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村弘氏穂の『日経下段』2017.4.1~

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土曜版日本經濟新聞の歌壇の下の段の寸評
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2018年1月の記事一覧

村弘氏穂の日経下段 #42(2018.1.27)

村弘氏穂の日経下段 #42(2018.1.27)

馬小屋の生きてる馬を眺めつつ馬肉の方が良いと云う義母

(国分寺 田村樹香)

 馬小屋の生きてる牛や驢馬を見てイエスを産んだ乙女は聖母。旧約聖書の『イザヤ書』のオマージュだろうか。処女懐胎はマリアだが、この秀作は換骨奪胎といったところか。末尾が聖母だったらとんでもないことになるが、それが実母でもなく義母であるからこそ、軽やかに日常詠の柵を飛び越えたといえよう。義母を詠み込むと皮肉めいた描写や棘の

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村弘氏穂の日経下段 #41(2018.1.20)

村弘氏穂の日経下段 #41(2018.1.20)

福子さんに会った夜なぜか満月が大きいの無人の駅で降りる
(南丹 山内しじみ)

 南丹で無人駅といえば山陰本線の船岡駅や胡麻駅が思い浮かぶ。どちらも寂しい駅舎だが、作中では無人駅ではなくて字数を余らせてまで「無人の駅」と詠っているので駅員はもちろんのこと他の乗降客さえもいない様子が窺えてなおのこと寂寥感が際立つ。光に満たされている月と、人に欠けている駅との対比にも奇妙な趣があって、読後のうら寂しさ

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村弘氏穂の日経下段 #40(2018.1.13)

村弘氏穂の日経下段 #40(2018.1.13)

投了し動かぬままで隅に居た香車に敬語で話す指先

(狛江 三上栄次)

 将棋では一局のうちで香車が初期配置のままで全く動かないこともよくある。投了時の所作は人それぞれだが、指先が香車に敬語で話しかけるとは恐れ入った。出陣することなく後方から戦況をじっと見守っていた香車様に、労わりと投了した申し訳なさを込めて優しく撫でているのだろうか。その行為からは作者の敬意や礼節心が果てしなく広がる。駒に敬意を

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村弘氏穂の日経下段 #39(2018.1.6)

村弘氏穂の日経下段 #39(2018.1.6)

残業は素敵なことだと思ってたドラマでドラマが生まれていたから

(名古屋 土居 健吾)

 残業をすることによって素敵なことが起こらなかったからこそ生まれた歌だろう。残業の残とは残念の残だ、ドラマはドラマでしかないのだ。現実世界と仮想世界とのギャップがあるからこそ、ドラマはドラマとして成立しているのだから。素敵なことや残業の結果に関しても具体的な明記はないのだが、かえってそれが読者の見たドラマの記

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