いつだってやさしい言い訳をして、彼女は
自転車を猛スピードで走らせると、低い「ファ」の音がなる。ハモるように「ラ」の音で鼻歌をうたいながら校門をくぐると、体育館から「レ」の音が聞こえる。朝練の、いつものドリブルの音。その音がきみだから、好きなんだ ─── そんなわけのわからないことを、彼女は言った。
いい天気、という響きが好きだとも彼女は言った。言い切りで、笑顔になるでしょう、と続けるといつもの笑顔でこっちを向いて。きみらしいねと言おうとすると、ぼくの顔を覗き込んで黙り込む。
なんか顔についてる?と不安そうに聞くと、真顔でにらめっこのようにさらに顔を見てくる、おかしくて笑ってしまう。
やっと笑った、と満足そうに言ってまたあるきだす彼女はいつも、ごきげんに見えた。
彼女はとても不思議なひとで、授業中にみた何気ないビデオで涙をながしたり、朝礼前の読書の時間での喜怒哀楽がはげしくて、見ていて飽きなかったり。目立とうとしないのにどこか存在感があって、輪の中心にいないのにいつもだれかとつながって、そしてやっぱり笑っていた。
彼女が自分のことで泣く姿を見たことがない。いっしょにいた数年のうち、一度だって。なにかあってもかなしいと言わず、せつないと言った。くやしいと言わず、やるせないと言った。ちょっと泣いた、と聞くのは電話越しのつくられたつよがりだけ。そしてぼくになにかあっても、いつだって彼女はやさしい言い訳をくれた。
なるようにならなきゃ不平等だよ
きみが羨ましいから冷たく当たったのね
一回間違えたから、もう一回間違えても、こわくないね
失敗をごまかす、といえば聞こえは悪いけど、確実にぼくの心を救ってくれる最高の言い訳だった。
でもぼくは知っていた。彼女は自分を本心からごまかせていないことを。あの公園のすみっこの、ちょっと大きな木の下で、こっそり泣いていたことを。だからなにもいわず、それを見た日にはいつもより多く連絡をして、大丈夫だよと言わずに寄り添った。きみはいいひと、そういつも言葉を返してくれたけど、直接そのまま抱きしめて、泣いていいよと言えばよかった。
あの日々を最高密度でいっしょにいられたら、きっといまもいっしょにいたんじゃないかと思ってしまう。彼女とのつづきは、もうこの世界にはない。
何度も「いい天気」という言葉を耳にして、口にしてきたけれど、その度にきみの笑顔を思い出した。きみはずるいひとだ。笑う、なんていう最大の日常をぼくにのこしていったから。
彼女が口ずさむうたは、いつだって春のうただった。夏も秋も、もちろん冬も。どうして春のうたばかりうたうの、と聞くと
「いつだって、気分は春がいいでしょう」
なんて、やっぱりわけのわからないことを言う。
風のように去っていった。彼女は、ぼくを手放した。自由なままに素敵でいてねと、笑顔で言って。桜のはなびらが散るように、春なんだからと言い訳をして、彼女は。