメージが根強いし、「プーチン」と言えば「ソ連共産党独裁政権下における国家保安警察KGB出身の、筋金入りの強権主義者」として知られている。
だから「プーチンのロシア」と言えば、日本のネトウヨや安倍晋三などとは、方向性が真逆だという「印象」を持っている人も少なくないはずだ。しかし、今は違うのだ。
共産党政権が崩壊した後、急激な資本主義化が進行した結果、貧富の差が増大し、やがて新生ロシアの国民は、西欧式の資本主義的民主主義に反発するようになる。「こんなことになるくらいなら、みんな平等に貧しく、それでも安定していた、共産党時代の方が、まだマシだった」と思うくらいに、一般国民の生活は混乱した。
そこで、プーチンは「反・西欧式資本主義」を掲げ、一時期はナショナリズムにも訴えて、政権の強化を進めようとしたが、すでに西欧的自由の味を知ってしまった若者たちは、プーチンの進める強権的統制主義に反発し、さらにロシア国内の各種民族自決運動まで活性化させてしまい、政権を揺るがすような事態になってしまった。
そのため、プーチンは「ナショナリズム」に代わる「反・西欧式資本主義としての、新たな価値」を模索し、その結果行きついたのが、ロシア正教の民衆的権威を利用することのできる「(文化)保守主義」だったのである。
今のプーチンは、ロシア正教会を強力にバックアップし、「伝統的宗教」の価値を保障する(新興宗教は弾圧する)ことで、正教会の上層部とべったりの関係にあり、その民衆的権威を利用することが可能となったのだ。
(プーチンとロシア正教会の最高位キリル総主教)
そんなプーチンは、テレビの討論番組で「あなたにとってロシア人とは何か?」と問われて、次のように語る。
いかにも「耳障りの良い」言い方(ロシア国内の他の民族への配慮に注目)だが、これが「絶対権力者」の口から語られていることを、決して忘れてはならない。これは「八紘一宇」の「王道楽土」を築きたい帝王の「タテマエ」なのだ。
つまり、要は「ロシアの住民であれば、こうでなければならない。そうでないのなら、そいつは西欧式の自由主義的価値観に毒された、自己中心的な貪欲人間にすぎない。我々はロシアの住民は、反西欧式の人間的な価値観を世界に広めていかなければならない」という意味である。「ロシアの住民ならば、そのために死ねるだろう?」という意味なのである。
どこの国でも、「政治的保守」というのは、こうした「口先だけのきれいごと」を言いながら、実際には自分たちの「政治的覇権」しか考えていない。
しかし、現実を見ることのない民衆は、こうした「口先のきれいごと」に対し「それはそうだ」としか考えないのである。まして、それに、プーチンから莫大な金銭的バックアップをうけて、表面的な華やかさを増した「宗教的権威=ロシア正教会」のトップが「プーチンは、最高の指導者だ」などと絶賛すれば、政治のことなどよくわからない民衆は、プーチンの「保守主義政権強化策」に自ら巻き込まれていくしかないのだ。
しかし、プーチンの「保守主義政権強化策」は国内に止まるものではない。それは「保守主義的覇権主義」として国際的に展開され、「ロシア帝国の再興」が目指される(じっさい「帝政ロシアの再評価」が進んでもいる)。
だからこそ、プーチンのロシアが、「反リベラル(反自由主義・反個人主義)」では一致する、西欧各国の「極右」や「極左」勢力と繋がりをもつのは自然なことであり、「東西冷戦の仇敵」であったはずのアメリカの大統領、あのトランプとつながるのも「反リベラルの保守主義」という点では当然の結果で、トランプの「ロシアゲート」疑惑は、疑惑でもなんでもなく、至極自然な「つながり」にすぎないのである。
じっさい、トランプの支持基盤である「アメリカの福音派」は、ゴリゴリの「保守主義」である。
本来「リベラル」的であったアメリカのプロテスタントの「知性主義」への反発として登場したのが「アメリカの福音派」なのだ。
また、「アメリカの福音派」は、その出自からしても、教派的教義の純粋性より政治的立ち位置を重視して、教派や宗派を乗り越えて政治的につながるので、そのなかにはカトリックもいれば、保守的なユダヤ教やイスラム教団体さえ含まれる。
そして、このような「保守合同教派としての、アメリカの福音派」に、もともと保守的で知られ、さらにはプーチンの保護政策により保守性を強めた「ロシア正教会」が無縁であるはずもないのだ。
当然、トランプ支持の「アメリカの福音派」とプーチン支持の「ロシア正教会」は、(「世界家族会議」などの民間政治組織を介して)「保守的価値観」において緊密に連携しており、トランプがプーチンにたいして「好意」を隠さないのも、こうした背景としての「政治的一致」があるからだ。
したがって、わが安倍晋三首相が「トランプの飼い犬」であるだけで済まないのもまた、理の当然なのだ。
保守主義的価値観を掲げる安倍晋三にとっても、プーチンは「保守」的価値観を共有する「(グッと格上の)友人」なのである。だから、プーチンから「君が総理であるうちに、領土問題を解決するぞ。よもや嫌とは言わんだろう?」と言われれば、まったく抵抗できる立場ではない。だからこその「プーチンへの北方領土奉献」なのである。
じっさい、安倍晋三とプーチンとの繋がりは、思想的で抽象的な繋がりなどではなく、政治政策的なリアルな繋がりであると見ていい。
というのも、安倍晋三チルドレンの「杉田水脈」議員の「LGBTには『生産性がない』」という発言は、本書で最初に紹介される、世界的な反リベラル政治団体である「世界家族会議」の主張、そのままだからだ。
本書でも紹介されているとおり、旧来の「家族」観を保守的に信奉し、それを破戒するものとしての「リベラル的価値である、LGBTの権利保護」を批判する「世界家族会議」の中心メンバーは、プーチンを「世界最高のリーダー」であると絶賛して支持し、その一方「アメリカの福音派」こそが「家族」の価値を守っていると絶賛してもいる(プーチンのロシア正教会もアメリカの福音派も、LGBTの権利保護をアンチ・キリストとして危険視している)。
また、プーチンのブレーンとして知られるドゥーギンと、トランプのブレーンとして知られたアメリカの保守主義者バノンとは、お互いにエールをおくり合う仲である。
(プーチンのブレーン、アレクサンドル・ドゥーギン)
(トランプのブレーン、保守主義者スティーブ・バノン)
そんな「反リベラルの世界的保守ネットワーク」が構築されている中で、日本の安倍政権だけが、それとはまったく無縁に「プーチンのロシア」に過剰なまでに擦り寄っているなどと考えるのは、およそ非現実的な「(国際)政治オンチ」と呼ばれるしかないであろう。
世界の現実に目を閉ざして、日本の中で「井の中の蛙」に甘んじている人たちは、安倍晋三による「プーチンへの北方領土奉献」の意味など、理解できるはずもない。しかし、読書家であるならば「英知の目」を見開くべきである。
【補記】
私が最近レビューを書いた『神とは何か 哲学としてのキリスト教』(講談社現代新書)の著者である、カトリック保守派の論客・稲垣良典は、同書の後半で、日本では「個人主義が行き過ぎている」という危惧をくりかえし語っている。
これが意味するのは、日本のキリスト教界も、世界的な「政治的保守化の流れ」とは、決して無縁ではあり得ない、という危険な現実である。
初出:2019年3月7日「Amazonレビュー」
(2021年10月15日、管理者により削除)
再録:2019年3月24日「アレクセイの花園」
(2022年8月1日、閉鎖により閲覧不能)
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