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愛情なんていうベールは、もう脱ぎ捨ててしまおう。

「知らなかった?」

友人と食事中、私の元彼が “変わってしまった” と聞いた。変化、それは私にとって何よりも肯定的な言葉だったから、彼のその変化を聞いてどうしても悲しくなってしまった。

知らなかった。
彼への愛情が特別だと知っている周りの友人は、私に気を遣ってなにも言わなかったのかもしれない。きっと、言えなかったのだと思う。

彼の何が好きだったか、と聞かれると困る。強いていうとすれば彼の発する生活音と、ふるまい。自ら離れたあともその存在を心のどこかで探していたのは、彼の音への未練が捨てきれていなかったからかもしれない。

現在進行形の「好き」と過去進行形のそれはなかなか判別がつかなくて、何度も惑わされたものだ。長く愛すれば愛するほど愛着が湧くのと同時に執着してしまうのだ。人の気持ちなんて操れないのに、「あの人はいつまでも私のことを好き」なんていう傲慢が静かに私の中に形成されていた。

あの人にだけは嫌われたくない、なんて綺麗な言い訳でさえ、自分を性格の良い人間だと言い聞かせるためのベールでしかないかもしれない。彼も同じようなことを言っていたけれど、きっと彼は私に嫌われたくないなんて感情、もうとっくに忘れてしまったのだと思う。

“そんな感情からはもうとっくに卒業したんだろうな、きみは”

私のこの感情を、未練?なんて聞く人もいたけれど、それは違う。ただ、過去の私を否定したくない。だから、一度でも愛を持った人のことを悪く思うことなんて無理なのだ。

そんなよくわからない愛情論を私の中に静かに置いていった彼のことを思い出しながら、悲しい気持ちを隠せずにいる私を前に、友人は何も言わなかった。何も、言えなかったのかもしれない。ただその静けさが私には心地よくて、甘えてしまった。

何事にもタイミングはある。過去と向き合うきっかけをくれた友人を見て、改めてそう思った。黙って見つめていると、不思議そうな顔をする。
なんでもない。
笑顔につられて、少しの微笑みだけが溢れた。

そっか。
変わってしまったと悪いことを聞いて、それでも最後は彼の幸せを願ってしまう自分が馬鹿らしい。つまらない話は上手に聞き流せるのに、大人になればなるほど聞き流したくても聞き流せない話が増えてしまった。

「なんか、ごめん」

あまりにも私の好きな声だったので、我に返った。ああ、またすぐに空想にふける癖が出てしまった。
きっと彼に言われていなければ私は、このことを知らないままでいられたのかもしれない。ただ、聞いた時期が今だったからか、どうしても少し惹かれてしまう友人の口から聞いたからか、私も今また、変わらなくちゃと思った。留まってはいられない。卒業しよう、私も。

“ありがとう、きみが何も知らなくてよかった”

#小説 #エッセイ #恋愛 #卒業 #コラム


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Nana
読んでくださってありがとうございます。今日もあたらしい物語を探しに行きます。