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器小さめ

この前の週末は最高に不機嫌な感じで仕事をしてしまった。ああ。ごめんなさい、せっかくの日曜に化粧品を買いに来てくれたのに。まあ、多くの客が、避暑避暑、とりあえず店入ろうぜ、きょうはコスメ買う予定ないけど新作そこそこ出てるしチェックしとくか、そういや洗顔切れるから次なににするか悩んでるんだった、夏だし毛穴気になるよね、このジェル洗顔人気ぽいけどほんとにいいのかな? それより見てこのアイシャドウパレット! 既存色も入ってるのにかわいすぎん? 塗り塗り、ラメ上品で使いやすそ~。あ、BAさんと目が合っちゃった、話しかけられても買うものないからそろそろ出るか…くらいの冷やかし。ああ。そうだよね、だってわたしもお洋服買いに行くときそんな感じだもん。とりあえずかわい~、って店入るもの。でも、「試着されませんか? 合わせるならこのトップスを…」と店員さんの手がハンガーに伸びてきたら「あああありがとうございます…※☆‥△」て濁して出ちゃうことある。

不機嫌だったのには明確な原因がある。とある端末の不具合だった。その日遅番でお店に行くと、つかつかと年上の従業員がわたしに近寄ってきた。
「あ、ウオズミさんおはよう。きょうこれ(端末を指さしながら)壊れてるみたいなの」
「おはようございます。え、そうなんですか。昨日の夜まで何ともなかったのに、どうしたんでしょうね?」
「ねえ? なんか、○○さんがいろいろ試してみてたけどダメだったみたい」
「そうですか。ちょっと不便ですね」
「ねえ」
その端末を用いて行う業務はいくつかあるのだが、主な業務は起票である。端末が壊れても別の方法があるので最終的に起票するには困らないのだが、その方法はこの端末を使うより面倒くさい。やり慣れていない人もいるので、やったことのある人間がいちいち呼ばれることもある。呼ばれているあいだ、接客から離れる。ついていたお客様は逃げていくかもしれず、新規のお客様がつくこともない。

声を掛けてきた年上の従業員は「やり慣れていない人」で、わたしは一応「やったことのある人間」だ。ああ…きょうはこの人とペアだからいつも以上に雑用が増えるわ…と直感的に思う。始業まもなく不快アラート発動。

案の定というか、わたしの予感は当たった。その日は幾度となくその年上さんにつかまった。タイミングはたいてい悪い。わたしがお客様にお声掛けをし始めたばかり、これからあれこれ会話を展開させようとしている、まさにそのタイミングで
「ウオズミさんちょっとごめん」
と中断させられる。または、このお客様とのやり取りもそろそろ終了、またこの店に、そしてわたしから購入してもらうための丁寧なクロージングをしなければ…サンプルはあれを用意して、あの商品情報はお伝えしておきたいな、などと頭をフル回転させている途中、
「ウオズミさんちょっとごめん」
と割って入られる。いまね?  いまなのね?  という絶妙に妙でないタイミング。

彼女は申し訳なさそうな顔をしているもののペースは崩さず、わたしが接客を取りやめ「どうしましたか?」と反応するまで執拗な視線を送ってくるのだった。
「どうしましたか?」
お客様に断りを入れてやっとわたしが返すと、「あ〜これこれ、壊れてるから」とだけ言う。
「壊れてるからなんですか?  接客中のわたしに何か頼みごとですか?」
と、言いたいけれど言えない。できるだけ目尻を下げて、「あ、はい、ちょっと待ってくださいね」とだけ彼女に言い残して起票の作業に取り掛かる。

まったく、と心の中で毒づく。これを機にこの作業を懇切丁寧に彼女に教授したいところだが、あいにくそのような時間はない。手早く終えて、作業終了の旨を彼女に報告する。「ごめんねえ」悪びれる様子もなく彼女は去ってゆく。

ただの機械の故障じゃないか。それもちょっとしたこと。別の方法は用意されており、トラブルは起きない。イレギュラーといえばそうだが、作業自体はたいしたことではないじゃないか。

なのに、だ。「やったことのある人間」であるわたしはどうしても損な役回りである感覚を拭えず、頼んでくるその年上従業員に始終イライラしてしまった。やり慣れていないのだから、苦手なのだから仕方ない。頼む人はたまたまわたししかいなかったのだから。わたしでなくてもできることではあるけれど、その日はわたししかいなかったのだ。

イライラする自分をなだめながらも、わたしがこの作業をしているあいだに彼女は◯◯を何個売って、顧客を増やして…とつめたい気持ちになる。はあ、わたしそういう商魂的なものにはアレルギーがあったはずでは?  利潤追求の世界に嫌気が差して転職しようと動いていたのでは?  女性特有のバチバチした世界なんて一生染まってやんねーと思っていたはずでは?

☆ 

「はい、ウオズミさん、これ」
退店間際、年上従業員が声を掛けてきた。
「きょうはいろいろやってもらったから」
小さなチョコレートを渡された。
「えっ」
「ついでに買ったもので悪いけど、よかったら食べてね」
小ぶりのお煎餅くらいの大きさの丸いブラックチョコレートに、数種類のドライフルーツやナッツで凝ったデコレーションがしてある。休憩中に地階で購入したのだろうか。
「ありがとうございます」
なんだよ、そういうことしてくれるのか…わたしはなんともいえない気持ちでその小さなチョコレートを受け取った。はだかで、袋にさえ入っていないそれを。
「かわいい、それにおいしそうですね」
わたしが言うと、頼みごとをしてきたあのときと同じ表情で、あの悪びれない表情でちょっとだけ笑うのだった。



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