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書くことは、思い出からの卒業。

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#小説

「足りない」からの卒業

「結局さ、出会えてないのに出会った気になってるだけなんだよ」 彼は口角を上げたまま絶望を言葉にし、たばこの煙を愛しく吐き出す。じゃあ出会いってなに?定義を教えて。難しいなあ。だって、認識のすり合わせしなきゃ。 --- ずっと、何が足りてないかを考えていた。なにかができるようになっても、じゃあ次、じゃあ次、って。自分にとって現状維持は停滞だから。変化し続けることこそ邁進、まだまだやれる、だって好きだから。手を動かすことが好きだ、頭を動かすことも、例えば仕事をすることも。プ

タラヨウの葉

彼が指さして「気になる」と言った中華料理店の不思議な佇まいだけが、今でもずっと脳裏にある。思い出せることなんて、ほとんどない。ただ、笑顔とともに消えないのはあの日の風景だ。 どの地域にも1つはある、独特の雰囲気をもった中華料理店。見覚えがあって、でも不自然なそれにもちろん心を奪われる。通るときに息を多めに吸ってみたり、横目でちょっぴり覗いてみたり。 あの頃はまだ、都会での生活に慣れてなくて、ふるさとからすこしずつ北へ東へ。だからわたしは右側がいつまでも好きで、なにかの左

春、目の前の誠実にぶら下がって

きみの大丈夫が一番だ、と彼は言った。一番だったと思う。でもそろそろ、効力は切れてしまったでしょう。彼が残した、無理しなくてもいいよなんて言葉の効力も、もうとっくに切れてしまっている。 その一番が、きっとわたしの存在価値だったのだ。必死で自分のものにしようとしたスキルで構成されたものが存在価値ではない、と気付いていたからこそ。 唯一無二として分かりやすいものだっただけだ。それをわたしは愛と信じていた。本物だったかもしれないし、錯覚だったかもしれない。でももう、魔法は切れてし

しおりが飛んだ日。forelsket weekend

現実と空想と思い出の狭間を、時間軸をなくして短編のようなものを書きました。書きながら流していた曲はこちら、よければBGMに。 大阪発の電車に揺られて、気になる短編集を読みながら向かう日曜日の昼は、どこか頼りない。心ばかりが秋へ向かい、日焼け止めを塗るのも忘れてしまったので窓際からそっと離れる。宝塚を過ぎたあたりから、遮光カーテンをそっと開けて挨拶をした。あんなにあり得ないと思っていた建物の低さも、緑も空も。いつの間にか心の支えだった。携帯がなったのでラインを開くと、昔の隣人

サラバ青春、いつまでも儚くそこにいて

もう誰かから勧められた音楽を、毎日のように聞く日々は来ないかも知れない。 好きなひとのために8センチのピンヒールを履いて背伸びした日々は、もう繰り返されない。 いつまでも終わらない過去との戦いに終止符を打ってくれたのは、間違いなく彼女たちだ。 「過去に勝てない」ということを受け入れられないことほど、苦しいものはない。 だから、過去と今、未来は別のものだと。感情をそのまま冷凍保存して比べることなんて不可能なことなんだからと教えてくれたのは、絶対に彼女たちなのだ。 突然だ

決断の裏にあったのは、同じ数の後悔だった

スクランブル交差点に横たわるビスケットが、この恋のおわりを知らせていた。 早歩きで通り過ぎようとしていたところ、そんな光景が現れたのでわたしは手に持ったアイスコーヒーを思わずこぼしてしまった。 「いつもなんだって早いんだから」 あまりにも優柔不断だったわたしは、いつだったかそれをやめようと決めた。そんな自分が好きになれなかったからだ。なんでやめられたのだろう。多分、「君は何かが足りてない」なんて彼が言ってしまったから。 「なにかをする」と決めてこなしていくと、それがで

君は何かが足りてない。だから僕は好きなんだ

「アイスコーヒー、ふたつ」 いつものコーヒースタンドでテイクアウトをする。期間限定デザインの紙袋に入ったそれは季節感などを演出してしまうから、浮かれてしまうけれど、切なくなる。 だってわたしは今から、お別れをしに行くのだから。 ────── 駅から徒歩五分、階段をのぼって振り返り見える景色を、わたしはいつもひとりで見た。彼に会いに行くために通る道のはずなのに、その景色を分かち合うことは今まで一度だってなかったし、これからもきっと、ない。 階段の先、不安定な細い道を行く

雨の日の五・七・五。夢中になれるものなんて、きっと

雨の日はすこし苦手だ。それでも、すこし高いところに行くと落ち着く。だから重い腰を上げてすべらないように、階段と坂をのぼって、すこしずつ上へ行く。重い空の下、それでも全力でわらった日々がある。 「プリキュアです!」 将来の夢は、と聞かれたホームルーム。小学校6年生で同じクラスだった友人は元気よく答えて、たちまち人気者となった。 別の友人は、いつも部活のジャージを着ていて、小柄で髪の毛をツンツンさせていた。いつもヘラヘラとわらい、運動神経抜群の彼のまわりにはいつも賑やかだった

いつだってやさしい言い訳をして、彼女は

自転車を猛スピードで走らせると、低い「ファ」の音がなる。ハモるように「ラ」の音で鼻歌をうたいながら校門をくぐると、体育館から「レ」の音が聞こえる。朝練の、いつものドリブルの音。その音がきみだから、好きなんだ ─── そんなわけのわからないことを、彼女は言った。 いい天気、という響きが好きだとも彼女は言った。言い切りで、笑顔になるでしょう、と続けるといつもの笑顔でこっちを向いて。きみらしいねと言おうとすると、ぼくの顔を覗き込んで黙り込む。 なんか顔についてる?と不安

大事なものほど手離して、変わった先で待ち合わせ。

いいことがあると、きまって何か不吉な予感がしていた。だから、いいことが起これば起こるほど私はいつも準備を始めてしまっていた。───きっと、何かが起こってしまうから、この幸せにちゃんと溺れて、得体の知れない不吉な何かも乗り越えるエネルギーをつけておこう─── 逆も然り、悪いことが続いても “これだけ悪いことが続くなんて、このあとにどんな幸せが待っているんだろう” なんていう誰も責めない、しずかに受け入れていく運命。 だから私はいつだって多くを望んでこなかった。期待はしすぎな

君はいつも壁がある、だから僕は好きなんだ。

飲み終わったアイスコーヒーの氷をゴロゴロとストローで転がす。それは時を止める魔法である。 「久しぶり」 彼は笑顔でいつもこう言った。先週も会ったじゃん、とツッコむこともあったけど、会う頻度は大半がそれに等しかった。だから会うと話すことはたくさんあって、その度に必ずお互いの近況報告をした。こなす、と言ったほうが近いかもしれない。彼とする近況報告はいつもどこか冷たくて、なんとなくの距離があった。近況報告というタスクが私たちの会う理由だったのかもしれない。そしてそれが終わると彼

べっこう飴の色うつり

「子どもができたんだ。」 小説が好きな彼女の口から紡がれた言葉だったから、私は一瞬小説に出てくるヒロインの親友Aになった気分でいた。深呼吸をして現実に戻ると、彼女は変わらない顔で続けた。 「おろすの、間に合うって言われた。でも、産もうと思うの。」 命が宿ったことを知ったとき、それ以外の選択肢はなかったらしい。キラキラしているのにどこか据わっている目の奥には、いつもに増して彼女の強い意志がみえた。 そっか、よかったね。いいと思う、おめでとう。 私たちの会話にネガティブ

愛情なんていうベールは、もう脱ぎ捨ててしまおう。

「知らなかった?」 友人と食事中、私の元彼が “変わってしまった” と聞いた。変化、それは私にとって何よりも肯定的な言葉だったから、彼のその変化を聞いてどうしても悲しくなってしまった。 知らなかった。 彼への愛情が特別だと知っている周りの友人は、私に気を遣ってなにも言わなかったのかもしれない。きっと、言えなかったのだと思う。 彼の何が好きだったか、と聞かれると困る。強いていうとすれば彼の発する生活音と、ふるまい。自ら離れたあともその存在を心のどこかで探していたのは、彼の

季節と、ポイントカード。

「ポイントカードお持ちですか」 あった気がしてカードケースの中を探す。期限が少し切れていた。新しいものおつくりしておきますので、と買った花束と一緒に袋に入れてくれた。 “そっか、よかった ” 今朝、長い片想いは散った。でも思い描いたようないつも大好きな恋ではなくて、好きで、落ち着いて、好きではないかも、と思うとまた彼は現れて、好きだと思った。ポイントカードが少しずつ更新されて期限が延びていくように、私の気持ちもずるずると延びていた。もちろん気持ちのポイントは月日を流れる