謡(うたい)は「なんとなく知ってる」から始めよう #和文化部イベントのためのプチ情報②
前回からDRESS和文化部のキックオフイベント参加者に向けて、事前に知っておくとより楽しい情報をお届けしています。
初心者が能楽へアクセスする方法にも触れていますので、参加者以外の方でも、ご興味があればぜひお読みくださいませ。
▼第一弾はこちらをどうぞ。
今回は能楽の謡(うたい)について軽く触れたいと思います。
もくじ
・謡(うたい)ってそもそもなんだろう
・何を言っているのかわからない問題
・サビだけでも、「なんとなく知ってる」ことが大事
・小謡「高砂や」
・小謡「四海波(しかいなみ)」
・小謡「千秋楽(せんしゅうらく)」
謡(うたい)ってそもそもなんだろう
能楽から舞台芸術的な要素を取り出してざっくり分けると、謡・舞・囃子という要素で構成されます。
「舞」は舞踊、身体性な要素。「囃子」は楽器、音楽的な要素。「謡」は言葉、言語的な要素。とりあえずはそんな風に思ってください。
要は、演劇でいうところのセリフであったり、ナレーションであったり、歌唱したりする部分が、能の「謡」なのです。
ところがこの謡が、能を初めて観る方にとって最大の障壁となってしまうことがあるようです。
何を言っているのかわからない問題
能の謡では、私たちが普段使う口語とは異なる言葉が使われていますし(なんといったって室町時代には原形が出来上がっていた芸能ですから)、独特の節付けがされています。
それに慣れていないとどうしても、「聞き取れない!」という事態が発生してしまうのです。かく言う私もそうでした。
ある程度節付けに慣れてきても、難し〜い仏教用語が頻出する曲もあったりして……。そうなると詞章の正確な意味合いはおろか、「いま謡った詞章の漢字表記すらわからない(顔面蒼白)」ということは、いまだに結構あるものです。
とはいえ、全ての意味を理解しなくては楽しめないということはありませんし、むしろ数回で理解しきれる世界でもないだろう、というのが私の認識です。
サビだけでも、「なんとなく知ってる」ことが大事
「わからなくても大丈夫」ということを推したい一方、それでもやはり、聞き覚えがある言葉が出てくると嬉しいもの。
前奏で知らない曲だな〜と思っても、サビを知っていたら「あ、この曲!」となりませんか?謡でも、ぜひそのやり方を推奨したいのです!
さて、ようやく本題です。
みなさまは「小謡(こうたい)」というものをご存知でしょうか。
小謡とは、能の謡の一部を抜粋して謡うことをいいます。
小謡とは──
江戸時代、能は武家の式楽として保護されていたため、庶民の間で上演されることはあまりありませんでした。
それでも出版が盛んになると、謡本が出まわり、庶民の間でも小謡が流行したそうです(謡講というお稽古仲間同士の発表の場もあったとか)。
そうして小謡は、結婚式などの祝いの席、送別や追善などの場で、度々謡われるようになったのです。
今回のイベントで上演される能『高砂』にも有名な小謡があります。
YouTubeにプロの能楽師さんが謡ってくれるステキ動画があったので、そちらを埋め込んでみました。ぜひお聞きになってみてください。
※ちなみに能には5つの流派があり、埋め込みはすべて喜多流のもの。大変わかりやすいのでこちらをお借りしてみました。
小謡「高砂や」
〽︎高砂や この浦舟に 帆を上げて
この浦舟に帆を上げて
月諸共に 出汐の 波の淡路の 島影や
遠く鳴尾の 沖過ぎて 早や住之江 着きにけり
早や住之江に着きにけり
文字数にしてわずか68文字……!
船出を意味する詞章は、前・後の二場で構成されるこの能を後場へつながる箇所で謡われます。
ちなみに。
こちらの小謡は、2年前の大河ドラマ『真田丸』でも、真田軍が敵を挑発するときに謡っていたのですが(それも二度も)、ご覧になった方はいらっしゃるでしょうか?
『真田丸』を見ていたのに思い出せないな……という方は、こちらのツイートをどうぞ!
「高砂や」は、結婚式で謡われるものとしても有名ですね。
今でも結婚式の新郎・新婦の席を「高砂」と呼びますが、祝言の席でこちらの謡が謡われたことに由来します。
ちなみに結婚式の折には「〽︎月諸共に出汐の」の「出る」という言葉は縁起が悪いため「入汐」に変えて謡うほか、繰り返しを避けるなど色々とルールがあるそうなので、式で謡う機会がありましたらどうぞご注意を!
【おまけの話】
「高砂や」はあまりに有名で、落語の題材にもなっています。
──結婚式の仲人を頼まれた男が、祝言で謡う「高砂や」の指南を受けるという噺なのですが、まあなかなかどうして、巧くいきません。本番どうなってしまうのかは、落語を聴いてのお楽しみ。
柳家小三治師匠の「高砂や」
https://www.youtube.com/watch?v=3bZafjpjxHI
小三治師匠扮する八五郎どんの謡(もどき)はとっても耳に残るので、演能中に思い出さないようにご注意を(笑)
小謡「四海波(しかいなみ)」
〽︎四海波静かにて 国も治まる時津風
枝を鳴らさぬ 御代なれや あひに相生の 松こそめでたかりけれ
げにや仰ぎても ことも愚かや
かかる世に 住める民とて 豊かなる
君の恵みはありがたや 君の恵みはありがたや
【注】最後の句は「君の恵みぞありがたき 君の恵みぞありがたき」と謡う流派もあります。今回のイベントで観る観世流はこちらです。
能『高砂』には、常緑樹の松がモチーフとして度々登場します。
松は、古来から神が宿るとされてきた木です。
能『高砂』では高砂の浦を舞台に、その土地の名木「相生(あいおい)の松」に宿る松の精が現れます。
曲中には「相生」に「共に老いる」を掛けた夫婦和合のほか、変わらぬ緑をたたえる松に、長寿や繁栄を掛けて言祝ぐなど、謡のいたるところに祝福があふれているのです。
「四海波」の詞章は、天下国家が平和なことを祝うもので、能『高砂』のなかでも特におめでたいとされる部分です。お聞きした話によると、能楽師さんの結婚式では「高砂や」ではなく、こちらを唱和するのだとか。
小謡「千秋楽」
〽︎千秋楽は民を撫で 万歳楽には命を延ぶ
相生の松風 颯々の声ぞ楽しむ 颯々の声ぞ楽しむ
文字にして38文字!これまででもっとも短いです。
短い中にも、神が舞い遊び、高砂の浦にある松が嬉しそうに葉を鳴らすような、そんな爽やかな風が感じられて、私は大好きな詞章です。
ここは、能『高砂』の最後の最後に出てきますので、聞き損ねないようにご注意を!
ところで。「千秋楽」というと、相撲や演劇の興行最終日を思い出す方もいらっしゃることでしょう。実は、これも能由来。
1日の演能の最後に「附祝言(つけしゅうげん)」として、この部分がよく謡われたことから、他の興行の最終日を「千秋楽」と呼ばれるようになったそうです。
能の会で謡われる「附祝言」は『高砂』以外にもありますが、これを覚えてしまえば、高砂が出たときはもうわかりますね!
さて。ここまで随分と長く書いてしまいました。
おめでたい詞章で彩られた『高砂』はお正月にもぴったり。動画を見ながら、ご自宅で謡ってみても楽しいかもしれません!
ちなみに、今回ご紹介したのは喜多流の動画。イベント当日は観世流の上演となります。『高砂』はYouTubeにもたくさん動画がありますので、気になったらぜひ色々聴いてみてください。